現代美術館を訪れるロランの話。スイーツ同好会少し。
折本としてTLで無料配布していました。読んで頂きありがとうございました。
カツン――、と響いていた靴音が消えた。かかとが大きなマットに着地する。エントランスの自動ドアが静かに開き、春の入り口から差す心地よい日の光が頬を温めた。外は思っていたよりずっと眩しい。朝方は曇り模様の空だったが、今はすっきりとよく晴れ、淡い水色を一面に広げている。
表に出て立ち止まり、長い下り階段の先の広場を見下ろす。明るい緑色の芝生が覆うカンバスには様々な色や形のオブジェが点々と散らばり、その間を縫うように、灰色の石畳が枝分かれしながらあちこちへと伸びている。
ふいに柔らかな風が吹いた。景色の端で自分の金髪がさらさらと流れていくのが見える。他人から見たらそれこそ絵になりそうな――個人的にはアニメのオープニングのAメロだと思う――ワンシーンなのかもしれない。けれど、ここにいるのは自分だけだ。本当にAメロか判断してくれる人もいなければ、自動ドアが開きっぱなしなのを咎める人もいない。とはいっても、背後の受付カウンターのスタッフは今ごろ困った顔をしているだろう。浸るのはもう少し歩いてからにしよう、と決めてその場を後にする。
コンクリート打ちっぱなしの階段をゆっくりと降りる。この時間はいつも少しだけ名残惜しい。一段進むごとに、さっき眺めた作品の記憶が一つずつ失われていくような気がするからだ。もしかしたら、最後にはシンデレラのように大切なものまで落としてしまうのかもしれない。普段ならそんな夢見がちなファンタジーなんて考えもしないのに、ここを訪れるとどうしても詩的な発想が頭をよぎってしまう。美術館という場所から無意識のうちに影響を受けているのかもしれない。
ここでは、一見しただけでは理解できないようなものが高度な芸術として認められる。時にはゴミの山が価値あるものとして評価され、広く勧められている。そういった作品は見る者に教えてくれる。どんなものも捉え方や見せ方次第で芸術に昇華できる可能性があること。そして、例え奇抜さのあまり大衆に受け入れられなくても、ほんの一握りの人に認められればチャンスがあるということを。
向こうの国で飽きるほど繰り返されてきた、野心や権威、金の匂いはここにはない。作品の裏にそういうものがあることは当然知っている。けれど、意識さえしなければ、物言わぬ作品はただのアートとしてそこにあり続ける。どう受け取るかはこちらの自由だ。
「鳴海くん!」
弾む声に目を向ける。新が大きなリュックを揺らして駆け寄ってきた。後から輝も早足でヒールを鳴らしてきて、風になびいた髪を軽くかき上げ笑顔を見せた。ショッピングのお供に最近買ったという花柄のサブバッグから、深緑色の大きなビニール袋がチラリと顔を覗かせている。書店限定特典付きの写真集は無事買えたようだ。
「待たせちゃってごめんなさいね。早めに来たつもりだったんだけど」
「こちらこそ気を遣わせてしまったね。二人とも気にしないで。せっかくスムーズに集まれたんだ、その分ゆっくりしていこう」
「そうね。何か冷たいものが飲みたいわ」
「うん、俺も……ああ〜、何がいいかなあ! メニューはネットで二十回読んできたんだけどどれも美味しそうで全っ然決められなくて……はあ、どうしよう!」
「大丈夫。僕もひと通り見たけど、結局決められなかったよ」
「鳴海くんも!?」
「まあ、珍しいのね」
目を丸くする輝に僕は笑って頷き、目的のカフェへ歩き出した。ごつごつした灰色の石畳の途中で、派手な色のオブジェが掲げる時計を見上げる。まだ待ち合わせの五分前だ。
何を話そうか。新は今朝思いついたアレンジを今すぐにでも披露したいだろう。輝も写真集について語りたいはず。僕も同じだ。先ほど見てきた、心惹かれる奇妙な作品の話をしたい。傍から見たらきっと無価値に思えてしまう、ただの高校生達のとりとめのない話を。
0コメント