太陽と月。駆り出された掃除当番が目にした魅惑の品とは。
「さ! じゃあやるとしますか!」
「ああ」
翔琉は制服のジャケットを椅子の背に放り、明るいグリーンのパーカーの袖をまくった。燎もジャケットを脱ぎ、翔琉から手渡されたハンガーに通して部屋の隅に掛けさせてもらう。
「思ったより多いな」
ワイシャツの袖を一段ずつ折り返す。そんな燎の呟きに翔琉は、
「だろ? 店にあんだけ置いてんのに自分の部屋にも置くんだからなあ……」
と両手を腰に当てて、レコードがぎっしり詰まった棚を上から下までしげしげと眺めた。
翔琉から、じーちゃんの部屋の掃除を手伝ってほしいと頼まれたのは先週のことだった。大掃除といえば年末の習慣だが、ルバートにとって冬はホットコーヒーとカレーを求める客が増え多忙になる季節。増えるシフトに期末テスト。首が回らなくなるのは明らかだ。祖父自身が掃除をするのが一番なのだが、老眼が進んでいてレコードの背表紙が見にくいとあっては孫の出番。レコードの棚だけでいいからとお鉢が回ってきたのだった。
「トモも似たようなものじゃないか?」
「あっ……そうかも」
祖父ほどのコレクションはないが、翔琉も趣味でレコードを集めている。燎は翔琉の部屋にある満杯目前の小さな収納ボックスを思い返した。学生の経済事情だ。増えるペースは遅いからそちらを手伝う機会は当分ないだろう、と考えたところで期末テストの存在を思い出し、燎は息を吐いてハタキを手に取った。
翔琉は勢い良く窓を開け放つと、同じくらいの勢いで振り返った。
「で、リョウ。何にする」
「何、とは何だ」
「曲だよ曲! こんだけコレクションがあるんだ。店に出さないじーちゃんだけのとっておきがあるんだよ! それも何枚も!」
「なっ、」
ハタキが手の中から滑り落ちそうになり、燎は慌てて握り直す羽目になった。
「許可はもらってるからさ、かけながらやろうぜ〜! さー、どれにしよっかなあ……おっ、これこれ! いやこっちも好きなんだよなあ……!」
翔琉の表情が生き生きした笑顔からにやにやした笑みに変わっていく。翔琉は棚の一番上に人差し指をやって空中を左右に滑らせては、すいすいとレコードを抜き取り燎の前にあるテーブルに積んでいく。翔琉ほどレコードに詳しくないからかもしれないが、それにしても見たことがないジャケットばかりだった。燎は釘付けになった目を離すことができないまま、おじいさんからのお願いの一つにバラバラになったレコードをアルファベット順に並び替える仕事があっただろう、と言うこともできずに翔琉の手が止まるのを待った。
「どれがいい?」
「……どれと言われても……そうだな」
テーブルに積まれたレコードは、ぱっと一枚を指定できるほどの枚数ではない。しかもその中には燎が最近意識して聴いているジャズピアニストのものが何枚もあった。もちろん翔琉の敬愛するトランペッターのものも。燎は腕時計に目をやった。まだ何も手を付けていないなんて考えたくないほどの時間が経っている。迷っている場合ではなかった。
「だめだ、選べない。一番上から順に頼む」
「そう来たか! よーし任せろ。リクエストにお応えしてぜんっぶ流しちゃうからな!」
翔琉は一番上のレコードを手に取り得意げにプレイヤーに向かう。
「全部って……何時間くらいかかるんだ」
「……さあ、どれくらいだろうな」
あっはっは! と翔琉は笑い声を上げた。軽やかに走り出したドラムに鮮やかなトランペットが飛び乗る。どうなることやら、と燎も小さく笑い返した。テーブルの上では二枚目に控えたピアニストが微笑んでいる。
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