<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>log</title><link href="https://smaltshobo.themedia.jp"></link><subtitle>こちらは個人運営のじゃずおん二次創作小説サイトです。公式様とは一切関係ありません。</subtitle><id>https://smaltshobo.themedia.jp</id><author><name>h</name></author><updated>2023-01-21T12:53:10+00:00</updated><entry><title><![CDATA[(79)鳴海ロランは忘年会ができない　お題:忘年会]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/40796703/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/40796703</id><summary><![CDATA[突如忘年会をしたいと言い出したロラン！しかし星屑のチャットはカオス極まる！果たして開催の夢は叶うのか！！　おうち時間のらいん風画像が元ネタです。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2023-01-21T12:53:10+00:00</published><updated>2023-01-29T08:18:53+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>突如忘年会をしたいと言い出したロラン！しかし星屑のチャットはカオス極まる！果たして開催の夢は叶うのか！！　おうち時間のらいん風画像が元ネタです。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「みんなお疲れ。突然だけど忘年会をやろうと思うんだ。今月の二十七日から二十九日の間でどうだろう」</div><div>　僕はそんな文面を部活のチャットに送信した。</div><div><br></div><div>　突然だけど。</div><div>　それは僕ら星屑旅団のチャットでたびたび飛び出す言葉だ。</div><div>『突然だけど◯◯のアイテム持ってる人いませんか？』</div><div>『突然だけどクリスマスイベントで特攻キャラを出せる人募集！』</div><div>『突然だけど今度の◯◯コラボカフェに付き合ってくれる人いない？』</div><div>　僕らの話題はいつだって突然だ。大半のメンバーが何かしらのオタクやファンで、常に並々ならぬ熱量を抱えている。だから自分の好きなものは誰かに強く勧めたくなるし、効率を上げるために力を借りたくなる。</div><div>　そこに時間の制約は存在しない。誰もいない深夜であろうが雑談中のゴールデンタイムであろうが、僕らは好きな時に「突然だけど」と自分の話題を切り出すのだ。</div><div><br></div><div>　最初は「話を遮って申し訳ないんだけど」というニュアンスも込められていたと思う。けれど、いつの間にかそんな遠慮はすっかり失われてしまった。僕らの「突然だけど」は免罪符を通り過ぎ、今や「いきなり無関係の話題を持ち出すことで笑いを取るスラング」と化してしまった。もはや話の腰は折るためにあると言ってもいいかもしれない。</div><div>　幸いこういう場面での僕らの価値観は似ているから、「一つの話題が終わるまで待つべきだ」と声を荒らげるメンバーはいない。もちろんそれはモラルに欠けているという意味ではない。</div><div>　チャットはあくまで軽いおしゃべり。</div><div>　大切な話は個別でやりとりするか、部活中に時間を設ける。</div><div>　そんな認識が全員に浸透している。だから僕らのチャットルームはいつだって、平和で騒がしい、愛すべき場所なのだ。</div><div><br></div><div>　そんなこんなで僕は面白半分と興味本位半分で突然の忘年会を切り出した。リックが昨日運悪く出会ってしまったB級映画の話をしている真っ最中に。</div><div>　忘年会は僕にとってまだ経験のない日本の重要イベントだ。父の体験談によればクリスマスパーティーとは違った雰囲気のようで、普段の立場や年齢を気にせずみんなで楽しむものらしい。僕は以前からそのスタイルが星屑旅団にぴったりだと思っていた。</div><div><br></div><div>　とはいうものの、年末の僕らは忙しい。僕自身、開催の望みは薄いと予想している。</div><div>『すみません周回あるんで無理です』</div><div>　早速通知が鳴ったと思ったらこの返事。奏斗からだ。思っていた通りの内容に、そうだよねと口元が勝手に緩む。奏斗が欠席するのは想定の範囲内。スタンプも句読点もないメッセージだけど、今も周回中だろうに素早く返信をよこすあたり、クールなようで根は律儀だ。</div><div>「構わないよ。集中してるときに悪かったね。他のみんなも忙しい時期だろうから無理はしないで欲しい」</div><div>　僕が次のメッセージを送信し終えると、他のメンバーも次々に顔を見せ始めた。</div><div>『待ってくれロラン！　ボクの映画の話がまだ終わってない！』</div><div>『本当に突然ねロラン。まあいいけど何するの？』</div><div>『なんかよくわかんねーけど面白そうだな！　親に聞いてみないと予定わかんないから後ででいいか？』</div><div>「もちろん」</div><div>　僕は星のスタンプを押し、メモアプリに奏斗と蒼弥の予定を書き込んだ。</div><div><br></div><div>　その間にもバックグラウンドでチャットの通知音が鳴り続けている。メモを終えてチャットルームに戻るとそれなりのログが溜まっていた。</div><div>『すいません！　全部バイト入ってるんで時間次第になりますけどいいですか？　弟たちの宿題はどうにかするんで！　それから氷室っちは言い方気いつけや！』</div><div>『ここからが本当にひどかったんだよ！　サメに襲われた主人公は性懲りもなくまたサーフィンに行くんだ。すると当然のようにサメがやってくる。主人公は怯える。あのときのサメかもしれない！　なぜだ！　あいつはあの日俺がモリで刺したはずなのに！　ってね』</div><div>『何で危ないとこにわざわざ行くんだろ』</div><div>『フカヒレ食べたかったんちゃう？』</div><div>『草』</div><div>　確かにそれは草、かもしれない。僕は必死で笑いをこらえた。これではろくに返信もできやしない。入力画面に書きかけの文章を残したまま、震える手でスマートフォンをデスクに置く。</div><div><br></div><div>『そういや俺フカヒレ食ったことないかも。うまいのか？』</div><div>『昔食べたことあるわよ』</div><div>『さすが天城先輩セレブ！』</div><div>『食べたことあるって言っても小さいカップにちょこっと入ってただけよ？』</div><div>『鳴海くん！　俺はいつでも空いてるから！　24時間365日！』</div><div>『中華の話してたら飲茶が食べたくなってきたわね』</div><div>　飲茶か。</div><div>　僕はフカヒレで少し疲れた腹筋をさすりながら背中をまっすぐに伸ばした。ティーカップを手に取る。そういえばもうずいぶん中国茶を飲んでいない気がする。中国茶と飲茶……忘年会にうまく組み込めるかもしれない。もし忘年会ができなかったら、次のスイーツ同好会で提案してみよう。</div><div><br></div><div>『あっ鳴海先輩、オレ二十九日なら多分大丈夫ですよ！　単発バイト入ってるんで夜からになっちゃいますけど』</div><div>『ロラン。そのことなんだけど、私二十八日しか空いてないのよ。ごめんなさい』</div><div>「気にしないでテル。急に誘ったのは僕の方だからね。元々の予定を優先させてほしい。煌真もありがとう」</div><div>　僕はメモアプリを開き、みんなの予定をリストアップした。</div><div>　奏斗……全てNG</div><div>　蒼弥……後日</div><div>　拓夢……時間次第</div><div>　新……全てOK(と言ってるけど後でチェック)</div><div>　煌真……二十九日夜OK</div><div>　輝之進……二十八日OK</div><div>　</div><div>　既に雲行きが怪しいな。</div><div>　僕は苦笑いをしながらティーカップを傾けた。ここまでバラバラだとちょっとした笑い話にできそうだ。でも、僕以外誰一人としてこの事実を把握してはいないだろう。みんなリックの語るB級サメ映画に夢中だ。</div><div>『ところがよく見るとそのサメは妙に小さい。しかも自分を襲いもせずじっとこちらを見つめている。そう！　子どものサメなんだ！』</div><div>『え？』</div><div>『いやいやそこは刺されたサメが復讐に来るところだろ』</div><div>『子どものサメって人襲わないんですか？』</div><div>『まあ子どもやしなあ。親がガバーッて獲ってきたヤツをちょちょいっと食べる感じちゃう？　知らんけど』</div><div>『ここからが信じられない話なんだけど、何とその子どものサメはね！　人間の言葉を喋るんだ！』</div><div>『やば！』</div><div>『ちょっとリックさん話盛ってません？』</div><div>『超展開草』</div><div>『すげえな』</div><div>『その監督はそういうストーリー大好きみたいだね！　バズったのもわかるよ！　気になって今調べたんだけど…ああでも俺サメ苦手だからほんとにちょっとだけなんだけど』</div><div>『全然話が読めないわね』</div><div>『盛ってないよ！　ひどいなあ！』</div><div><br></div><div>　これは時間がかかりそうだ。僕はお湯を沸かしにキッチンへ向かった。チャットが一段落ついたら早速サブスクで見てみよう。忘年会をどうするかはエンドロールの時に考えればいい。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(78)孤高の星は絶えず輝く　お題:落ち込む]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/40760136/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/40760136</id><summary><![CDATA[筋肉旅団ドラマのあと、こういうエピソードがあるといいな！　という願望。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2023-01-02T06:46:06+00:00</published><updated>2023-01-20T01:59:55+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>筋肉旅団ドラマのあと、こういうエピソードがあるといいな！　という願望。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　どうしてうまくいかないのだろう。</div><div>　今日も朝から本当にいい天気だ。気持ちのいい秋晴れの空を小鳥たちが横切っていく。小さな翼を懸命に羽ばたかせる姿はけなげで、いつになく胸が痛んだ。あんなに小さな鳥ですら努力を惜しまないというのに、ボクときたら全然努力が足りていない。それどころか、あの小さな命を賛美できず嫉妬してしまうなんて、人の風上にも置けないじゃないか。</div><div>　カバンが重さを増す。ノロノロと進むボクを、同じ制服に身を包む学友たちが通り過ぎていく。ローファーの靴音も軽やかに「今日は涼しいね」「学校めんどいな」などと口々に言い合っている。</div><div>　彼らはボクの密やかな、けれども重大な悩みを知らない。無論、知る必要はこれっぽっちもない。悩むのはボクだけでいい。一人でも多くの人が笑顔で生きていける世界の何と幸せなことだろう。そんな空間に水をさすなんて、決して許されないことだ。例えこの心が苦しみに支配されようとも、孤高の星は絶えず輝く。ボクはそういう存在でありたい。</div><div><br></div><div>　なのにボクとしたことが！　悩みに心を奪われている間に、ボクの足は勝手に2-Aの教室へ向かっていたらしい。気づいた時には目の前に知らない学友の姿があった。</div><div>　彼は明らかに怪訝そうな目でこちらを見つめている。それはそうだ。常に輝くオーラをまとうボクであっても、こんなに浮かない顔をしていては人に心配をかけてしまうものだ。</div><div>「キミ、すまなかったね。別のクラスの人間がこんな顔で突然やってきたんだ。戸惑うのも無理はない。えーっと……」</div><div>　何か適当な言い訳を、と考えながら目を右に左にとさまよわせる。こういう時にパッとちょうどいいセリフが出てこないのが、ボクの数少ない欠点の一つだ。けれど男の中の男ならば常に堂々としていなければならない。思いつかなかったら思いつかなかったで、サラリと謝って立ち去ればいい。今回はそうさせてもらおう。ボクはお辞儀をしようと下を向き、口を開きかけた。すると、まさかの人物が現れた。</div><div><br></div><div>「お？　リック。どうしたんだよこんな朝っぱらから」</div><div>「ソ、ソーヤ！？」</div><div>　こんな奇跡が起こるとは、何て素晴らしい日だろう！　さっきまでの暗い気持ちが一瞬で宇宙の彼方に吹き飛んだようだった。砂漠のオアシス、渡りに船、願ったり叶ったりだ。しかもソーヤはボクをリックと呼んでくれた！　「安藝月」でなく「リック」と！　ああ、何て温かい響きだろう。自分の口で言葉にするより、友達から呼ばれる時のほうが何倍も心に響く。</div><div>「ソーヤ！　朝から君に会えて嬉しいよ！　こんな幸せなことはない！　今すぐ幸運の女神に感謝の祈りを捧げよう！　もちろん、キミにも幸運が訪れるようにね！」</div><div>「お、おう……ありがとな？」</div><div>　ソーヤは戸惑い混じりに笑った。無理もない。同じ部活のメンバーとはいえ、他のクラスの学友から突然熱い感謝を述べられては、少しばかりぎこちない笑みにもなってしまうだろう。ボクは丁寧に詫びを入れた。心優しいソーヤのことだからきっと許してくれるだろう。けれど親しき仲にも礼儀あり。人の優しさに軽々しく甘えず、小さな場面でも誠意を見せるのが本物の紳士だ。</div><div><br></div><div>　人の優しさに軽々しく甘えず。</div><div>　ボクは自分の言葉をもう一度心の中で繰り返した。そして気がついた。ソーヤならボクの悩みを解決してくれるのではないか？　この苦しみに一筋の光をもたらしてくれるのではないか？</div><div>　しかし、それでいいのか孤高のギタリストリックよ。</div><div>　ボクは自分に言い聞かせた。人の優しさに甘えるのは実に簡単だ。けれど安直な道を選ばず敢えて茨の道を進むのが真の勇者というもの。ボクはこの悩みを抱えてから、日々研究と訓練を重ねてきた。先人たちの記した本を読み込み、動画をいくつも見て知識を深めた。以前と変わらず食事も残さず食べ、体も鍛え続けている。姿見でチェックする限り、ボクのフォームに全く問題はないはずだ。なのに本番となるとてんでダメだった。何が足りないのか全く分からない。道を選ぶ以前のレベルじゃないか。</div><div>「……ック、おーいリック！　大丈夫か？　何かぶつぶつ言ってたけど」</div><div>「あっ……ああ、こちらの都合だよ。大丈夫。心配かけたね」</div><div>「あんま無理すんなよ？　顔色悪いみたいだし。困ったことがあるならちゃんと言った方がいいぞ？」</div><div>「ソーヤ……」</div><div>　ボクはうまく目を合わせられず下を向いた。ソーヤはこんなにもボクを気にかけてくれている。なのにボクは……このままでいいのだろうか。困ったことがあるなら、とまで言った彼にだんまりを決め込むのはかえって不誠実じゃないのか。</div><div>　ボクは大きく頷いて背筋をピンと伸ばした。プロだって師に教えを請いながら進んできたのだ。胸を借りようじゃないか！</div><div>「ソーヤ。そのことなんだけど……ひとつキミに教えを請いたいことがあるんだ」</div><div>「教え？　そんな大層なもん俺は持ってないと思うけど」</div><div>「いいや、キミにしか頼めないんだ！　お願いだ！　ボクに……バッティングを教えてくれないか？」</div><div>「えっ、そんなことで……いいのか？」</div><div>　ソーヤは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。ボクは申し訳ないと思いながらも気持ちが抑えきれなくなり、まくしたてた。</div><div>「そんなことなんてとんでもない！　キミと初めて一緒にバッティングセンターに行ってから、ボクはひとりでずっと練習してきたんだ。ボールを打ち返す感触が忘れられなくてね。だからボクは心に決めたのさ。次にキミとバットを握る時には、あの日のような無様な姿は見せないと！　なのにどうしてもうまくいかないんだ。コツを教えてもらっても……」</div><div>「何だ、そういうことかよ！　遊びに行きたいなら行きたいって言っていいんだぞ？　友達相手に何遠慮してんだよ！」</div><div>　ソーヤは大きな声で笑いながらボクの背中をバシバシと叩いた。何かがおかしい気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。気づけばチャイムが鳴り響いていた。ボクは慌てて自分の教室へ駆け戻った。ソーヤと幸運の女神に何度もお礼をしながら。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(77)確信を得る　お題:智川翔琉]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39738830/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39738830</id><summary><![CDATA[確信を得る。大和から見た翔琉のすごいところ。SCの次期部長・副部長はどうなるか全然想像がつかないんだけど、こういうパターンもあるかな……という考え。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-12-10T13:47:03+00:00</published><updated>2022-12-10T13:50:09+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>確信を得る。大和から見た翔琉のすごいところ。SCの次期部長・副部長はどうなるか全然想像がつかないんだけど、こういうパターンもあるかな……という考え。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　あれはいつのことだったか。決して最近ではない。けれど入部したての頃でもない。そんな時期だったと思う。それほど曖昧にもかかわらず、僕はその出来事をいつでも鮮明に思い出すことができた。</div><div><br></div><div>　いつもの通り放課後の部室へ向かっている途中、智川くんと神条くんに会った。三人で歩きながら話していると、話題は各々の音の持ち味へと移った。まず智川くんのエネルギーに満ち溢れた演奏について。次は神条くんのブレなさについて。そのとき、僕は以前から気になっていたことを思い切って口にしてみたのだ。</div><div>「神条くんの音はいつも整っていて、何と言いますか……人と合わせることを前提に生み出されている感じがするんです。本当に頼りになります」</div><div>　すると、重いコントラバスケースの肩ベルトの下で神条くんの肩がピクッと動いた。</div><div>　僕はしまったと思った。どこからどう受け取っても褒め言葉と思ってもらえるよう言葉を選んだつもりだったけれど、この反応はまずい。僕は神条くんがどこに琴線と逆鱗を持っているのか未だによくわからないのだ。</div><div>　一方の智川くんは、いつも通りの明るい口調で僕に乗ってきた。</div><div>「そーそー！　やっぱそうなんだよなあ！　ユーキってそこがすごいんだよ。クラシックやってたからかな」</div><div>「おい、人の経歴を勝手に晒すな」</div><div>　神条くんが声を低くしてすごむ。</div><div>　クラシックの話は初耳だった。言われてみれば納得のいく経歴だ。神条くんが練習中に飛ばす指示は大抵「走りすぎ」「周りをよく聴いて合わせろ」が多い。一年生たちが入部して同時に鳴る音が増えても、音のバランスを聴きとる力は衰えるどころかむしろ研ぎ澄まされているようだった。</div><div>　そんな僕らの気持ちを意にも介さず、智川くんは笑顔のまま口を開いた。</div><div>「ごめん！　ユーキをど〜しても褒めたくて、つい」</div><div>「はあ！？」</div><div>　神条くんの上ずった叫び声が廊下を飛んでいく。思わず僕も同じような声を上げるところだった。火に油を注ぐようなものじゃないか。なのに智川くんは未だに油を手に笑っている。火を消すという発想がないのだろうか。僕は頭がくらくらしそうだった。</div><div>「ユーキにとって大事なのは今だもんな。ごめん！」</div><div>　目の前で手のひらをパチンと合わせて拝み倒す姿に、神条くんは長い息を吐きながら首を横に振った。</div><div>「……もういい」</div><div>　こちらに向けた背中がコントラバスケースに隠れ、静かな足音とともに部室へ消えていく。智川くんはそれを見届けてから、片手を腰にあてて満足そうに頷いた。</div><div>「よかった。ユーキ、満更でもない感じだったな」</div><div>「え？　あの様子が……ですか」</div><div>「そーそ、わかりにくいよなー！」</div><div>　僕はただただ呆気に取られるばかりだった。</div><div><br></div><div>　そんな智川くんがベルリンに発つことになり、僕たちは部の方針をどうするか対応に追われることになった。まずはリーダーをどうするか。学校側への変更手続きも必要なので早急に決める必要がある。智川くんは「みんなに任せる」の一言だったので、自分たちだけで決めることになった。</div><div>　本来、次年度の部長と副部長はそのまま智川くんと堂嶌くんの予定だった。ところが智川くんが不在となったことで部長のポストが空席に。話し合いの結果、まずは繰り上がりで堂嶌くんを部長にすることに。本人は「リーダーは柄じゃない」と言っていたけれど、ここは順当だろう。</div><div>　問題は副部長だった。推薦を募ったところ、真っ先に名前があがったのが何と僕だったのだ。</div><div>「教えるのがうまい」</div><div>「アンコンで一年生をまとめた経験がある」</div><div>「初心者の気持ちがわかる」</div><div>　が主な理由だった。客観的に見れば現実的かもしれない。僕自身、人に何かを教えることに抵抗はないし、内容はどうであれアンコンでの経験は役に立つかもしれない。この部において、初心者の気持ちがわかるのは僕の数少ない強みと言える。専門的な知識と経験を持つ堂嶌くんと役割分担ができ、バランスが取れるだろう。</div><div>　ただ、みんなが期待に満ちた目でこちらを見たとき、僕の頭の中にあのときの智川くんが現れたのだ。きっとSwingCATSに必要なのは「ああいうこと」なのだ。僕らしくもない何の根拠もない直感だけれど、確信に近いとはっきり言える。それは星乃くんが「SwingCATSを守りたい」と語ったときの印象と似ていた。</div><div><br></div><div>「僕を指名して頂けるのは本当にありがたいのですが、僕には荷が勝ちすぎます。ぜひここは星乃くんを推薦させてもらえませんか。以前『ワタシがSwingCATSのリーダーになります』と言ったときの星乃くんの顔が、僕は忘れられないんです。星乃くんは智川くんと同じ理想を持っています。それを叶えるための強い心も」</div><div>　すると星乃くんは丸い目をさらにいっぱいまで丸くした。そしてその目はすぐ、一番星を見つけた少年のように輝いた。</div><div>　智川くんと同じまなざしだった。ああ、これだ。この目だ。僕は確信をもって頷いた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(74)光牙『さん』　お題:マフラー]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39607306/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39607306</id><summary><![CDATA[ちびっこにめちゃくちゃ慕われる光牙さん。※悪ガキ度強めのモブ小学生コンビが好き放題騒ぎます。仲良しですがとにかく生意気なので大丈夫な人向け。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-12-03T14:56:29+00:00</published><updated>2022-12-03T15:02:23+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ちびっこにめちゃくちゃ慕われる光牙さん。</div><div>※悪ガキ度強めのモブ小学生コンビが好き放題騒ぎます。仲良しですがとにかく生意気なので大丈夫な人向け。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「あっ、光牙！」</div><div>「ほんとだ！　光牙ー！」</div><div>　高い声に振り向くと、なじみの顔があった。同じ施設の男子小学生コンビがこちらに向かって大きく手を振っていた。ランドセルの横に下がった体操服袋もブランブランと揺れている。</div><div>　二人が着ているフリースジャケットはだんだん小さくなってきている気がする。もう袖から手首が丸見えだ。</div><div>「呼び捨てすんなっつったろ」</div><div>「わかってるって！」</div><div>「いーじゃんそんくらい！」</div><div>「よくねえよ！　世話んなってる人にはちゃんとしろ！」</div><div>「世話になってねーし！」</div><div>「なってねーし」</div><div>　口だけはいっちょまえだ。二人は光牙の注意をろくに聞きもしない。これは久しぶりにガチの鬼ごっこか、と光牙は歩道をぐっと踏みしめる。しかし、一歩踏み出す前に二人はゲラゲラ笑いながら走り出してしまった。すぐ先の公園に一直線だ。小さな背中はさらに小さくなり、白い息もすぐに消えてしまう。</div><div><br></div><div>「ったく……」</div><div>　特大の白い息を吐き、頭をガシガシと掻く。光牙が公園に足を踏み入れた時には、二人は既に敷地奥のベンチにたどり着くところだった。</div><div>　幼稚園児のころは「こうがお兄ちゃん」と呼んでべったりだったのが、今ではすっかりこんな調子だ。片方の子の背中はランドセルのふたが閉まっておらず、留め具がカチャカチャ鳴りまくっている。なのにお構いなしだ。</div><div>「おい！　ランドセルあいてっぞ！」</div><div>　光牙が大声を上げると、二人はぎょっとして体をひねり自分の背中を見ようとする。あんなに派手な音がしていたのに二人とも気づいていなかったとは。</div><div>「やべ！」</div><div>「うわだっせー！」</div><div>「は？　おめーもダサくしてやる！」</div><div>　小さな手がサッと伸びて、相手のランドセルの留め具をパチンと外した。途端にやかましさが倍になる。当然自分のランドセルを後ろ手で留められるはずもない。パッカンパッカン！　カッチャンカッチャン！　と言いだした背中に絶叫と笑いが飛ぶ。</div><div>「バッカじゃねーの！？」</div><div>「バカはおめーだよバーカ！」</div><div>　これには光牙も我慢できず大笑いしてしまった。</div><div>「っははは！　おめーらほんとにバカだな！」</div><div>「はあ！？　バカじゃないって！」</div><div>「そーだそーだ！　バカは光牙だー！」</div><div>「俺は関係ねーだろ」</div><div>「知りませーん！」</div><div>「一番のバカは光牙でーす！」</div><div>「んだと……！？」</div><div>　ちょっと面白いことをしだしたと思ったらすぐこれだ。</div><div>「やべ、光牙キレる！」</div><div>「逃げろー！」</div><div>　口も回れば足も回る。そしてこんな時だけは頭の回転も爆速になる。怒られる瞬間を悟るセンサーは超一流だ。二人は近くのベンチにランドセルを放り投げジャングルジムへ一目散に走り出す。そして子猿のようにひょいひょいと登り、あっという間に頂上へたどり着くと腰を下ろしてくつろぎ始めた。</div><div><br></div><div>　光牙は今日二つ目の特大ため息を吐いた。この二人にいちいち付き合っていたら自分のトレーニングの時間がなくなってしまう。小学生に付き合ってやるのも悪くはないが、別の意味で疲れそうだ。やるならせめてちゃんとしたスポーツがいい。</div><div>　光牙はベンチに向かい、ひっくり返ったランドセルたちの横に自分のリュックを置いた。</div><div>「お前らしばらくそこで遊ぶのか？」</div><div>「うん」</div><div>「そだよ」</div><div>「じゃあついでに俺の荷物見といてくれ。ちょっと走ってくっから」</div><div>「いいけど、強盗に教科書取られても知らねーからな」</div><div>「んなもん入ってねえから大丈夫だ。その代わり、ドラムスティックに手えつけるヤツがいたらソッコーで呼べ」</div><div>「は？　命より大事なやつじゃん！」</div><div>「自分で持っとけよ！」</div><div>「スティック持って走るやつがどこにいんだよ。やべーだろ」</div><div>「やべー！」</div><div>「強盗っぽい」</div><div>「誰が強盗だ！　……俺はな、スティックを任せるくらいお前らを信用して言ってんだ。それだけはわかっとけよ」</div><div>「わかってるって！」</div><div>「まかせろ！」</div><div>「大丈夫かよ……」</div><div>「信用してるって言ったじゃん」</div><div>「光牙うそつきー」</div><div>「ったく……お前ら！　二人まとめて先生んとこ連れてくぞ！」</div><div>「絶対やだ！」</div><div>「光牙の鬼！　悪魔！　バカバカバーカ！」</div><div>「だからバカはおめーだっつったろ！　それと光牙『さん』だ！」</div><div>　光牙はぐるぐる巻きにしていたマフラーをほどいてリュックの上に放る。首筋に冷たい風が吹きつけるが、気にならないくらい体は温まっていた。軽くストレッチをして体をほぐす。</div><div>「光牙さん！　オレ強盗見つけたらぶっ飛ばす！」</div><div>「あとケーサツにレンコーする！」</div><div>　ジャングルジムのてっぺんで二人は得意そうに笑う。</div><div>「危ねーからやめろ！　覚悟は上等だけどな、そういうのは覚悟だけでいいんだよ。お前らは大声出す！　んで逃げる！　得意だろ。大体な、強盗ってのは俺でもやべーんだぞ」</div><div>「……マジかよ」</div><div>「……やべーじゃん」</div><div>　二人は急に真剣な顔つきになり声をひそめた。</div><div>「ほんっと、わかってんのか？　こいつら……」</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(76)今日も命がけ　お題:寒い]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39606128/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39606128</id><summary><![CDATA[今日も命がけな煌真ちゃん。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-12-03T14:35:43+00:00</published><updated>2022-12-03T14:39:56+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>今日も命がけな煌真ちゃん。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「さっむ！」</div><div>　北風が直撃する渡り廊下を抜け、冷えきった廊下を歩き、合同練習の教室へ。煌真は丸めた背中を震わせながら、買ったばかりのペットボトルを両手で包む。ポケットの使い捨てカイロはとっくに冷たくなっている。こんな日に限って予備を忘れてしまった。今はこのミルクティーが唯一の生命線だ。</div><div>　爪先までしびれそうになりながら教室へ足を引きずる。もう限界だった。飲まず食わずでオアシスにたどり着いた旅人のように、ふらふらと扉へすがりつく。やっとエアコンの効いた部屋に入れる……という安心感だけでカチコチになった背中がほぐれる気がした。</div><div>　けれどその期待は三秒で砕かれた。</div><div><br></div><div>「お疲れさまで〜す……え、さむ……」</div><div>「お疲れ様。ほんとに今日も寒いわね。さっきエアコン入れたところよ」</div><div>「マジすか……！　最悪……」</div><div>　輝之進の言葉に血の気が引く。エアコンからは風量最強の温風が出ているはず……なのに、ごうごうと吹いている風は勢いだけで全然温かくない。</div><div>　紅茶のペットボトルも完全にぬるくなってしまった。もう一歩も動けなそうにない。でも棒立ちする体力もない。ぎりぎり残っていた力で荷物を持ち直し、教室の端から椅子を引きずってきて腰を落とす。わかってはいたけれど、木の座面は泣きたくなるほど硬くて冷たかった。サックスはもっと冷たいだろう。考えただけで寒気がした。</div><div><br></div><div>「煌真ちゃん大丈夫？　顔色悪いわよ？」</div><div>　輝之進が心配そうに近寄ってきた。その首元には分厚いストールが何重にも巻かれている。</div><div>　自分だけが異様に寒いのかと思っていたが違った。一緒に耐えている人がいる。それは何の解決にもならないけれど、少しだけ励みになる。その少しは、時に大きな少しだ。</div><div>　力を振り絞り、ペットボトルのフタをカチカチと開けてミルクティーを飲む。ホットかアイスかよくわからない温度だったけれど、ちょっとだけ気合いのようなものは湧いた。</div><div>「すいません、マジで寒くて力入んなくて……でも大丈夫です。多分。今夜の配信までもうちょい生きます。天城先輩、今夜のユピテルの重大発表って何だと思います？」</div><div>「ちょっと！　私辛すぎて頑張って忘れようとしてたのに思い出させないでよね！？」</div><div>「えー！？」</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(75)早くコーラを飲みたい　お題:失敗]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39429390/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39429390</id><summary><![CDATA[ゲーマー奏斗。作中のゲームは架空のものですが、何となくよくある感じの狩りゲーです。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-11-26T13:36:56+00:00</published><updated>2022-11-26T13:39:48+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ゲーマー奏斗。作中のゲームは架空のものですが、何となくよくある感じの狩りゲーです。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　クソ、ハズレ引いた。</div><div>　そう悟った途端、急に喉が渇き始めた。けれどコントローラから手を離すわけにはいかない。猛攻を続けるボスモンスターを正面に捉えたまま、視界の端で赤いペットボトルを盗み見る。フタを開けてから(開けたのは戦闘開始前のロード中)結構な時間が経っている。早く飲みたい、早く飲まないと。何でこんな時に限ってコーラにしたんだよ俺は。舌打ちすると乾いた上あごがザラついて痛かった。加湿器を入れるのも忘れた気がする。だがさすがに振り向けない。諦めて無理やり戦闘に集中する。</div><div><br></div><div>　轟音と共に巨大な骸骨形のボスが剣を振り下ろす。大技だ。地面に長い亀裂が走り、一拍おいて爆発。砕けた岩盤が石つぶてになり周囲に飛び散る。</div><div>　パーティメンバーのHPは増えたり減ったりを繰り返しており、後方で一人のヒーラーが何とか持たせている状況だ。自分を除く前衛の戦士二人は、少し前から薬を飲む動作が見られなくなっていた。回復薬が尽きているのだろう。そのくせに盾を使ったガードも回避もまともにできておらず、ボスの剣に振り払われてはいいように吹き飛ばされている。</div><div><br></div><div>　まだ覚醒も終わってねえのに何やってんだ。これのどこが効率部屋だよ！</div><div>　たまにいるのだ。自分が下手だと自覚している募集主が、わざと「効率部屋」と書くことで上級者をかき集める部屋が。多分この部屋がそうなのだ。奏斗は募集主を睨みつける。さっき同じ攻撃を食らったにもかかわらず、また正面から突進しては同じスキルを連発している。</div><div>　ボスの体力が半分を切ると、赤いオーラを身にまとい攻撃が激しくなる。通称覚醒状態だ。このままでは覚醒まで持っていけるかすら怪しい。ヒーラーが上手い人なのがせめてもの救いだった。それでも一度崩れたら終わる。</div><div>　こういうときボイスチャットがあれば通話で指示出しできるのに、なぜここは通話禁止部屋なのか。いや、それは自分のせいだ。今日は部活でがっつり練習したから喉を休めたくて通話なしの部屋を選んだ。</div><div><br></div><div>　正直、助けるのも面倒になってきた。けれど回線落ち以外で途中抜けするのはありえないし、ここまできたらやれるところまでという気持ちにもなる。</div><div>　ボスの隙を見て一瞬手の力を抜き、コントローラを軽く握り直す。それからボスの背後へ回り込み、足元を狙って短い連続攻撃を叩き込んでは離脱。今までは足の破壊報酬狙いで右足だけを集中攻撃していたが、そうも言っていられない。選り好みせず左足も容赦なく斬りつける。</div><div>　最初よりも足への攻撃が増えたことでボスの注意がこちらへ向かう。奏斗の動かすアサシンを蹴散らそうと、ボスはしきりに足踏みをしてはぐるぐると体の向きを変え始めた。踏まれるたびに細かいダメージは入るが、回復薬にはまだ余裕がある。どうにか覚醒まで押し切れるはずだ。</div><div>　覚醒に入ればボスの攻撃力は上がるが、全体的に大振りになり隙も増える。長いタメ技は暇なくらいだ。コーラも飲める。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(73)今の私にできることはきっと　お題:九鬼兄弟]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39365793/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/39365793</id><summary><![CDATA[拗らせピークの煌真ちゃんを見守る天城先輩。以前はこんな時期もあったかもしれない……という想像。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-11-25T00:00:54+00:00</published><updated>2022-11-25T03:54:01+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>拗らせピークの煌真ちゃんを見守る天城先輩。以前はこんな時期もあったかもしれない……という想像。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「あら、もう入ってないのね」</div><div>　さっきおかわりを淹れたはずのティーポットはいつの間にか軽くなっていた。そんなに飲んだかしら、と首をひねる間もなく最後の一滴がカップに落ちる。</div><div>　注いでいた紅茶はカップの半分ほどで止まってしまった。これでは足りそうもない。煌真の分を覗いてみると、あと二口分くらいしか入っていなかった。</div><div>「あー……すいません、おいしくてつい」</div><div>　煌真が気まずそうに頭を下げる。</div><div>　そこに一瞬影が差したような気がして、輝之進はつい手を止めてしまった。いつもの煌真なら、こんな風に謝るときはもう少し笑いが混じっている。</div><div>　気を遣わせちゃったかしら、と輝之進は目を落とす。握ったままだった空のティーポットはすっかり冷たくなっている。自分にとっては頂きものでも、煌真からしたら先輩の家でお高めの紅茶を次々に出されている状況。気が引けてしまうのかもしれない。</div><div>　でもそんなことはない、はず。輝之進から見た煌真は愛想も要領も良くて、どちらかというと甘え上手。例え先輩相手でも、いい意味で遠慮はしない。他の人なら言いにくいこともストレートに言ってしまう。大抵のことは持ち前の愛嬌でカバーするので嫌味に感じない。</div><div>　もし輝之進が同じことを言おうとすれば角が立ってしまうだろう。無意識なのかテクニックなのかはわからないけれど、後輩ながらすごい長所を持っている。</div><div>　なので輝之進は普段から遠慮はしないようにと煌真に伝えている。星屑旅団に厳しい上下関係はないし、何より気兼ねなくユピテルの話をしたいから。</div><div><br></div><div>「いいのよ気にしなくて！　飲みきれないくらいあるんだから。むしろどんどん飲んでもらった方が助かるわ」</div><div>「ならよかったです。ほんと天城先輩の家ってすごいのがじゃんじゃん出てきますよね。ピアノも白いし。なかなか慣れないなあ」</div><div>　煌真はマロングラッセをフォークで半分に割りながら笑う。</div><div>　よかった、やっと笑った。輝之進の肩からようやく力が抜ける。</div><div>「おかわり淹れてくるわね。ローズとシトラスどっちがいい？」</div><div>「じゃあシトラスで」</div><div>「わかったわ」</div><div>　すぐに返事が返ってくるのは気持ちがいい。やっぱり煌真ちゃんはこうよね、と輝之進はティーセットをまとめて一階に下りる。</div><div><br></div><div>　煌真ちゃんの家こそ大きいんでしょう？</div><div>　その一言を飲み込んだのはきっと正解だった。煌真は不自然なほど家の話をしない。ひとり暮らしのロランは別として、学校ではそれなりに家族の話題は飛び交う。親が勉強しろとうるさい、姉が私の服を勝手に着ていた、弟の声が大きい、とか。煌真ならストレス発散と言わんばかりに愚痴を言ってもおかしくない。</div><div>　それに、普段の言動の割に演奏はいつもお行儀よくまとまっているのも気になった。「ガチで練習するのはちょっと〜」などと口では言っていたけれど、趣味でちょろっと遊んでいる程度であんなに吹きこなせるとは思えない。</div><div>　実は根が真面目なのか、それとももっと言いたいことがあるのか。掴めそうで掴めない。</div><div><br></div><div>　――やっぱ推しってサイコーですよね。何もかも忘れられるっていうか……。</div><div>　さっきそう口にした煌真の表情が何となく頭に残っていた。しみじみと推しに浸っているにしてはどこか違和感があった。何かと聞かれても具体的には言葉にできない、ほんの小さな引っかかり。</div><div>　考えすぎかしら。</div><div>　それに本当に何かあったとして、口を挟めないのも事実。あの煌真が喋らないならよっぽどのこと。ましてや一人っ子の輝之進にとっては兄弟のいる家庭の事情など未知の世界でしかない。</div><div>　何もせずにはいられない、けれど何もしてはいけない。意識して見てみぬふりをするのは気がとがめた。こんな時こそ、煌真のようにうまく言葉にできればどんなに良かったか。いつもあんなに遠慮しちゃだめよと言っているのに、肝心の私がこうだなんて。</div><div><br></div><div>　色とりどりの花が満開のギフトボックスを開く。お目当ての黄色いティーバッグはすぐに見つかった。輪切りのレモンやベルガモットのイラストは見ただけでわくわくするものだ。本当なら。</div><div>　ポットの蓋を持つ手が、少し重かった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(72)テントの下から　お題:体育祭]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38637743/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38637743</id><summary><![CDATA[競技はちょっと苦手だけどそれなりに満喫しているワビサビ。※やたらテンションの高いモブ放送部員がいたり、モブおばあちゃんをワビサビが助けたりします。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-11-06T10:07:02+00:00</published><updated>2022-11-06T10:09:25+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>競技はちょっと苦手だけどそれなりに満喫しているワビサビ。</div><div>※やたらテンションの高いモブ放送部員がいたり、モブおばあちゃんをワビサビが助けたりします。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　――赤組速い！　どんどん差をつけていきます！　このままゴールとなるのでしょうか！　一方白組も負けてはいません！　残りあと半周！　十分に巻き返しのチャンスはありますがどうなるか！　皆さまご声援をお願いします！</div><div><br></div><div>　放送部員の熱い実況がグラウンド中に響き渡る。テレビのスポーツ中継に迫る技術と気合いだった。マイクを通しているのだからそこまでの声量はいらないだろうに。</div><div>　いや、これくらい声を張らないと届かないのだろう。BGMはここ数年のヒットソングを上位から順にさらったようなプレイリスト。それに負けじと、あるいは乗せられ、会場の歓声と拍手は耳が痛くなるほどだった。燎は顔をしかめながら救護テントに向かう。生徒席から遠く離れたこの場所ですらこれほどの状況だ。向こうで競技に応援にと全力の現場は、相当な熱気と喧騒に違いない。</div><div><br></div><div>　体調を崩した人には一層堪えるだろう。燎は隣を歩く年配の女性の様子を伺う。杖をついていることもあり心配したが、意識も足取りもしっかりしている。もう少しですよ、と声をかけ救護テントの様子をさっと目で探る。</div><div>「大和！」</div><div>　努めて大声を上げないと業務連絡すらままならない。幸い、大和は救護テントの中でも通路側の方に立っていたのですぐにこちらに気付いた。</div><div>「堂嶌くん、そちらの方は……」</div><div>「ああ、気分が優れないそうだ」</div><div>　燎が手短に伝えると、大和の表情はにわかに硬くなる。</div><div>「わかりました。すぐに先生を呼びます。どうぞこちらへ。歩けそうですか？」</div><div>　女性は頷き、手近な椅子にゆっくりと腰掛ける。大和はそれを見届けると急いで養護教諭を呼びに行った。</div><div>　燎はグラウンドに目を向けた。疾走する選手の蹴り上げた砂が飛び散り、白い砂埃がもうもうと立ち上っている。強い陽射しと合わさりもはや目を開けているのがやっとだった。</div><div>　十月に入ったというのに、晴天の日は昼になれば夏のような暑さだ。真夏に比べれば湿気がないぶんかなり過ごしやすい。それでもわざわざ進んで直射日光を浴びようとは思えない。自分には美化委員の仕事が性に合っている。腕章をつけて会場を巡回し、ゴミ拾いに落とし物の管理。尋ねられれば道案内。今年は例年以上の気温のため、熱中症対策として体調を崩した人を近くの教員や救護係へ繋ぐ役割も担う。クラス全員参加の競技には出るが、あとは会場を見回りながら遠目に見守るのみ。部活対抗リレーも出場枠は各部四名なので、翔琉・光牙・暁・レイに任せている。実力的には大和も適任ではと思ったが、保健委員の仕事がありますからとやんわり辞退していた。恐らく自分と同じ動機なのだろう。</div><div><br></div><div>「先ほどはありがとうございました。症状は軽いそうなのでテントで休んで頂いてます。もっとも、この騒ぎでは座っていても休めるかどうか……」</div><div>「ああ、同感だな。盛り上がるのは結構だが」</div><div>　――さあこの徒競走もいよいよ後半戦に入りました！　シンプルではありますが、シンプルゆえの魅力がある、それが徒競走と言っていいでしょう！　選手の純粋な実力が全て！　つまり速いヤツが強い！　強いヤツが速い！　何てシンプルなんでしょうまさにシンプルイズベスト！　おーっと、そうこうしている間に白組の選手が激しい追い上げを見せている！　これは並ぶか！　どうでしょうか……並んだー！！　白組がついに赤組を捉えました！！　これは熱い展開！</div><div>　放送部員がまくしたてる。選手の足の回転より実況の勢いの方が速いのではなかろうか。白い煙に包まれて視界の悪いグラウンドより、同じ並びの放送部テントの方がよほど状況を明確に伝えている。</div><div>「……だめだ。笑ってしまう」</div><div>　燎はたまらず顔を背けて笑いをこらえる。</div><div>「堂嶌くん？」</div><div>「すまない。素人もここまで振り切ってしまうと、何というか……」</div><div>「確かに、エンターテイメント性がすごいですよね。選手より目立っていないといいんですが……」</div><div>「どうだろうな」</div><div>　燎は荒れた呼吸を撫でつけながら考える。案外みんな熱中しているから気にならないのかもしれない。</div><div>「しかし大和、この調子で部活対抗リレーを実況されるとなると」</div><div>「それは……！　ああ……ある意味見ものかもしれませんね。これ以上手当が必要な方が増えないよう祈りましょう」</div><div>　大和は燎の言葉に目を見開いていたが、少しすると納得したようにうなずき、額に当てた手を日よけにしながら目を細めた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(71)持つべきものは　お題:依吹青]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38451103/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38451103</id><summary><![CDATA[ベルリンで頑張る奏斗に突然届いた国際郵便。青くんの選んだ品物はあまりにも予想外。でも奏斗にとっては……？※前週のくしゃみの続編ですが単品でも読めます。海外事情は相変わらずふんわりです。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-29T16:38:06+00:00</published><updated>2022-10-31T07:36:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ベルリンで頑張る奏斗に突然届いた国際郵便。青くんの選んだ品物はあまりにも予想外。でも奏斗にとっては……？</div><div>※前週のくしゃみの続編ですが単品でも読めます。海外事情は相変わらずふんわりです。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「ありがてえ……！」</div><div>　腹の底から絞り出すような感謝のうめき。こんな声を出したのはいつぶりだろう。だいぶ前に十連一発でピックアップSSRを引いた時か、結構前狩り中に火力が足りず詰みそうになっていたら野良廃人がふらっと助けに来てくれた時か。いや、クリスマスから年末年始のガチャラッシュで爆死破産を決めてしまい身も心も財布も死んでいた時に「ベルリンに行くなら必要でしょう」と親が臨時ボーナスをくれた時だ。</div><div>　割と最近だった。</div><div><br></div><div>　この寮が個室で良かったと心底思う。じゃないと、国際郵便の伝票がベタベタ貼られた段ボールの前で土下座している姿を人目にさらす羽目になっていたのだから。</div><div>「マジかー……」</div><div>　信じられない気持ちで手にある箱をしげしげと眺めまわす。赤っぽい箱にはホカホカの白い湯気と『レンジであったか！　繰り返し使えるエコカイロ！』の文字。箱が傷まないよう、セロハンテープをそっと開けて中身を取り出すと、手の平サイズの白い袋が二つ出てきた。分厚いビニールのような素材で、中にオレンジ色のジェルが入っているのが透けて見える。</div><div>　つい、じっと見てしまう。</div><div>　使ってみたい。</div><div>　喉から手が出るほど欲しかったのだ。ベルリンの冬は寒いとは聞いていたので、防寒対策は一通り準備してきたつもりだった。もちろん使い捨てカイロも。ただ、単純に枚数が足りなかった。</div><div>　何と十月から冬が始まったのだ。しかも日本の冬とは寒さのレベルが違う。ドアをちょっと開けただけで命の危機を感じる。カイロの無駄遣いを我慢して一枚ずつ大事に使ってきたが、あっという間に底をつきて今ではこのざまだ。</div><div>　けれど、それも外だけの話。あまりにも外が寒いせいか、ドイツの建物はどこも暖房がしっかりしている。大きな暖房システムを使って全ての部屋をまとめて暖めているそうだ。おかげで室内にいれば寒さを全く感じることがない。ここに来てから不便を感じることは山ほどあるけれど、この暖かさだけは最高だと思う。日本も全部こうならいいのに。</div><div><br></div><div>　だからカイロを温めるのは出かける日の朝でいい。</div><div>　でも。</div><div>　カイロをポケットに突っ込み、部屋を出て廊下を早歩きで進む。日本とドイツではレンジのワット数も違うので、歩きながら脳内で計算だ。</div><div>　夕食を終えてあとは消灯を待つのみ。ほとんど人はいない。食堂の隅でそそくさと、しかしあくまで何気なくを装い電子レンジを開ける。さっき計算した時間を指定してスタート。慣れはしたけれど、細かいところがいちいち面倒で不便だ。鳴海さんは日本に来た時どうしていたんだろう。まあ、サラッとどうにかしたんだろう。鳴海さんだし。</div><div>　それにしても、このカイロの見た目といい触った感じといい、レトルトカレーに似ている。だいぶ小さいけれど、大きいサイズならまさにカレーな気がする。　ん？　そういやこっちに来てからレトルトカレーって見たことない……かもしれない。</div><div>　やべえ、カレー食いてえ！　段ボールに入ってねえかな。まだ何か入ってたっぽいし、依吹のことだからあれこれぶち込んでる気がする。何たってシャー芯を送ってくるくらいだ。しかも三個も。嬉しいけどそんなには使わない。めちゃくちゃ助かるけど。ただでさえ0.4mm以外認めない人生を送っているのだ。日本でもたまに困る時があるのに、こっちはそもそもシャー芯自体が売っていない。知らなかった。</div><div><br></div><div>　国際郵便で智川さんにやたらとでかい箱が届いた時、正直若干引いた。</div><div>　でも智川さんがつい最近誕生日だったのと、差出人の名前がSwingCATSメンバー一同だったのを見て納得した。SwingCATSはそういうところがあるし、智川さんはそういうのが送られてくるタイプの人だ。そしてシャー芯が入ってるのを見つけて人前でめちゃくちゃ喜ぶ人でもある。</div><div><br></div><div>　だから、自分宛の荷物が届いているとは思わなかった。しかも差出人は依吹個人。ご丁寧に手紙つきで。封筒が異様に分厚かったからびっしり書きまくったのだろう。簡単に想像がつく。</div><div>『氷室くん</div><div>　こんにちは……っていうのも変かな。でも、久しぶりっていうのも違う気がして。手紙って難しいね』</div><div>　とか何とか書いてあって、本題まで時間がかかるパターンだ。まだ読んでいないからカンだけど。</div><div>　とりあえず手紙は後で読むとして。依吹の考えや行動は自分とかなりズレがある。いつもはそれどうなんだよとツッコミを入れてしまうが、今回は素直に感謝だ。</div><div><br></div><div>　カイロは小さいサイズなのですぐに温まった。商品についてきたカバーをかけてパーカーのポケットに入れる。すでに温かい。それにあのカサカサした感じもない。下手したら使い捨てよりいいのでは？　と温かさに浸る。</div><div>　自分がレンジの前でぼーっと突っ立っているのも忘れて。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(70)早く気づけばよかった　お題:くしゃみ]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38451036/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38451036</id><summary><![CDATA[噂をすれば何とやら。そんなゆあじゃず後のSC。2年生中心オールメンバー。※海外事情はざっくり調べなので現実とは違うかもしれません]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-29T16:01:16+00:00</published><updated>2022-10-31T07:36:04+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>噂をすれば何とやら。そんなゆあじゃず後のSC。2年生中心オールメンバー。</div><div>※海外事情はざっくり調べなので現実とは違うかもしれません</div>
		</div>
	
		<div>
			<div style="text-align: left;"><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>「そういえば、ドイツではシャーペンの芯って買えるんでしょうか」<br>　大和は燎の手元を見て何気なく口を開いた。その場にいた部員全員が一斉に顔を上げ、不思議そうな視線を向ける。<br>「ありふれたものだろう。どこででも買えるんじゃないのか？」<br>　燎は替芯の蓋を閉め、シャープペンシルのノックをカチカチと空押ししながら答える。光牙と優貴も続けて口を開いた。<br>「ド田舎じゃあるまいし」<br>「首都だしな」<br>「へえ、よく知ってるな」<br>「たりめえだろ！」<br>　二人は早くも火花を散らし始めてしまった。怯えた青が手をばたつかせ、言葉にならない声を上げる。そこで待ったをかけたのはレイだった。光牙と優貴の間に堂々と割って入り、体ごと無理やり仲裁する。<br>「二人とも、ケンカはダメ！　カケルがベルリンに行く前、約束したでしょう？」<br>「……こんなのケンカのうちに入らない」<br>「翔琉から止められてんのは『大ゲンカ』だろ。これは『小ゲンカ』だ」<br>　優貴はそっぽを向いたが、光牙は正面から言い切った。聞き慣れない言葉にレイは首をかしげる。<br>「『小ゲンカ』……小さいケンカ、ですか？　ワタシわかりました！　リョウから習った、大は小を兼ねる！　ですね？」<br>「そういう意味の言葉ではないんだが……ただ、小さな火種も思わぬ火事を招く。言いえて妙かもしれないな。実際、その『小ゲンカ』とやらのせいでまるで話が進まなくなったわけだし」<br>　芯の補充を終えた燎は、荷物を片付けると光牙と優貴を交互に見やる。これにはたまらず二人とも目を逸らしてしまった。</div><div style="text-align: left;"><br>「大和。シャーペンがあるのに芯が売っていない、というのはおかしな話じゃないのか」<br>「いえ、前提が違うんですよ堂嶌くん。ドイツではシャーペンそのものが普及していないのでは、と思ったんです。星乃くん、アメリカに住んでいたときはどうでしたか？」<br>　そんな、と一同がどよめくなか、レイだけがそういえばと納得顔で答える。<br>「ワタシ、シャーペン使ったことありませんでした。mechanical pencil という言葉はあります。でも使ってるのはお母さんだけね。あとはみんな鉛筆かボールペンです。だから日本にきて初めて自分のmechanical pencil を買ったとき、とってもワクワクしました。消しゴムを使うのも楽しくて」<br>　懐かしそうに目を細めるレイ。けれどその口から語られる思い出話は、生まれも育ちも日本のSwingCATSの面々には全てが衝撃発言だった。<br>「星乃、消しゴムは……楽しいのか？」<br>　皆が一番突っ込みたい、でも突っ込んでいいのかためらってしまった点を暁が言葉にしてしまう。幸いレイは純粋な質問と受け取ったようで、ニコニコと子どものような笑顔を返した。<br>「ハイ、アメリカの消しゴム。全然消えないんです。黒くなっちゃうの」<br>「は……？　おかしいだろ」<br>「消したいのに黒くしてどーすんだよ」<br>「理解が追い付かないな……」<br>　カルチャーショックとはこういうものなのか。信じられない現実にレイ以外の全員が言葉少なになり顔を曇らせる。<br>「外国では、不正防止のために学生もボールペンで勉強する国がある……という話を思い出したんです。本で少しかじった程度でしたが、まさか本当だとは。智川くん、大丈夫でしょうか……」</div><div style="text-align: left;"><br>「――ッ、くしゅ！」<br>　ガツッ！<br>「あ、シャー芯折れた……もう入ってなかったか～、予備予備ーっと……」</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(69)ライブが終わっても、ライブは終わらない　お題:夜空]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38181043/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38181043</id><summary><![CDATA[天城先輩と煌真ちゃん。推し活に全力な二人。天城先輩がユピテル目当てに映画を見る、(62)真夏のメルティースノウの続きですが単品でも読めます。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-15T14:53:42+00:00</published><updated>2022-11-13T16:29:23+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>天城先輩と煌真ちゃん。推し活に全力な二人。</div><div>天城先輩がユピテル目当てに映画を見る、<a href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305304" title="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305304" class="u-lnk-clr">(62)真夏のメルティースノウ</a>の続きですが単品でも読めます。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「はあ……やっば……ほんとやばい……」</div><div>　煌真はふらふらと歩きながら、首から下げたマフラータオルに顔を埋める。タオルの端を握りしめる手には力が入っておらず、小さく震えている。ピンクと水色のハートが舞う生地から漏れる声は、三時間のライブで喉を酷使したせいで聞き取るのがやっとだった。</div><div>「……煌真ちゃん、さっきからやばいしか言ってないわよ」</div><div>　ため息まじりに輝之進が指摘する。けれど、その声は煌真と同じようにかさついていた。ふらつく足元を彩るサテンリボンの靴紐も、開場前にはふんわりと花のようなカーブを描いていたが今はすっかりしおれている。</div><div>「いやまあ……そうですけど……だって言うことなくないですか！？　もう何か…………あっ、やばい泣きそう」</div><div>　煌真はタオルから顔を上げ、輝之進に訴えた。そして、汗で貼りついた前髪をタオルごとかき上げて押さえながら夜空に目を向ける。けれどそれも長くは続かない。余韻に浸ってぐるりと見渡した視界に先ほどまでいたライブ会場が入った瞬間、再びタオルのお世話になってしまった。</div><div>「煌真ちゃん……でも、そうね……気持ちはよくわかるわ……」</div><div>　落ち着かない様子の煌真に、輝之進は静かに声をかけた。くしゃくしゃになった髪に何とか手櫛を入れ、煌真と色違いのタオルで顔と首の汗を押さえる。時計は見ていない――正確には見たくない気分――ので分からないけれど、もう夜十時を回ったころだろう。少しだけスッキリした頬に冷たい秋の夜風が吹きつける。予報の気温を何度もチェックして厚手のカーディガンとストールをチョイスしてきたものの、一度も出番のないまま、うちわやペンライトと一緒にトートバッグの中だ。</div><div><br></div><div>「天城先輩、メルティースノウのとき泣きませんでした？」</div><div>「えっ？　嘘、何でわかったのよ」</div><div>「いやいや、わかってはないですよ！　オレ実はちょっと泣いちゃったから……バレてたらはずいなーって……」</div><div>「そういうこと。なら全然気にしなくていいのに」</div><div>「よかったー……いやほんと、一緒に来てくれたのが天城先輩でよかった……」</div><div>「私もよ。ていうか、メルティースノウは全人類泣くから」</div><div>「ですよね！？」</div><div>「当然よ！　曲聴いただけで泣くのにあの演出！　何なの……映画のスタッフ入ってるんじゃないでしょうね」</div><div>「映画のあれ再現してくるとは思わなかったですね……やられた、マジで」</div><div>「やられたわね。完全に」</div><div>　はあ、と輝之進は大きなため息をついた。ずるい、悔しい、驚いた、嬉しい、感動した、その全てであり、しかしどれとも違う感情を全部吐き出す。けれど少しずつひんやりしていく頬とは反対に、胸の中はずっと熱いまま。からっぽかと思っていたら、ふいにさまざまなものが込み上げてきて消えていく。その繰り返しだった。</div><div>　まばゆいライト、天まで届きそうな光線、ペンライトの海、流れ星のような銀テープ、真っ白なスモーク、会場をまるごと揺らす音響、歓声、大きなステージに立つ小さなユピテルの二人、その姿は小さかったけれど存在感はあまりにも大きく、いつもスマートフォンで聴いているのとは比べものにならないほど高らかに響き渡る歌声が</div><div>「……煌真ちゃんごめんなさい、私泣くわ」</div><div>「え！？　今ですか！？」</div><div>「色々と思い出しちゃって……」</div><div>　輝之進はタオルを目元に押し当てた。喉が痛み、熱いものがみるみるうちにまぶたの裏を濡らしていく。もうすぐ駅なのにどうしよう、という不安が、青白い照明に包まれたホームの映像と共に一瞬頭をよぎる。鏡を見るのが怖い。けれど、そう言っていられるほどの余裕もなかった。全人類が泣いているのだから、自分一人ではないと信じてタオルを離す。</div><div>「……大丈夫。行きましょ」</div><div>　輝之進は震える息で深呼吸をし、青白い駅へ踏み込んだ。</div><div>　ライブが終わっても、ライブは終わらない。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[[25]作品という広大な宇宙に比べれば、僕らは所詮ちっぽけなオタクにすぎない]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38174322/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38174322</id><summary><![CDATA[オタク度500%の新とロラン。自分が今めちゃくちゃ読みたいものを書いた結果、新は暴走し、ロランの神性がログアウトしました。※解釈違い多発の可能性大※作中のアニメタイトルは全部パロですが、元ネタはわからなくても大丈夫です]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-15T11:01:09+00:00</published><updated>2022-10-15T11:52:57+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>オタク度500%の新とロラン。</div><div>自分が今めちゃくちゃ読みたいものを書いた結果、新は暴走し、ロランの神性がログアウトしました。</div><div>※解釈違い多発の可能性大</div><div>※作中のアニメタイトルは全部パロですが、元ネタはわからなくても大丈夫です</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「なななな鳴海くーーーーん！！」</div><div>　突如、部室の引き戸がものすごい勢いで全開になった。疾走した扉が枠に激突し、雷のような轟音を上げる。その衝撃でガラスも揺れ、甲高い音が響いた。</div><div>　どうしよう、と僕は考えてしまう。これだけの音だ。校舎中に聞こえているかもしれない。下手したら先生がひとりふたり飛んでくる。そうなれば、またジャズ部かと言われるのは目に見えている。問題行動を起こしているつもりは全くないのに。</div><div>　僕らはただジャズを楽しみ、その喜びをみんなと共有しようとしているだけだ。もしルールを破れば星屑旅団の評判は下がり、喜んでくれる人も減ってしまう。だから僕は定期的に生徒手帳を読み返している。すみずみまで。部活説明会のステージだって校則の範囲内だ。どうもこの学校には頭の固い教師が何人かいるらしい。多少派手な演出だったのは認めるけれど、意表をつかれて驚いたのを八つ当たりに変えるのはいただけない。</div><div>　日本という国は大好きだ。でも、教育の現場はちょっとだけ窮屈に感じてしまう。ただそれはそれで型を破る楽しみができていいのかもしれない。もちろんルールの許す限りで。</div><div>　</div><div>　そういえば、さっきの音。マンガの擬音で表現するなら何だろう。『バーン！！』だろうか。『ピシャーン！！』だろうか。僕は改めて少し考え込んだ。うん、きっとどちらも違う。『ガラガラッ！　ズバアアアン！！』だ。引き戸が下敷きみたいにしなってる感じの絵だ。</div><div><br></div><div>　しまったな。先生への言い訳を考えるつもりが。まあ、アドリブでどうにかなるだろう。このくらいじゃ僕は折れないし、理解のない人間に星屑旅団の名を汚させるつもりもない。僕は気持ちを切り替えて新を見つめた。</div><div><br></div><div>　新は引き戸を開けたっきり、部室の入り口から一歩も動かない。ひょろりとした上半身を大きく上下させながら、ぜえ、はあ、と体で息をしているだけだ。</div><div>　新がそこまで血相を変えるなんて、一体何があったのだろう。よほど困ったことか、慌てるほどいいことのどちらか……。もう少し待ってみようかな。いや、直接聞いてみたほうがいいかもしれない。そのほうが新は喜びそうだ。</div><div>「新、どうしたんだい。そんなに慌てて」</div><div>「はあ、はあ、な、なるみく、あのね、とんっっでもないことになったんだよ！！　どうしよう！！　もうだめかもしれない！！　あーーーー！！」</div><div>　うわずった叫び声が天井を突き破る。その瞬間、僕の頭の中にイメージが湧いた。深夜の暗い部屋。PCに向かって編集に没頭する新、その画面が突如ブルースクリーンに襲われ……。</div><div>「新……それは本当に辛かったね」</div><div>　見当をつけて新に優しく声をかける。新は先週から編集の追い込みに入っていた。手伝おうかと声をかけても、神の手をわずらわせたくないと首を振るばかり。本人にもPCにも相当の負荷がかかっているのは簡単に想像できる。</div><div>　そんな僕の予想通り、新は今にも泣きだしそうな顔で叫んだ。</div><div>「そうなんだよ鳴海くん！　これからどうしたらいいと思う！？　『ジュジュの奇天烈な作戦第八部〜断崖と海〜』二期が十月からって！！　早すぎるよね！？　分割二クールでやるとは言ってたけど二クール目がいつからとは明かされてなかった！　クオリティがすごいぶん時間がかかるんじゃないかってみんな言ってたよね？　だから俺も原作を読み返しながらゆっくり待っとこうと思ってたのに、十月のアニメどうなってんの！？　おかしいよね！？　『ノコギリウーマン』に『転生しても僕でした』に『スパイスファミリア』と『彼女のヒロインカレッジ』だけでも無理なのに、最近『アイドルエイト』と『強がりサイクリスト』も決まったし、そこにジュジュ八部だよ！？　時間が足りるわけないよ！　一日を二百四十時間にしてくれないと俺は死んじゃうよおおおお鳴海くううううん！！」</div><div>　新はくしゃくしゃの髪を振り乱し、長い両腕をバタバタさせたかと思うと、断末魔のような金切り声を上げた。そしてその場に崩れ落ち、むせび泣き始めた。</div><div><br></div><div>　新を助けないと。僕の頭の片隅で誰かが叫んでいる。なのに僕の体はピクリとも動かない。</div><div>　新は今……何て？</div><div>　ブルースクリーン……違う。</div><div>　一日を二百四十時間に？　いや、もっと前だ。</div><div>　『ジュジュの奇天烈な作戦第八部〜断崖と海〜』二期が？　十月に？　制作は気でもふれたのか？　それともテレビ局が無茶ぶりしたのか？　理解できない。断崖と海の二期をこのタイミングでねじ込むなんてどうかしている。大体、ジュジュの出版社は『スパイスファミリア』と『ノコギリウーマン』と同じ翔栄社じゃないか。一クールずらす手もあっただろうに。</div><div>　いよいよ本気を出してきた、ということだろうか。あそこは昔からの大手。けれど紙媒体にこだわらず新規開拓も惜しまない。特に最近のマンガアプリの伸びは目覚ましい。予算も相当潤沢と見た。その気になれば力押しもできる、ということか。</div><div>　となると当然クオリティが不安になる。相当外注に頼ったのだろうか。個人的にはクオリティが高ければ外注でも何でも構わない。けれど、一期が予想を遥かに上回る出来だっただけにどうしても懸念はしてしまう。</div><div>　いや、問題はそこじゃない。これじゃ十月の僕のスケジュールが完全に圧殺されてしまうじゃないか。</div><div>　僕がジュジュを一話見るごとにどれだけのエネルギーを奪われているのか公式は分かっていない。原作を何周読んでいたってアニメは別ものだ。生命を吹き込まれ、目に光を灯し、言葉を紡ぎ、躍動する。そんな彼らを見た瞬間の僕は、初見のように、もしくは初見以上の熱い喜びに全身の血液が爆発してしまうのだ。そして彼らが喋れば喋るほど僕は言葉をなくし、ただ彼らの一挙手一投足を目に焼きつけるだけの存在になる。いや、そうじゃない。もはや存在ですらない。僕はその場に存在していない。ある種、空気のようなものに形を変えているのだ。そして僕は彼らが想像を絶する苦境に立たされてもなお希望を捨てず知恵をめぐらし力を合わせ命を賭して、しかし賭しはしても生きることに強い憧れを抱きながら戦い続けるさまにどうしようもなく打ちのめされ、心を破壊され、超常的な感覚に支配され、自分が何者なのかを忘れてしまう。それがジュジュの全てであり、一端だ。そんな作品をあの十月に放り込むなんて誰が考えたのだろう。担当者を呼び出してくれないか。ここに。今すぐ。そして一月開始にしてくれと頼みたい。人の命を何だと思っているんだ。分かっていないなら分からせてやる。分かった上でやっているのだとしたら……僕は試されているのだろう。</div><div>　なら話は簡単だ。見せてやろう。そして成し遂げよう。彼らが強大な敵を打ち倒し、山脈を攻略し、荒れ狂う海を越え、絶海の孤島へ乗り込んでみせたように。</div><div><br></div><div>　心臓が脈打ち、胸の中と頭の中が一本の線で繋がる。砕ける波の音が満ちて、まぶたに一つの映像が流れ出す。</div><div>　「世界一不吉な女」樹海ヶ原樹里(じゅかいがはらじゅり)と、「世界一縁起のいい男」寿文字寿限無(じゅうもんじじゅげむ)。呪いの血脈と襲い来る戦いから一歩も引かない彼らが、第八部一期最終話、自らの運命をも武器にして文字通り全てを賭けたときのことを。</div><div><br></div><div>　――寿限無。最後に聞いて。私はずっと君が羨ましかった。君といると私はどこまでも不運で不吉でみじめな女だって思い知らされる！！</div><div>　――そうだろうね。でも樹里。君は知らないだろうけど、一つ教えよう。良いことしか起こらないって実はすごく退屈なんだ。だから俺は今が最高に楽しい！　こんなところで君に死なれたら困るよ！　もっと俺に不吉をよこせ！！</div><div><br></div><div>　気づけば僕の心臓はあの激闘を見届けたときのように暴れていた。胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。彼らが命からがら敵を撃破した時のように。</div><div>「新。一日を二百四十時間にはできないけど、スケジュールを前倒しにすれば余裕は作れる。理想は今月末までに今やってる一曲と動画一本を仕上げて、ハロウィンとクリスマスのチャンネル動画も内容と構成まで決めてしまう。文化祭の曲決めはみんなに事情を話して一週間繰り上げ。十月からはなるべく練習一本に絞ろう」</div><div>　タブレットのロックを解除し、旅団メンバー共有のスケジュールアプリを開く。</div><div>「鳴海くん……！　神だよ、本当に鳴海くんは神様だ……！」</div><div>　新はふらふらと立ち上がり、僕の向かいの席に座ってスマホを取り出した。</div><div>「神は公式だけだよ。ところでジュジュ一話の最速配信日はいつかな」</div><div>「十月一日の深夜二十四時……えっと、日付変わって二日になる時だね」</div><div>「…………早いな。正気かい？」</div><div>「正気じゃないからこうなってるんだよ！！」</div><div>「それもそうだった。じゃあ相当詰めないとまずいね。新の進捗を教えてほしい。手付かずのところは僕が代わろう」</div><div>「鳴海くん……ありがとう！」</div><div>「こちらこそ。僕にも頑張らせてほしい。配信翌日を練習休みにするためにもね」</div><div><br></div><div>「……ねえ、それ初耳なんだけど？」</div><div>「あっ…………天城くん！？」</div><div>　僕らが没頭しているあいだに、輝がいつの間にか来ていたようだ。輝は開けっぱなしだった部室の入口で腰に手を当て、冷ややかにこちらを見ている。</div><div>「ああ、ごめん輝。いま思いついたんだ」</div><div>　輝は、ふうと息を吐き、お取り込み中ごめんなさいねと言って部室に入ってきた。</div><div>「いいわよそれくらい。今まで何度もあったことだし、今更驚かないわ」</div><div>「ありがとう。迷惑をかけるね」</div><div>「何よ急にしおらしくなっちゃって、らしくもない。スケジュールを前倒しにするんでしょ？　ならしっかり働きなさい。紅茶くらいは入れてあげるから」</div><div>　輝の優しさが、それこそ深夜に飲む紅茶のように温かく胸に広がる。ああ、僕はこんなにも恵まれている。</div><div>　……今日の練習は輝に任せてもいいだろうか。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(67)鳴海くん信者格付けチェック　お題:秋のスイーツ]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38154161/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38154161</id><summary><![CDATA[新と拓夢。お正月恒例のアレ。スイーツ同好会一流会員にして鳴海様プロ信者の影山新様。神御用達の名店の味を見事当てることができるのでしょうか！正解はお話のラストで！！]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-14T03:07:12+00:00</published><updated>2022-10-14T11:24:39+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>新と拓夢。お正月恒例のアレ。スイーツ同好会一流会員にして鳴海様プロ信者の影山新様。神御用達の名店の味を見事当てることができるのでしょうか！正解はお話のラストで！！</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　ごくり。</div><div>　つばを飲む音が頭の中で大きく響いた。ヘッドホンをしている時みたいだ。つけているのはアイマスクだけなのに。</div><div>「DJ先輩、大丈夫ですか？　緊張してはります？」</div><div>　栢橋くんに言われるまま頷く。心臓がバクバクして息がまともにできない。真っ暗な視界の中で目が回る。背中を丸めて机に手をついていないと倒れてしまいそうだった。自分が今どんなメンタルかなんて、もう全然わからない。</div><div>「……やっぱり栢橋くんが食べた方がいいんじゃないかな。リアクション上手なんだし」</div><div>「いや〜、オレからしたらDJ先輩の方が相当やと思いますけど」</div><div>「そんな！　俺のリアクションなんて面白くもなんともないよ……」</div><div>「まあまあ。今日は練習なんですから、ラク〜にしましょうよ。プリンをペロッと食べたら終了ですよ？」</div><div>「そそそ、それはそうかもしれないけど！　鳴海くんの大好きなお店のプリンだよ！？　そんなの絶対当てなきゃ今ここで死ぬしかないよ信者失格以前に人としてダメだから！！」</div><div>「だいぶスケールでかいですね……まあとりあえずロランさん事情は一旦置いといて、一口お願いしますー」</div><div>　一旦置いとけるならこんなに苦労はしてないよ！！　と心の中で絶叫する。栢橋くんは何ともないらしく、ほな出しますよ〜と軽いノリで準備を始めた。</div><div><br></div><div>　栢橋くんは何でもテキパキしていて、飲み込みが早く、要領も良かった。動画の編集を教えているときもそうだ。俺が次に何を言おうとしてるのか分かっているみたいで、教えるそばから「次はこうですか？」と聞いてくる。鳴海くんもびっくりするほどのスピードだった。</div><div>　こんなにできるなら他にも得意なことがあるかもしれない。そう考えた鳴海くんが「もし星屑チャンネルでやってみたいことがあったら教えてほしい」と持ちかけたところ、栢橋くんは何と翌日にアイデアを提案。その三日後にロケハンが決まってしまった。</div><div><br></div><div>　それが、これだ。</div><div>　――ほら、年末年始とかにやるじゃないですか。芸能人がたっかい料理とやっすい料理を目隠しで食べるやつ。あれどないです？</div><div>　――動画でやるとなると……そうだな、僕らは顔出ししないから難しいかもしれないね……でも面白そうだ。僕は賛成だよ。旅団のゲーム大会でやってみるのはどうだろう。文化祭にも応用できるかもしれない。一度試してみようか。</div><div>　――あ〜、確かに動画はそれが難点でしたね。すいません。</div><div>　――気にしなくていいよ。急に声をかけた僕にも非がある。それに、個人的にすごく興味があるんだ。</div><div>　――ほんまですか？　ロランさんアイマスクつけて食べるやつやります？</div><div>　――うん。やってみたいね。</div><div>　――え！？　鳴海くんだめだよそんな！！　自分から処刑台に立つなんてどうかしてるよ！！</div><div>　――そうかな。日本のテレビショーにはあまり詳しくないけど、僕は楽しいと思うな。ルールはとてもシンプルなのにあんなに盛り上がるんだからすごいよ。それに、クイズに答えるだけなら僕にもできそうだし。</div><div>　――うっ……！　一回で当てにいく鳴海くんマジで神すぎるよでもそうじゃない！！　俺は信者として神である鳴海くんを危険にさらすわけにはいかないんだ！　こういうのはまず俺みたいな凡人が実験台になってからじゃないと！！</div><div><br></div><div>　何であんなこと言っちゃったんだろう……。あの言葉に嘘はない。後悔もしていない。けど。</div><div>　俺のぐだぐだモヤモヤをよそに、ベリベリと音がする。栢橋くんがプリンのフタを開け、使い捨てスプーンの準備をしているのだろう。実物はさっき俺も見せてもらった。片方は鳴海くん御用達のパティスリーで買ってきた、一つ六百円の期間限定かぼちゃプリン。もう片方は栢橋くん御用達の激安スーパーで買ってきた、一つ六十円のかぼちゃプリン。</div><div>　値段の差は十倍。でも一ミリも自信がない。どちらも一回しか食べたことがないのだ。</div><div>　パティスリーのかぼちゃプリンは最近発売されたばかり。栢橋くんのよく行くスーパーは俺の家とは逆方向。俺の近所にあのプリンはほとんど置いていない。たまたま一度だけ運良く買えただけだ。</div><div>　ああ、やっぱり俺は信者失格だ！　プロ信者なら、鳴海くんのお気に入りは一から億まで全部覚えておくのが当たり前なのに！　俺ときたら鳴海くんが初めてかぼちゃプリンを買ってきてくれたとき、崇高な話を聞くのに夢中で、味の感想を三行しか書いてなかった！　次からスイーツ同好会食レポはもっともっと細かく書かないと。読み返したら全部思い出せるくらいに。うん、そうしよう。いま食べる分からしっかりきっちり頑張ろう。</div><div><br></div><div>　よし。</div><div>　決意をしたところで、栢橋くんもちょうど準備ができたみたいだった。</div><div>「なんやDJ先輩、急にテンション上がってはりますね。その調子で頼んますよ！　Ａのプリンいきますからね。はい、どうぞ〜」</div><div>　頷いて口を開ける。舌の上に小さなスプーンが乗っかった。</div><div>　アイマスクの内側で目を閉じ、全部の神経を口の中に集める。冷たいプリンはすぐにとろんと溶けて広がった。舌触りはすごく滑らかで、繊維の感じはほとんどない。かぼちゃの味もしっかりしている。でも生クリームのまろやかさもある。バランスのいい味だ。口の中からゆっくりと甘さが消えていく感じもいい。しつこくなくて、いくらでも食べられそうだ。ああ、作業の休憩時間にこういうのを食べたらものすごく捗っちゃうだろうなあ……。</div><div><br></div><div>「栢橋くん、次お願いするよ」</div><div>「はい。じゃあBのプリンいきますね」</div><div>　さっきと同じようにスプーンがやってくる。スプーンが引き抜かれて舌の上にかぼちゃプリンが落ちた瞬間、俺はアイマスクの中で目を見開いた。</div><div>　……全然違う！！</div><div>　何だろうこの違い。こっちはかぼちゃの味がいきなり主張してくる。ぶわっと香りがはじけて、首から上が全部かぼちゃになったみたいだ。そういえばそんなマンガがあったなあ。あのリアクション、賛否は分かれてたけど俺は好きだった。……いやいやそうじゃなくて！</div><div>　目をぎゅっとつぶり直す。こんなにかぼちゃが強くて大丈夫なのかな。自分に聞きながらじっくりと味を確かめる。鳴海くんと食べたときのメモは、ヒントになるからと見直し禁止になっている。俺にあるのは、あやふやな記憶と一ミクロンの信者力だけだ。</div><div><br></div><div>「栢橋くん、決まったよ」</div><div>「わかりました。じゃあDJ先輩、答えをお願いします」</div><div>「うん、鳴海くん御用達のパティスリーのかぼちゃプリンは……Bだと思う」</div><div>「Bですね？　ほな正解出しますよ。正解は〜？」</div><div>　ジャカジャカジャカ〜、と栢橋くんは口でドラムロールをしだした。そういえばアイマスクっていつ外すんだろう。聞けばよかっ……</div><div><br></div><div>「正解は、Bです！！」</div><div>「やったあああああ！！　鳴海くん！！　俺はやったよーーーー！！　鳴海くん鳴海くん鳴海くううううん！！　あーーーー！！」</div><div>　足が勝手に椅子を蹴り飛ばし、手が勝手にアイマスクをはぎ取っていた。鳴海くん、俺はやったよ鳴海くん！！</div><div>「いやもうほんますごいの一言ですわ……あんな緊張してたのにパクッといっただけでほぼ即答ですもん……もうロランさんの出番いらんのとちゃいます？」</div><div>「それはだめだよ！！　神の出番は全人類待望なんだから！！」</div><div>「え？　ロランさんは出たらあかんって最初言うてはりましたよね？」</div><div>「そうかもしれないけどそうじゃないんだ！！　ああどうしようどうしよう！　ええとええと、そうだ！　とにかく鳴海くんに報告しないと！」</div><div>　転がっていた椅子に足を取られながらリュックに飛びつく。ファスナーを開けるのももどかしい。できる限りの全速力でスマホを取り出してチャットアプリを起動し、一番上に固定している鳴海くんの連絡先を開いた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(68)星乃君はコーヒーを淹れたい(お題:星乃レイ)]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38154216/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38154216</id><summary><![CDATA[レイと翔琉祖父。突然の申し出に、孫の旅立ちを控えた祖父が思うこと。懐かしい思い出、若者たちと音楽の展望、自分の老い先。※翔琉祖母が既に亡くなっている設定です]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-08T17:01:58+00:00</published><updated>2022-10-14T02:04:29+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>レイと翔琉祖父。突然の申し出に、孫の旅立ちを控えた祖父が思うこと。懐かしい思い出、若者たちと音楽の展望、自分の老い先。</div><div>※翔琉祖母が既に亡くなっている設定です</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「オーナー、お願いがあるんです」</div><div>　星野君はそう言って、まっすぐにこちらを見つめた。いつもの人好きのする笑顔はすっかり消え、真剣そのものという表情だけがそこにあった。</div><div>　閉店作業を終えた店内には、星野君と私の二人しかいない。栢橋くんも翔琉もいない状況で切り出したとなれば、よほどのことかと身構えてしまう。となるとやはり、翔琉のスカウトについてだろうか。</div><div>　しかし、そんな私の想像を裏切り、星乃君は意外なことを口にした。</div><div>「ワタシにコーヒーのいれかたを教えてくれませんか」</div><div>　ぱち……ぱち。</div><div>　自分のまばたきの音が聞こえてきそうだった。それくらい、この静かな店内で私は長く言葉を失った。</div><div>「……黙ってしまってすまなかったね。星乃君の熱意に驚いてしまったんだ。君が仕事熱心なのはわかっていたけどね」</div><div>「驚かせてしまってごめんなさい。ワタシ、カケルにコーヒーをいれてあげたくて」</div><div>「翔琉に？」</div><div>　なぜそこで翔琉の名前が出てくるのだろう。</div><div>　席を勧めると、星乃君はカウンターの椅子に腰をおろし、テーブルに両手を置いた。</div><div>「ワタシ、カケルに心配してほしくないんです。SwingCATSも、レイも、大丈夫だって伝えたい。ワタシはカケルにベルリンに行ってもらいたい。でも、ただ行くだけじゃダメなの。楽しんでほしい。だから」</div><div>　星乃君はテーブルの上で拳をぎゅっと握りこむ。たどたどしい日本語は、初出勤の日を思い起こさせた。</div><div>　あれからまだ一年も経っていないのが信じられないほど、星乃君は頼れる存在だ。お客様のオーダーをほぼ正確に聞き取れるようになったし、伝票に書き込む日本語もきれいな字になってきた。もっとも、読めさえすれば英語でも構わないと伝えてはいるのだが、テカゲンはゴムヨウと言い張り常に日本語を貫いている。</div><div>　星乃君は、もうすっかり「ルバートの人間」だ。</div><div>　コーヒーフィルターに手を伸ばしかけたが思い直し、手を引っ込めてココアの準備に切り替えた。片手鍋にココアと砂糖を入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出す。</div><div>　星乃君はコーヒーも飲むがココアも気に入っている。案の定、星乃君の張り詰めた顔つきがゆるんだ。アメリカ出身だからか、甘みのしっかりしたものが舌に合うのかもしれない。</div><div>「ワタシ、ルバートのココア好きです。なつかしくて」</div><div>　立ち上るココアの香りに星乃君は目を細める。</div><div>「アメリカの味もこんな感じだったのかい？」</div><div>「ンー、ちょっと違います。でも不思議。ずっと前から飲んでるような味がするんです」</div><div>　カウンター越しにこちらを伺う姿に、幼い翔琉の姿が重なる。コーヒーを飲みたい飲みたいとせがんでは、毎回ひと舐めしかできずに悔しがっていたあの頃。翔琉にはこれで十分だ、と私が差し出したココアを不満そうに(その割には実に美味しそうに)飲んでいたものだ。</div><div>　翔琉が晴れてコーヒーを飲めるようになった中学生時代から、ココアの出番はすっかり減り、今やメニューには載ってこそいるがあまりオーダーが入ることはない。</div><div>　私が見送る側に回り始めたのはいつからなのだろう。妻も、翔琉も、ココアも。星乃君もいずれはここを離れる日が来るだろう。</div><div>　私は星乃君のように心の底から人の笑顔を望めるだろうか。妻の検査入院ですらあんなに気を揉み、臨時休業しようかと本気で悩んだというのに。</div><div>　沸騰寸前で火を止める。片手鍋を下ろし、マグカップに茶こしを当てて熱々のココアを注ぐ。冷蔵庫に残っていたホイップクリームを浮かべると、星乃君は子どものように笑顔を輝かせた。ずっと昔から見ているような顔つきだった。</div><div>「今日は特別におまけしてあげよう」</div><div>　もう一さじクリームを追加すると、星乃君は英語で歓声を上げた。</div><div>　さすがに赤の他人のお子さんにこれは世話を焼きすぎかもしれないが、孫にここまでしてくれると言ってくれたのだ。心が動かない方がおかしい。</div><div>　とりあえず今日は見学だけしていくように、と伝えて自分用のコーヒーを準備する。星乃君はカップを手にしたまま姿勢を正した。</div><div>　スマホやら何やらと娯楽の多いこの現代に、唯一の孫が自分と同じジャズを好んでくれた。それだけでも奇跡のようなものなのに、孫は世界を目がけて旅立とうとしている。そしてそんな孫を本気で応援してくれる子がいるのだ。孫と同じココアを飲み、同じ音楽を聴き、演奏している子が。</div><div>　ジャズは落ち目？　とんでもない。そんなことを言う奴がいたら、今すぐこの子たちの演奏を聴かせてやりたい。</div><div>　まだくたばるわけにはいかなそうだ。この子たちの音楽が、世界に知れ渡るその日まで。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[[24]続・私は看板猫である]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38154258/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/38154258</id><summary><![CDATA[フォロワーさんのツイートから設定をお借りした、[11]私は看板猫である　の続き。単品でも読めます。今日がコーヒーの日でおとといが招き猫の日だったと知り、耐えきれず続きを書きました。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-10-01T11:38:14+00:00</published><updated>2022-10-14T02:10:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>フォロワーさんのツイートから設定をお借りした、[11]私は看板猫である　の続き。単品でも読めます。</div><div>今日がコーヒーの日でおとといが招き猫の日だったと知り、耐えきれず続きを書きました。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　私は看板猫である。実は名前もある。けれど、それを知らない人はたくさんいる。私を名前で呼ぶのは、ご主人とその家族。アルバイトの人たち。常連――の中でも達者なお客。</div><div>　いかんせん、店も古ければご主人もなかなかの歳。常連のお客もそこそこの歳だ。予定があるのにうっかり長居してしまったり、お釣りをもらわずに帰ろうとしたり。忘れ物だってしょっちゅうだ。私に比べればお客の頭はずっと大きい。でも、何かを覚えておくための場所は、見た目よりもずいぶん小さいのかもしれない。猫の名前をねじこむ余裕はないのだろう。</div><div>　それでもいい。ここはただの喫茶店で、私はただの猫。ご主人に拾われた雑種だ。もともと名前なんてついていなかった。</div><div><br></div><div>　キッチンからガリガリと豆を挽く音が聞こえる。</div><div>　始まった。</div><div>　大きな音に、耳の後ろの毛がぞわっとする。急いで店の奥に走り、ピアノの鍵盤の下にもぐり込む。今日は天気がいい。ピアノの黒い板は窓から入ってきた日の光で温まっている。体をぺたりとくっつけると、ほかほかしてほんの少し気が紛れる。</div><div>　ざらざらざら。がりがりがりがり。</div><div>　今日はなかなか終わらない。耳をたたんでにらみつけても、ご主人はお構いなし。</div><div>　ニャアン。</div><div>　お湯をかける時はいい香りなのに、どうしてコーヒーはこんなに難しいのだろう。早く誰か来てコーヒーを注文してくれないかな、と顔をこする。</div><div><br></div><div>　すると、ちょうどドアが開いてベルが鳴った。</div><div>　カランカラン。</div><div>「じいちゃんただいまー！　今日練習していっていいかな。みんなもいるんだけど」</div><div>「おかえり。構わないよ」</div><div>「ありがとじいちゃん！　よーし今日もやるぞー！」</div><div>「ありがとうございます」</div><div>「よろしくお願いします」</div><div>　張り切る翔琉くんに続いて、同じ制服の高校生たちがぞろぞろと入ってきた。いつもの人たちだ。あまりにしょっちゅうくるので、小さな頭の私でも覚えた。</div><div>　SwingCATSという集まり。スイングする猫、という意味らしい。私のことかな、と思ったけれど多分違う。私はスイングしない。もしかしたら尻尾が揺れてるのかもしれないけれど、多分翔琉くんはそこまでこっちを見てはいないだろう。SwingCATSはいつも真面目で、夢中なのだ。</div><div>「いい演奏聴かせてやるからな！　寝るなよ〜？」</div><div>　翔琉くんが近づいてきて私の背中を撫でる。他の人たちも何人かやってきて頭や背中に触っていった。大きな手、細い指、色々。</div><div><br></div><div>　お前は招き猫みたいだな、とご主人は私に目配せをした。</div><div>　私は看板猫である。招き猫ではない。でも、ご主人にそう言われると悪い気はしない。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(66)堂嶌先生は本日も通常営業〜ゆるい服装も一考の余地あり〜　お題:カーディガン]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37760684/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37760684</id><summary><![CDATA[ゆるゆるわちゃわちゃSC2年生。優貴がベストを着ている理由を考えたらこうなった。どうしてこうなった。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-09-24T18:27:25+00:00</published><updated>2022-09-26T07:46:34+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ゆるゆるわちゃわちゃSC2年生。優貴がベストを着ている理由を考えたらこうなった。どうしてこうなった。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「そういや、ユーキってよくベスト着てるよな。何か理由でもあんのか？」</div><div>　翔琉はツナマヨおにぎりをかじりながら尋ねた。部活の休憩時間。部室には、練習中と打って変わってのんびりした空気が漂っている。優貴は顔をしかめ、翔琉の口元にくっついている米粒から顔を背けた。</div><div>「理由があったら何なんだ」</div><div>「いや、特に何もないけど。やっぱベースと関係あんのかなーと思って」</div><div>「ああ、そういうこと」</div><div>　てっきり、おしゃれや個性がどうこうと突っ込まれるのかと思いきや、そうではなかった。面倒なことにはならなさそうだ。優貴は顔の緊張を解き、プラスチックカップのアルミ蓋にストローを刺した。</div><div>「弾くと結構暑くなるから薄着のほうがいい。あと、腕が動かしにくいと困る」</div><div>　優貴は答え、カフェオレを一口飲んだ。カップの冷たさが、ウッドベースの指板をずっと押さえていた左手に心地いい。弾いている間はずっと左腕を上げっぱなしだ。腕全体を激しく動かすことはない。けれど、硬い生地のジャケットを着ていると、肩から肘がどうしてもこわばってしまう。かといって、あの直情単細胞ドラマーのようにTシャツを着る気は一ミリもない。結果、この格好に落ち着いた。</div><div><br></div><div>「神条くんもそうだったんですね」</div><div>　大和が緑茶のペットボトルを手に調子を合わせる。</div><div>「確かに、大和もちょいちょい腕まくりしてるもんなあ！」</div><div>「はい。僕も神条くんと同じでずっと腕を上げますから、動きやすい方がいいんです。そういう智川くんも、パーカーなのはトランペットを吹きやすくするためなんでしょう？」</div><div>　突然話を振られた翔琉は、ギクッと肩を震わせる。</div><div>「え？　あー……まあ、そういう理由もあるっちゃある、かな？　うん、今日からトランペットのためってことにしよう！」</div><div>　翔琉は目をたっぷり泳がせたあと、空になったおにぎりのフィルムをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げ、オレンジジュースのストローに口をつける。</div><div><br></div><div>　同時に、ピシッとアルミ缶が変形する音が走った。</div><div>「トモ、取ってつけたような言い方は良くないな。魂胆が見え見えだぞ。まあ、俺としてはその方が指摘しやすくて助かるんだが」</div><div>「げっ、リョウ！」</div><div>「何だその反応は」</div><div>　燎は缶コーヒーのボトルの蓋を回して閉めると、翔琉の前で両腕を組んだ。</div><div>「それもこれも、お前が浅慮なのが原因だろう」</div><div>「うぐっ……けどさ、私服着てくんのは校則でもOKってなってるだろ？　なら別にいいよな？」</div><div>「――っ、まあ、確かにその通りだ。パフォーマンスが上がるなら服装も検討の余地あり……ということか」</div><div>　言い淀んだ燎に、翔琉は目の色を変えた。今がチャンスとばかりに詰め寄る。</div><div>「そうなんだよ！　それに、パーカーって袖がこうなってるから、暑いとき腕まくりしやすいんだよ。Yシャツだと落ちてくるだろ？」</div><div>　翔琉が自分の袖口をずらして実演してみせると、燎は真面目な顔で唸った。「合理的な理由ですね」と呟く大和を「黙ってろカケルが調子に乗る」と優貴の小声が封じる。</div><div><br></div><div>　しかし、そんな二人の戦略的密談は翔琉の一言で破綻した。</div><div>「リョウも着てみろよ、パーカー」</div><div>「はあ！？」</div><div>「パ、パーカー……ですか」</div><div>　二人が呆気にとられているのを気にも留めず、翔琉は振り返る。</div><div>「なあ光牙、腕が楽な方がやりやすいよな」</div><div>「たりめーだろ。ガチでやってんだから」</div><div>　光牙は大口でイチゴジャムパンをぱくついた。半袖の腕で紙パックの牛乳を取り、一気に飲み干す。</div><div>「……一利あるな」</div><div><br></div><div>　頷いた燎の面持ちが真剣そのもので、優貴と大和は思わず声を上げてしまう。</div><div>「リョウ！？」</div><div>「堂嶌くん！？」</div><div>「腕の可動域は大事だろう。服装という切り口は今まであまり考えたことがなかったが、いい案だと思う。実際にみんなが取り入れている、という実績があるしな。実を言うと俺自身もジャケットには窮屈さを感じていたんだ。軽くて暖かく、動きやすい服は試して損はないだろう」</div><div>「ですが堂嶌くん、いきなりパーカーというのは……」</div><div>「ああ、それは俺も難しいと思っている。何しろ持ってないからな」</div><div>「えーっ！？　いやいや……そりゃあリョウが着てるの見たことないから、それもそうかって感じだけど……」</div><div>「ああ、だから練習中はカーディガンを着てみるつもりだ」</div><div>　燎は一人スッキリとした顔で缶コーヒーを片付け、ピアノの前に腰を下ろして楽譜をめくり始めた。</div><div>　三人分の飲み物が、だらんと垂れ下がった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(65)空　お題:夕暮れ]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37741819/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37741819</id><summary><![CDATA[ゆあじゃず後。3年生優貴の美術の授業。自分と周囲、翔琉に対して考えていること。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-09-24T17:07:01+00:00</published><updated>2022-09-28T23:40:01+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ゆあじゃず後。3年生優貴の美術の授業。自分と周囲、翔琉に対して考えていること。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「じゃあ始めてください」</div><div>　教師の話が終わった瞬間、教室は大量の紙がこすれる音で埋め尽くされた。教科書やノート、テスト用紙とは違う、画用紙の音。各自一枚ずつしかないその音の主はすぐに押し黙り、絵になるのを待ち始めた。もっとも、ちゃんとした「絵」にしてもらえるかは別として。</div><div>　明らかに美術が苦手なクラスメイトたちから呻き声が上がる。画用紙を見習え、と優貴は小さく鼻を鳴らし、コバルトブルーのチューブに手を伸ばした。</div><div><br></div><div>　窓の外はすっきりとした秋晴れ。教室でクーラーをつけなくなってからどのくらい経っただろう。登校中に、額の汗を拭き前髪の乱れを直すことも減っていた。ウッドベースを背負う背中も、そのうち汗をかかなくなるのだろう。</div><div>　いいことだ。やっといい季節になった。やっぱりこの国の季節は春と秋だけでいい。いや、春は花粉症があるからなくなってほしい。一年じゅう秋でいい。そうしたらどんなに弾きやすいだろう。</div><div>　思えば、夏は翔琉が暑い暑いとうるさいし、冬は翔琉が寒い寒いとうるさい。春は春で、やっと暖かくなったから吹き放題だと騒がしい。秋が一番静かなのだ。比較的。</div><div>　だから、こんなに静かな年は初めてだった。</div><div><br></div><div>　頭を振り、コバルトブルーのチューブを置く。代わりに鮮やかなイエローを取りキャップをひねった。</div><div>　パレットに出したイエローに、水をたっぷり含ませた平筆をなじませる。画用紙の上から順に、筆を左右に往復させながら全体へ広げていく。上は濃く、下は淡くなるように。次はレッドを少し加え、同じく上から塗り広げ、濃い赤と明るいオレンジのグラデーションを作る。</div><div>　オレンジ色の雲をいくつか浮かべたら、今度は深いブルーも混ぜ、空の上の方を暗い紫色に。雲に陰影もつけ、メリハリのある夕焼けにする。</div><div><br></div><div>　手を動かしながら片目で周りを見ると、やはり大半のクラスメイトが窓をチラチラ見ながら青空を描いていた。よし、とは思わない。自分はそこまで個性というものに執着はない。そんなものはどこぞの孤高のギタリストだけで腹いっぱいだ。これ以上は胸焼けする。</div><div>　ただ「自分のやりたいことを堂々とやる意識」は昔よりさらに強くなったと思う。音楽も、他のことも。周りの顔色を見て萎縮するくらいなら、言いたいことを言って戦ったほうがマシだ。相手からしたらたまったもんじゃないだろうが、こちらは承知の上。一時期は自分を抑えるべきだと我慢もしたが、結局自分にも他人にも腹が立って仕方がなかった。</div><div>　両親相手にはそうも言ってられないが、きっと自分はこういう人間なのだろう。だからジャズが合っているのかもしれない。</div><div><br></div><div>　暗闇に包まれていく町並みを描いて筆を置いた。無言で手を挙げる。教師はすぐにやってきた。</div><div>「神条くん、今日も早かったですね。うん、よく描けています。題材の選び方もいいですね。先生はこういうのが見たかった」</div><div>　神条すげえ、夕日かよ、天才じゃん、と小さくどよめく周囲を無視し、道具をまとめて廊下に出る。課題はあくまで「空」。青空なんて誰も言っていない。自分がしたことは特別でも何でもない。ましてや天才だなんて。</div><div>　教師の言葉を掘り起こし、怒りに傾いた感情をまっすぐに立て直す。自分に必要なのは、適当なやつらの適当な言葉ではない。真剣な人間による率直な評価だ。</div><div>　蛇口を回して絵筆を水に当てる。暗い色はすぐに溶け出し、水の流れにのってすぐに消えた。</div><div>　早く弾きたい。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(64)旅行帰りのお楽しみ　お題:旅行(遠出)]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37634515/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37634515</id><summary><![CDATA[スイーツ同好会の新年会。ヨーロッパに行ったロランと輝之進がお土産を披露。一方自宅で年末年始を過ごした新はまさかの品をお取り寄せしており……？]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-09-17T16:37:09+00:00</published><updated>2022-09-20T03:29:17+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>スイーツ同好会の新年会。ヨーロッパに行ったロランと輝之進がお土産を披露。一方自宅で年末年始を過ごした新はまさかの品をお取り寄せしており……？</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「よし、これで全部ね」</div><div>「僕のもこれで終わりだよ」</div><div>「すごい量だね！　しかも見たことないのばっかりだ！　美味しそうだなあ……！」</div><div>　新は色とりどりのパッケージを前に目を輝かせる。ダイニングテーブルは端から端まで海外土産で埋め尽くされており、ティーカップを置く場所すら確保できない有様だ。</div><div>「久しぶりのパリだったからテンション上がっちゃったわね」</div><div>「僕もイタリアに行ったのは小学生以来だね。父の仕事に感謝しないと」</div><div>「本当に鳴海くんのお父さんはすごいね。でも、こんなにいいのかな。どれも俺には身に余りそうで……だってこれとか！　岩塩だよね？　いかにも高級レストランのシェフが使ってますって雰囲気だよ……」</div><div>　新は手前にあったビンを手に取る。大ぶりのビンには岩塩がぎっしり詰まっている。シンプルな赤いラベルには古めかしい文字でフランス語が書かれている。言葉の意味は全くわからなくても、雰囲気が訴えている。これは高級品だ。</div><div>「さすが新、料理ができる人ってこういうのわかっちゃうのね。新のお土産それにして正解だったわ。日本で買うとすごい値段なのよ。確か前デパートで見たときは……」</div><div>　輝之進が値段を口にした瞬間、新は甲高い悲鳴を上げてビンをテーブルに戻した。</div><div>「あ、天城くん、気持ちはすっごく嬉しいんだけど、桁が1個おかしいんじゃないかな……」</div><div>「大丈夫よ、向こうで買ったときはもっと安かったわ。だから持って帰ってちょうだい」</div><div>「その塩、美味しいよ。歴史のあるレストランでも使われてるくらいだからね。僕もおすすめする」</div><div>　輝之進から現地価格を聞くと、新は別の意味で目を白黒させた。それから改めて両手でしっかりとビンを持ち、何度もお礼を言いながらリュックに仕舞った。</div><div><br></div><div>「で、これがロランに頼まれてた分ね。本当にこんなので良かったの？　そこら辺のスーパーで買ったやつなんだけど」</div><div>　輝之進はテーブルの隅から缶詰をいくつか取ってロランに手渡す。</div><div>「ありがとう。これがいいんだよ。向こうに住んでいた時によく食べてたんだ。日本にはどこにも売ってないから困ってたんだよ。懐かしいな」</div><div>　ロランは地味なクリーム色のラベルに目を細める。</div><div>「輝、早速開けてもいいかな」</div><div>　ロランは缶詰から顔を上げ、輝之進にたずねた。早く食べたくてたまらない、と言いたげな子どものような目つきに輝之進は思わず笑いをこぼす。</div><div>「いいけど……今から飲むの、カモミールティーよね？　鴨のコンフィって合うの？」</div><div>「それは……どうだろう。ちょっと自信がないな。開けるのは一つだけにしよう」</div><div>　ロランは缶詰をまとめて抱え、いそいそとキッチンに向かった。</div><div>「食べるのは決まりなのね」</div><div>「鳴海くん、そんなに好きなんだね。てことは相当おいしいんだろうなあ。だって鳴海くんのお気に入りだよ？　それこそさっきの岩塩みたいに、一流シェフも認めた味なんじゃないかな」</div><div>「そこら辺のスーパーに売ってるのに？」</div><div>「それは……ほら、天城くんが買ってきてくれたのが嬉しかったんだよ！」</div><div>「あら、いいこと言ってくれるじゃない。これも持って帰って。美味しいわよ！　パンでもクラッカーでもヨーグルトでも、何でも合うの！」</div><div>　輝之進はテーブルの奥からチューブを二つ取った。パッケージの形は日本の歯磨き粉に近い。表には、コロンとした茶色い丸い実と緑色の葉が描かれている。輝之進は一つを新に握らせ、もう一つをロランのいるキッチンに持っていく。</div><div>「ありがとう。ああ、これも美味しいよね。ラ・クレーム・ドゥ・マロン」</div><div>「マロン……ってことは栗？」</div><div>「そうなの！　日本で言うと、栗のペースト」</div><div>「すごい！　こんなの見たことないよ。ありがとう、天城くん！」</div><div>「喜んでもらえて私も嬉しいわ。どんどん開けていきましょ。ロラン、もうお湯沸いたんでしょう？」</div><div>　キッチンから聞こえたアラーム音に、輝之進は顔を向ける。</div><div>「うん、今沸いたところだよ。もう紅茶をいれてもいいかな」</div><div>「ええ」</div><div>「あ、ありがとう鳴海くん！　本当なら神にお茶をいれさせるなんて信者の俺からしたら万死に値するのにそんな俺にも鳴海くんはこんなに優しくしてくれてどうしていいかわかんないよ何てお礼をしたらいいんだろう！」</div><div>　新は早口でまくし立てながら、背筋を伸ばしてダイニングの天井を仰いでは、体を丸めて小さくなってを繰り返す。</div><div>「どうするも何も、持ってきてるんでしょう？　お土産」</div><div>「も、もちろん！　もらいっぱなしじゃいけないからね。俺なりに調べて注文したんだ。二人には遠く及ばないけど……」</div><div>「そう卑屈にならないの！　新のお取り寄せスイーツは毎回すごいんだから自信持ちなさいよ」</div><div>　輝之進はテーブルのお土産を種類別にまとめ、両脇に寄せてカップの置き場所を作る。</div><div><br></div><div>「ありがとう、天城くん。お口に合うかわからないけど……これ、どうかな。前ユピテルがSNSでおいしかったって言ってた都内の……」</div><div>「ちょっと嘘でしょ！？　あそこのケーキ缶買えたの！？　店舗もオンラインも激戦なのに！？」</div><div>「ど、どうにか3個……だけどね？　ユピテルが推してたイチ、」</div><div>「イチゴ！？　買えたの！？　本当に！？」</div><div>「かかか買えたよ！？　ほら、俺年末年始はずっと家にいたからオンラインショップに張り付いて……」</div><div>　新は保冷バッグの口を開き、中から缶を取り上げる。透明な素材でできた表面には、スポンジと生クリーム、真っ赤なイチゴ。三百六十度、どこを見渡しても美しいショートケーキの断面だ。輝之進の悲鳴が3LDKに響き渡る。</div><div>「新、本っ当に天才だわ！　顔面も天才なら中身も天才。まさかこれを新年早々拝めるとは思ってなかったもの。はあ……何よこの断面！　どうなってるの……語彙力なくすわ……これをユピテルが……ああ、もう無理ね、言葉にならないわ……最高通り過ぎて至高ね。間違いないわ。ロラン！　ちょっと時間もらっていい？　緊急事態なの！」</div><div>　輝之進はロランの返事も待たずにリビングのソファに飛んでいった。大急ぎでバッグを漁り、一枚のブロマイドを手に戻る。</div><div>「新。早速で申し訳ないけど、一枚撮らせてもらってもいいかしら。本当は五億枚撮りたいところだけど急いで済ませるから」</div><div>「う、うん、十億枚撮ればいいんじゃないかな……」</div><div>「ありがとう新！　やっぱり天才よあなた！」</div><div>　輝之進はショートケーキの詰まった缶をうやうやしく受け取り、テーブルの真ん中に置く。そして先ほどのブロマイドを添えた。赤いワンピースに身を包んだユピテルが笑顔でポーズを決めている。輝之進はうっとりとため息をつき、様々な角度から写真を撮り始めた。</div><div>「な、鳴海くん。何か手伝うことはあるかな……」</div><div>「そうだね、じゃあお皿を出してもらってもいいかな」</div><div>　すっかり集中しきっている輝之進を残し、新はそろそろと椅子から立ち上がった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(63)あたたかな耳　お題:夏の終わり]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305385/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305385</id><summary><![CDATA[ひとりの夜、季節の移り変わりを知るロラン。他人には明かさないこと。父との会話で気づいたこと。ロラン父捏造。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-09-03T15:30:00+00:00</published><updated>2022-09-07T12:32:53+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ひとりの夜、季節の移り変わりを知るロラン。他人には明かさないこと。父との会話で気づいたこと。ロラン父捏造。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　ヘッドホンを外すと、両耳を覆っていた熱と湿気がふわっと逃げていく。彼らもきっと窮屈だっただろう。イヤーパッドと耳の間、という超狭小空間で同じフレーズを何十回も聞かされ続けたとあっては。</div><div>　ヘッドホンを外したのは僕だけど、本当の意味で解放されたのは彼らかもしれない。いつまで同じところをいじってるんだ、そろそろ他のパートも手を入れたらどうだ。もしくは通しで聴かせろ。</div><div>　彼らは心を持たない機械。道具でしかない。曲を聞き飽きたり、ましてや苦情を言い出したりするなんてありえない。なのになぜだろう。頭の片隅は僕の意思と無関係に起き出し、たまには彼らにオペラでも聴かせてあげようかと考え始めている。</div><div><br></div><div>　とりあえずオペラは後でゆっくり選ぶとして、片手を耳の後ろに当てる。まだ熱い。作業を始めてからそんなに時間は経っていないのに。</div><div>　集中しすぎたのかもしれない。もしくは焦っているのかも。あまり認めたくはないけれど。八月三十一日、という今日の日付を頭から追い払う。大丈夫、猶予はある。そのために立てたスケジュールじゃないか。</div><div><br></div><div>　ディスプレイをつけっぱなしのままデスクを離れる。それにしても静かだ。静かすぎると言ってもいい。元々このマンションに騒がしい住人はいないけど、いつもならもう少し……と、ベランダの窓を開けて気がついた。行きかう車の音に混じって、澄んだ音色が耳に届く。</div><div>　――――リーン、リーン、</div><div>　小さな音だが、確かにこれは日本の秋の虫の声だ。そうか、もう夜にセミは鳴かないのか。</div><div>　一度キッチンに戻り、ミネラルウォーターのペットボトルをグラスに注いで飲み、ベランダに戻る。柵にもたれると、ひんやりして気持ちいい。夜景から目を落としてエントランス前を見下ろす。マンションの高層階に虫がいるはずもない。音の方向と小ささからして、あの植え込みの中にいるのだろう。</div><div>　自分の音楽も、世界からしたらちっぽけな虫の声と同じかもしれない。動画サイトでいかに神と崇められようが、絶対に上には上がいる。生きる道は二つ。世界が認める最強の神になり君臨するか、一握りの人の心に永久に残り続ける作り手になるか。</div><div>　答えは決まっている。あのアカウントを削除した時、僕は神の名を捨てたのだ。</div><div><br></div><div>「もしもし、父さん。今いいかな」</div><div>『いいよ、もう今日の仕事は終わってる。ロランが通話してくるなんて珍しいな。困ったことがあったのか？　まさかとは思うけど、宿題が終わってないとか？　それはそれで興味深いけど』</div><div>「宿題はとっくに終わってるから安心してほしいな。でも、困ってるのは本当なんだ。よくわかったね」</div><div>『わかるさ。こういう時くらい父親面させてもらいたいね』</div><div>「じゃあ僕も息子面させてもらうよ」</div><div>『それは楽しみだ。で、その困ったことは。父さんに力になれることなら何でも言ってくれ』</div><div>「ありがとう。ただ、実を言うと父さんの得意分野ではないかもしれない」</div><div>『へえ。異業種の話でもいいってことか』</div><div>「まあ、そうだね。というか……うん、本当のところを言うと、仕事を抜きにして父さんに話を聞いてもらいたいのかもしれない。感慨にふけってるのかと言われたら、それまでだけど」</div><div>『いいじゃないか。父さんも今まさに感慨にふけってるよ。大事な息子にそんなことを言われたんだ。父親冥利に尽きる。何か欲しいものがあるならハッキリ言っていいんだぞ？』</div><div>「欲しいものは特にないよ。しいて言うなら母さんの作ったコンフィだけど」</div><div>『本当に異業種じゃないか』</div><div>　ははは、とスマホの向こうで父が笑った。夜風で冷えた耳が温かくなっていく。</div><div><br></div><div>「父さん」</div><div>『ん？』</div><div>「音楽って本当に難しいね」</div><div>『身に染みてわかったか』</div><div>「うん、勉強の方がずっと簡単だ。音楽は正解がわからない。やればやるほど、何がいいのか見えなくなっていく。マニュアルがないから採点もできない。結果がわかるのは世に出してからだ」</div><div>『そうだな。でも、楽しいだろう』</div><div>「……そうだね。楽しいよ、とても。日本にきて本当に良かったと思ってる」</div><div>『そうか。なら思う存分やるといい。父さんも協力した甲斐があるよ』</div><div>　スマホを手に頷く。</div><div>『正解や先行きがわからないのは商品作りも同じだ。ビジネスは、過去のデータや流行、経済をよく分析すれば勝算は上げられるけどね。どんなに綿密にプランを練っても、外れる時は外れてしまう。発売日、広告の打ち方、他社の動き、雑に言うと運も。そういう、売り手の思いもしない理由が予想外の売り上げを作ってしまう。良くも悪くもね。ただ幸いなことに、ビジネスとロランには決定的な違いが一つだけある』</div><div>　そこで父さんは言葉を切った。自分で考えてみろ、という合図かもしれない。ぱっと思い浮かんだのは、自分が学生であり大きな資金を動かしていないことだ。</div><div><br></div><div>『ロランは失敗が許される。ビジネスと違ってね』</div><div>　そう、か。</div><div>　スマホを持ちかえる。再び耳から熱が逃げていく。</div><div>　星屑旅団は高校生の部活。僕のアレンジが世間に受けなくても、誰かの人生――ましてや社会に影響を及ぼすことはない。大成しなかったらしなかったで、僕には父の会社が待っている。</div><div><br></div><div>　だから、普通ならもっと気楽に取り組んだっていい。</div><div>　ぎゅっと握り込んだスマホは、ケース越しでもわかるほど熱くなっていた。</div><div>「……父さん、僕は本気だよ」</div><div>『どうやらそうみたいだな』</div><div>　返ってきたのは真面目な声だった。父さんは怒ってもいないし、呆れてもいなかった。</div><div><br></div><div>　通話を切って夜風で涼んだ。柵に両腕をのせて小さな虫の声に耳を傾けていると、すぐに耳も体もすっきりしてきた。</div><div>　作業部屋に戻る。結局父さんは仕事の話をしていた。でもそれでいい。それでこそ父さんだ。</div><div>　もうエアコンはいらないかもしれない。電源を落とし、デスクに戻る。そしてオペラの動画を再生する。イヤーパッドと僕の耳の間はもうすっかり涼しくなっていて、彼らとオペラを楽しむのにうってつけだった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(62)真夏のメルティースノウ　お題:セミの声]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305304/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305304</id><summary><![CDATA[ユピテル目当てに一人映画館を訪れた輝之進。でも思わぬダメージを受けてしまったようで……？]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-08-21T17:09:53+00:00</published><updated>2022-09-07T12:29:37+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ユピテル目当てに一人映画館を訪れた輝之進。でも思わぬダメージを受けてしまったようで……？</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　一人で来て良かった。</div><div>　ハンカチを下まぶたに押し当てる。何度そうしただろう。そろそろ乾いたところがなくなるかもしれない。広げるのが恐ろしい。念のため濃い色のものにしたけれど、涙にファンデやマスカラの繊維が混じってひどいことになっていそうだ。こんなところを誰かに見られたらと思うと、考えただけで震えてしまう。</div><div><br></div><div>　映画が終わり場内が明るくなってからしばらく経った、と思う。満員に近かった席はがらんとしている。残っているのは、感想を熱っぽく語るオタクのグループと、自分と同じように目元を拭いている人くらいだ。この顔で外に出たくはない。けれど、ここで鏡を出して化粧を直すつもりもない。今ならパウダールームも空いていると信じて重い腰を上げる。</div><div>　腰を上げて、ヒールにうまく体重が乗らなかったことに驚いた。足首からぐらりと体が崩れる。あっ、と咄嗟に手を出し前の椅子の背もたれを掴む。せっかく落ち着いた息がまた荒れてしまった。今日はとことんダメかもしれない。忘れ物がないか念入りにチェックしてから、座席の列の間をそろりそろりと抜けてエントランスに向かった。</div><div><br></div><div>　シアターの扉を出て通路を進む。ヒールがカーペットを引きずる音がする。さっきよりもショッパーが重く感じる。右腕から外し、左腕の肘にかけ直す。と、ちょうどさっき見た映画のポスターがあった。</div><div>『見習い魔女のメルとハル』</div><div>　ふわふわの魔女の服に身を包むメルが、杖を片手に空を仰いでいる。視線の先には、ぎっしりと星が敷き詰められた夜空にちらちらと舞う雪。メルの隣には、日本の学生服に魔女の外套を羽織ったハル。二人とも、ころんとした丸い顔にくりっとした目。小柄で短めの手足。主題歌がユピテルじゃなかったら絶対見に来なかっただろう。</div><div>　ダメだ。あのストーリーを見終わったあとにこのポスターはダメ。ユピテルのメルティースノウが流れてきてまた泣いてしまう。</div><div>　取り急ぎ写真を撮らなくては。幸い今なら誰もいない。バッグから通常盤と限定盤のCDを出して、ポスターの前に掲げシャッターボタンを押す。</div><div>　無人のパウダールームで顔を立て直し、映画館を後にする。時間の感覚がよくわからない。エスカレーターから見えた時計塔は夕方六時を指していた。けれど、ショッピングモールは自分がお昼に着いた時からずっと混んでいて、窓がないせいで時間がちゃんと流れているのか実感が湧かない。</div><div><br></div><div>　自動ドアがすーっと開くと、蒸し暑い空気に乗ってセミの声が耳を突く。そろそろ八月も終わりだというのに。</div><div>『ねえ、雪が降ったら　また思い出してくれる？　出会ったときのことを</div><div>　そう言えたらどんなによかったかな</div><div>　君の町はあたたかいから雪が降らないなんて　知りたくなかった』</div><div>　ユピテルのメルティースノウがセミの声とマッシュアップを起こして気持ちが落ち着かない。クーラーで冷たくなった腕はそれっきり全然温かくならない。暑苦しい風が肌を上滑りしていくだけだ。</div><div><br></div><div>　何も喉を通らない。飲み物が精一杯。アイスティーのストローから口を離し、深いため息をつく。</div><div>　本当は限定スイーツを食べて帰るつもりだったのに、計画が丸つぶれだ。あんな内容だなんて聞いてない。ユピテルのインタビュー記事以外何も読まずに行ったのがいけなかったのかもしれないけれど。</div><div>　窓際のカウンター席からぼんやりと外を眺める。ここではセミの声は聞こえない。空は少しずつ夜に向かっている。歩道を歩く人たちはみな、それぞれに忙しそうで、楽しそう。</div><div>　ああ、この人たちもみんなメルとハルを見ればいいのに。</div><div>『君が忘れても　僕が思い出させる</div><div>　君がくれた魔法でいつか　雪を降らせてみせるから</div><div>　どうかその時は　思い出して』</div><div>　親に、帰りが少し遅くなるかもと連絡を入れてスマホをロックする。</div><div>　まだ帰りたくない。せめて、暗くなるまで。外でセミの声がしなくなるまで。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(61)真夏の激辛カレー一本勝負　お題:汗を拭う]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305178/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/37305178</id><summary><![CDATA[ミケVSキティのガチバトル。優貴の味覚がこんな感じでもいいなと思って書いてみた。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-08-13T14:14:56+00:00</published><updated>2022-09-07T12:29:49+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ミケVSキティのガチバトル。優貴の味覚がこんな感じでもいいなと思って書いてみた。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　いってえ……！！</div><div>　口から出そうになった言葉を氷水で流し込む。半分ほど残っていた水を一気に飲み干しても、吐いた息は燃えているようだった。噴き出した汗が止まらない。拭くのも面倒になってきたが、放っておくと目にしみて痛い。首から下げたタオルの端でゴシゴシと顔を拭く。今度は首の後ろが蒸し暑くなってきた。たまらずタオルをはぎとる。べったり貼りついていたTシャツの背中を掴んで剥がし、バサバサと風を送る。</div><div>「……見てるこっちが暑苦しい」</div><div>「んだと」</div><div>　冷たい罵りに睨み返す。いつもなら一発お見舞いしたくなるところだが、今は店のカウンター席。唸るだけで勘弁してやる。</div><div>　チラッと目に入った優貴の皿はゴールが近い。対する自分は残り半分を過ぎたところ。この激辛カレーは、運ばれてきたタイミングも量も全く同じ。光牙が知る限り、優貴は昔から飲むのも食べるのも悠長だ。がっついているのを見たことがない。なのにこの差は何なのか。考えようとしただけで、胃がむかむかして体中が熱くなりそうだ。黙って食らうしかない。</div><div><br></div><div>　ゴトン。</div><div>　光牙の前にあったピッチャーが下げられ、新しいものが置かれる。ほとんどなくなりそうだったから助かった。新しいピッチャーには四角い氷がぎっしり。水もほぼ満タン。</div><div>　よし。</div><div>　空のグラスにおかわりを注ぎ、スプーンをカレーに突っ込む。</div><div>「そのくらいないと足りないだろうからな、初心者には」</div><div>「……あ？」</div><div>　てっきり店員がピッチャーを取り換えたとばかり思っていた。優貴のしわざだったらしい。言い方までとことん腹の立つ野郎だ。なぜ素直にどうぞと言えないのか。それができないなら黙って置くだけでいいのに。</div><div>　体の中で唐辛子が爆発しそうになる。俺は黙って食う、と頷く。カレーがたっぷり絡んだ白飯を大きくすくい取り、口に放り込む。ルバートのカレーより黄色くてサラッとしているのに、辛さが尋常じゃない。スプーンが舌に当たった途端にビリビリッと痛みが走る。しかし、うまいのも確か。舌が痛くてよくわからないが、辛さ以外の色々な味が何となく感じ取れる。ゴロッとした肉も食べ応えがある。また食べに来てもいいな。こいつがいない時なら。</div><div><br></div><div>　カタン。</div><div>　優貴はゆっくりと水を飲みきり、空のグラスをテーブルに戻した。そして、どこからかハンカチを取り出し顔と首にあてる。けれど、きっちりとボタンの閉まった長袖シャツには汗のシミ一つ浮かんでいない。</div><div>「ごちそうさまでした」</div><div>　俺の勝ち、と言い残し優貴は伝票を抜き取る。シュルッと紙が引き抜かれる音もお高くとまっている気がしてつくづく頭にくる。</div><div>「今のは引き分けだろうが！　ごちそーさんでした！」</div><div>　伝票とタオルを引っ掴み、大股で後を追う。ジーンズのポケットから財布を抜いて開く。</div><div>　二度と賭けに乗るかよ。いや違う。次は絶対に勝つ、だ。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(60)タイトル未定　お題:ゲリラ豪雨]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36645076/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36645076</id><summary><![CDATA[シリアス。以前の(54)ゲリラ豪雨の続き。豪雨の中を行く優貴と大和。周囲のあれこれに対して優貴が考えていること。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-08-06T13:23:43+00:00</published><updated>2022-08-07T11:11:55+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>シリアス。以前の(54)ゲリラ豪雨の続き。豪雨の中を行く優貴と大和。周囲のあれこれに対して優貴が考えていること。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　滝の中にいる。</div><div>　優貴はそう思った。</div><div>　渡り廊下への扉を数センチだけ開き、すぐに閉める。鳴りっぱなしの雷と大雨で、外で鳴り響く音はもはや轟音だった。扉が閉まると辺りは少しだけ静かになったが、突風で霧になった雨が扉の隙間に押し寄せ、優貴の顔を冷たく濡らす。</div><div>「これはなかなか……思ったよりも厳しいですね」</div><div>　優貴の背後にいた大和も深刻そうだった。</div><div>　吹奏楽部への道中には、渡り廊下がふたつ。どちらも大した距離ではない。しかし、何のためかはわからないが窓が設けられておらず、人の顔の高さの部分が完全にガラ空きになっている。春の花粉に夏の直射日光、秋の台風から冬の大雪まで入りたい放題だ。</div><div>　金をかける場所を間違ってるだろ。</div><div>　無駄に凝ったカフェテラスその他もろもろ気に食わない校内設備を思い返しながら、怨念全てをため息にこめて吐き出す。きっと今ごろ大和からは「神条くんは楽器が大きいですから人一倍苦労するでしょうね」と思われているだろう。それでいい。</div><div>「ちょっと手間ですが、一旦部室に戻りましょうか。このまま通り抜けたら神条くんのベースが濡れてしまいます」</div><div>　大和の申し出に黙って頷く。</div><div><br></div><div>　大和と二人で部室に戻り、棚の隅から巨大なビニール袋と養生テープを取りだす。隣に置いていた一回り小さい袋は大和へ。</div><div>「手早く済ませましょう。僕も手伝います。神条くんはご家族がお迎えにくるんでしょう？」</div><div>「ああ。ただ、こっちが楽器に手間取るのは親も知ってるから」</div><div>「なるほど」</div><div>　大和は頷きながらトロンボーンケースにビニール袋をかぶせ、養生テープで合わせ目をふさぐ。それが終わると優貴のウッドベースに取り掛かった。広げるのも一苦労なサイズの袋を二人でウッドベースケースにかぶせ、同じように養生テープでふさぐ。棚からバスタオルを二枚出し、それぞれ頭にかぶる。これで準備完了だ。</div><div><br></div><div>　あとは黙々としたものだ。</div><div>　二人して押し黙り、ごうごうと激しい唸りを上げる濁流の中を進む。いっそ水の綺麗な滝に打たれた方がマシかもしれない。渡り廊下をふたつ越えたら、頭に乗せていたバスタオルでビニールの水気をしっかりと拭き取り、袋をはがして一番奥の音楽室に向かう。その場にいた顧問と部長に事情を説明し、準備室へ入らせてもらう。決して広くはないスペースに所狭しと並ぶ備品楽器を慎重によけながら進み、邪魔にならないよう――といっても優貴のウッドベースがどう見ても最大なのでどこにどう置いても邪魔にはなるのだが――置く。</div><div>「大変だとは思うけど、早めに引き取りに来るように」</div><div>　面倒だな、と露骨に顔に書かれた顧問と部長に頭を下げ、湿ったバスタオルと養生テープがべたつく袋を抱え、くしゃくしゃと音を立てながら自分たちの部室へ引き返す。たったそれだけのこと。しかし、どっと疲れることでもある。</div><div>「まだ我々への風当たりは当分強そうですね」</div><div>「本当にな。そういうのは天気だけで十分」</div><div>「おっしゃる通りです」</div><div>　うまいこと言いますね神条くん、などと付け加えないあたりが大和の優しさなのだろう。心の中で大人しく感謝しておくことにする。沈黙は金なり。人にああだこうだ言っている暇があったら技術とセンスを磨くべきなのだ。今にあの吹奏楽部は痛い目を見る。大会で審査員からの講評を食らって沈めばいい。時間があったら直々に聴きに行きたい気もしたが、それこそそんな暇があったら練習すべきだ。あいつらの実力なんて、練習の音を聴けば一秒で分かる。自分は、自分たちは、逆になるべきだ。一秒聴いただけですごいと圧倒できるチームに。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(59)原風景　お題:花火]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36645130/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36645130</id><summary><![CDATA[ロラン1年生の夏。創設直後の星屑に思うこと。ロラン父と部下たちが少し。鳴海家やロランの過去を捏造。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-07-30T14:45:16+00:00</published><updated>2022-08-07T11:11:38+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ロラン1年生の夏。創設直後の星屑に思うこと。ロラン父と部下たちが少し。鳴海家やロランの過去を捏造。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「みんなお疲れ様。職場の一室で申し訳ないけど、今夜は仕事を忘れて楽しんでいって欲しい。もうすぐ始まるだろうから、長い挨拶は控えさせてもらうよ。それじゃあ、乾杯」</div><div>　ロランの父は、ずらりと並んだ大きな窓ガラスを背にワイングラスを掲げた。その瞬間、遠くの方でドンッと鈍い音が上がり、父の背後の夜景に花火がパッと咲いた。金色の大輪がパラパラと音を立てながら散っていく。</div><div>「社長、すごいタイミングですね」</div><div>「時間計ってらしたんですか？」</div><div>　部下たちが続けざまに歓声を上げる。</div><div>「さすがにそんな細かい芸当はできないよ」</div><div>　にこやかに応じる父の表情からは社長の肩書きがほとんど消え去っていて、ロランたち家族に見せる穏やかな笑みと混ざりあっていた。持ち上がったスパークリングワインにLEDの白い照明が降り注いで、細かな泡がきらきらと光る。ロランは父のそんな笑顔を久しぶりに見たように思う。</div><div><br></div><div>　ロランがドイツに住んでいた頃から、父はヨーロッパとこの横浜を拠点にあちこちを飛び回りながら仕事をしていた。母と自分が住むドイツの家は、家というより休憩所のようなもの。家族仲は決して悪くはなかったが、それは父が自分と深く関わることがなかったからかもしれない。寂しくないと言えば嘘になる。けれど、いい意味で上辺だけの付き合いだから波風は立たない。しかも幸いなことに、父はロランが事業の後継者として必要なものをきちんと身に付け、将来を見据えたライフプランを立てさえすれば、後は割と好きにさせてくれた。</div><div>　やっぱり僕の父はどこまで行っても上司なのかもしれない。ロランはアイスティーのグラスに口を付け、父から少し離れた場所から一人窓の外を眺める。</div><div><br></div><div>「せっかく横浜に来たんだから、花火を見にきたらどうだ。息抜きも必要だろう。毎年会議室を開放してるんだ。社員と家族なら誰でも来ていいことにしてる。打ち上げ地点からは遠いけど、混雑とは無縁だし、涼しくていい」</div><div>　親の事業。社長の一人息子。用意された進路。期待。打算に満ちた人付き合い。そういうものから逃れたくて横浜に来たのに、ロランはどうしてか父の誘いを断れなかった。やりたいことはあの数万発の花火のように尽きない。星屑旅団はやっと創部にこぎつけたばかり。今欲しいものは息抜きではない。もっと今を充実させるための何かだ。</div><div>　自分が作ろうとしているものは、花火に似ている。</div><div>　誰もが思わず振り返る強烈な響き。見とれるほどの美しい光。はじける音の粒。それらは一瞬で消えてしまう。次々に音を鳴らし鮮やかな光を放っても、決して長くは生きていられない。けれど、必ず人の心に残り、生き続ける。思い出という形で。あるいは歴史という記録で。</div><div>　そして命の限り続けていれば、やがて原風景になれるかもしれない。夏が来れば花火を連想するように。星屑旅団も、いつか。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(58)回想　お題:夏休み]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36333145/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36333145</id><summary><![CDATA[夏から冬、春。未知の景色の表現。堂嶌家中心。※ゆあじゃずバレあり]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-07-23T14:47:59+00:00</published><updated>2022-07-23T14:55:35+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>夏から冬、春。未知の景色の表現。堂嶌家中心。※ゆあじゃずバレあり</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　夏休みには、新しい楽譜を買ってもらっていた。</div><div>　その習慣の始まりは小学校一年生の夏だった。今思えば、初めて我が家にやってくる「宿題の山」というものに、両親と祖母も内心戦々恐々だったのだろう。日ごろの宿題は家族の見守りのもとできちんとこなせてはいたが、夏休みは種類も物量も全く違う。いかに息子のモチベーションを保ちながら期限に間に合わせるか。実は自分の知らないところで、いつの間にか家族の夏の戦いが始まっていたらしい。</div><div><br></div><div>　終業式から帰宅した直後は、家に祖母しかいなかったため静かなものだった。けれど問題はその夜。仕事を終えた父は嬉しそうに通知表を手にすると、隅から隅までしげしげと読み始めた。隣に座っていた母は横から覗きこみ、担任からの褒め言葉を音読し(やめるよう頼んでも全く聞く耳を持ってもらえなかった。そもそもその文言は昼に祖母が音読済みだ)、りょうくんすごいじゃないとニッコリ。当時は褒められたことを純粋に誇らしく感じていたが、高校生の今思い返してみると、いささか手放しで喜び過ぎやしていないかと言いたくなる。けれど、無関心よりよほどいい。</div><div>「最近のドリルってこんな感じなの？　かわいい！」</div><div>「今どきなのねえ」</div><div>「父さんが子どもの頃はモノクロだったぞ」</div><div>　と本人そっちのけで白紙のドリルをめくる家族の表情は、今年の夏休みの課題リストを眺めていた時とさほど変わらないように思う。自力で全ての宿題を片付けられるようになっても、家族は折を見て必ず声をかけてきては、息子の好調な様子に喜んでいた。頼んでもいないのに蕎麦屋に連れて行ってくれたこともあった。新しい楽譜もその一つだった。</div><div>　高校に入ってからも、今どきの教科書がどんなものか見たいとせがんでくるような家族なのだ。下手したら、自分がもっと幼い頃からそういう性分だったのかもしれない。</div><div><br></div><div>　グリーグ　抒情小曲集　第6集　作品57-6「郷愁」</div><div>　タイトルの脇に小さく書き添えた日付は、中学生の夏休みを示している。ざっと見渡した譜面は、中間部に密集した高音を除けば余白が広く、タイトル通りいかにもゆったりとした曲調なのが見て取れた。しっかりと練習すれば、技術的にはさほど苦戦しないだろう。というのが初見の印象だった。</div><div>　しかし、一度通して弾いてみて愕然とした。</div><div>　分からない。</div><div>　景色が見えない。</div><div>　弾いていて景色が見えないということは、表現できていないということだ。外国の作曲家が描いたものなのだから、日本に住む自分が要領を得ないのは当然と言えば当然。しかしそれを出来ませんの一言で放棄するのは許されない。</div><div>　改めて音を辿りながら想像力を働かせてみるも、空白の目立つ譜面のようにどこか荒涼としており、かつ中間部できらめく高音のように美しい遠景が見える。そのくらいが精々。そうなれば当然調べるほかない。</div><div>　ノルウェーの山あい。　</div><div>　その結果を知った時の感覚は、今でも覚えている。</div><div><br></div><div>「そうね。全く知らないことを、体験者として表現できるようになれるかどうか。それって一つの壁かもしれない」</div><div>　ノルウェーの山あいがどんな所か分からない、見たことも行ったこともなければ想像すらつかない場所をどう表現したらいいか分からない、と相談した時、母はそう答えた。</div><div><br></div><div>　――ひゅう、</div><div>　鍵盤から指を離すと、入れ違いに高い音が鳴った。椅子から下り、カーテンに指を掛ける。垣間見た窓の外は、いつの間にか季節外れの雪が吹き付けていた。もう春は、出国の日は近いのに。</div><div><br></div><div>　ベルリンの音を出せるようにならなければ。</div><div>　踵を返し、黒い椅子に戻る。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(57)謁見しているのはどちらなのか　お題:鳴海ロラン]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36331045/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/36331045</id><summary><![CDATA[統合前。1年生の皇帝と女王。輝之進入部の日を考えてみた。ピリッと感強め。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-07-16T14:22:53+00:00</published><updated>2022-07-23T11:53:56+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>統合前。1年生の皇帝と女王。輝之進入部の日を考えてみた。ピリッと感強め。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「で？　用って何なのかしら。あまり楽しくなさそうなら帰らせて頂きたいんだけど」</div><div>　輝は閉め切った窓の外をしばらく睨みつけてから振り返った。長い巻き髪が揺れ、パサリとブラウスを打つ。</div><div>　輝は両手を腰に当てた。背にした窓の向こうは八月の真昼。突き抜けるような彩度の高いブルーの空と、なぞれるほどハッキリした輪郭の入道雲。CGで描いたような景色だ。強めに効かせたエアコンの音の奥に、自主練に励む吹奏楽部の無秩序な音色が微かに聞き取れる。</div><div>　歴史あるこの高校だが、部活は決して歴戦の強豪ではない。そんな人気の部活を抱えていれば、今ごろこんな風に廃校寸前まで追い込まれたりしないだろう。事実、新の希望は見事通り校舎端に部室を押さえることができた。昇降口から遠いのはネックだが、放課後になれば人通りはぐっと減る。教師の目を盗んで好き放題したい年頃の高校生なら取り合いになるはずなのに。</div><div><br></div><div>　輝はまぶたをわずかに下ろして僕を見据える。この部室の窓ガラスは古くて薄い。けれど、灼熱の四角い空を背負っているとは感じさせないほどに輝の表情は冷ややかだった。僕は輝をスカウトした時の返事を思い返した。</div><div>　――暑いのは苦手。暑苦しいのもダメ。むさくるしいのはもっと嫌。古臭いスポ根みたいなのはやめてちょうだい。</div><div>　そんな輝が、どうして突然入部届を手にここを訪ねてきたのだろう。今日は夏休み中の登校日。午前中で終わるのだから、体感気温が天気予報を追い越す前に早く帰るべきだ。それに僕は、てっきりあの会話で断られたものだとばかり思っていたのだ。もっとも、断られたところで次の一手を考えてはいたのだけど。</div><div>　さっき受理した輝の入部届は目の前のテーブルに置いたままだ。さっさと片付ければよかった、と僕は少しだけ後悔した。思ったよりも手ごわい相手だ。もしも僕の話がお気に召さなければ、輝は僕が手を伸ばすよりも早く入部届を奪い取り、ビリビリに破いて立ち去ってしまうかもしれない。僕は垂れ下がった前髪をかき上げた。</div><div>「確かに、楽しいかどうか決めるのは君だ。でもここは曲がりなりにも一つのバンドで、僕はそのリーダー。いま君は僕が指揮を執る部に届を持ってきた。そしてそれは受理された。少なくとも初日くらいは僕の話を聞いていってもいいんじゃないかな。もちろん独裁者を気取るつもりはさらさらない。僕は単純に、初日から君に帰られると困ってしまうだけだ。君が入部して五分で退部という伝説を作りたいのなら、あらかじめそう言ってもらえるかな」</div><div>「回りくどいのね。あいにくだけど、私はそういう武勇伝に興味はないの」</div><div>「それは助かるよ。じゃあ何に興味があってここに来たのか、聞いてもいいかい？　それが今日の用件の一つでもあるんだ」</div><div>「それならそうと最初からそう言いなさいよ。私が興味あるのはね、」</div><div>　そう言って、輝は僕から視線を逸らさぬまま一度言葉を切った。腰から剣を抜くときのようだった。もっとも、そのたとえをそのまま口にしたが最後、輝は本当に入部届を八つ裂きにしてしまうだろう。僕はただ黙って次の言葉を待った。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(56)秘伝のレシピが知りたい！　お題:好きなもの]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35894477/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35894477</id><summary><![CDATA[リーダー翔琉といえどもおじいちゃんにはどうしても勝てないらしく……？　＋SC初期メンカルテット。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-07-09T13:27:33+00:00</published><updated>2022-07-09T14:07:48+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>リーダー翔琉といえどもおじいちゃんにはどうしても勝てないらしく……？　＋SC初期メンカルテット。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「なあ、じいちゃん。いいだろー？　俺もう高校生なんだし」</div><div>「ダメなものはダメだ。お前にはまだ早い」</div><div>「何でだよー！　じいちゃんのケチ！」</div><div>「おーおー、ケチで結構。俺からしたらお前はまだまだガキンチョだ。ゴネてる暇があったら練習してこい」</div><div>「くっそー！」</div><div>　翔琉はカウンターに突っ伏し、脚をじたばたさせた。翔琉の祖父は拭き上げたコーヒーカップを全て棚に並べ、スプーン磨きに取り掛かった。いつものスムーズな手さばきだ。</div><div><br></div><div>「これで何回目だよ。いい加減聞き飽きたんだけど」</div><div>　優貴は氷たっぷりのアイスコーヒーより冷たい視線を翔琉に浴びせてから、弦のチェックに戻った。燎も、ピアノの椅子の高さを調節しながら翔琉を見やる。</div><div>「そろそろ諦めたほうがいいんじゃないのか。おじいさんにもお考えがあるんだろう。あまり困らせるのは良くない」</div><div>「翔琉ー、こっち終わったぞ」</div><div>　早々とセッティングを終えた光牙は既にドラムスティックを手にしていた。スティックをくるくると回し、手に馴染む感触に頷く。</div><div>　店内に軽やかなハイハットとスネアが流れ始めた。翔琉は半分溶けたアイスのようにずるりと椅子から下りる。</div><div>「はあ……今日もダメだった……」</div><div>「ダメでもクソでもいいから、練習はシャキッとしろよ」</div><div>　翔琉はだらりとぶら下げた手で相棒を拾い上げた。その背中を、光牙が音出しをしながら励ます。</div><div>「トモのことだから、どうしてカレーのレシピを教えてもらえないのか大方予想はついてるんだろう？」</div><div>「そりゃあね？　分かってるよ。俺にだって。カレーは命みたいなもんだし」</div><div>「確かに、カケルの血管にはカレーが流れてそうだな」</div><div>　俯いてトランペットに愚痴をこぼす翔琉に、優貴が辛口な冗談をよこす。</div><div>「カレーが血液か。血管が詰まりやすそうだな」</div><div>「辛そうだな」</div><div>「お前らなあ！　言いたい放題言いやがって……はあ、愚痴る時間もないのかよ～」</div><div>　翔琉は勢いよく三人を振り返る。全員が平気な顔だと知ると、早くも電池切れとばかりにがっくりと肩を落とした。</div><div>「ない」</div><div>「時間は有限だからな」</div><div>「食い足りねんだろ。これ終わったらカレー食えカレー」</div><div>「わかったよ！　あーもう！　その代わり、今日は気が済むまでやるからな！　んでカレー食べる！　じいちゃん、大盛りで予約よろしく！」</div><div>　翔琉はステージからキッチンに向かって声を張り上げた。翔琉の祖父は、布巾の中のピカピカのカレースプーンから顔を上げ笑顔で応じた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(55)三番目のゴリラ　お題:喜び]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35709968/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35709968</id><summary><![CDATA[ゲーマー奏斗。ソシャゲ用語多発。(29)の続きですが単品でも読めます。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-07-02T14:01:34+00:00</published><updated>2022-07-02T14:11:05+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ゲーマー奏斗。ソシャゲ用語多発。(29)の続きですが単品でも読めます。</div>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/29133141">
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/1379873/06c482e9cd1087df255a958fc6a74a5c_73599651aa6a92f74f649f745fff987d.jpg" width="100%">
			<small><b>(29)ゲーマーの新年は戦争で始まる　お題:お正月</b></small>
			<br>
			<small>スラング・専門用語多発。作中のゲームは捏造です。</small>
		</a>
		</figure>
	</div>
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>――お送りしたのはユピテルの新曲『ソーダ色の夏』でした！</div><div>　パーソナリティが楽しげにコンビニの店名をコールし、店内放送はヒットチャートから夏の新商品へと移っていく。リニューアルした冷やし中華、話題のアジアスイーツ、揚げ物を二個買うとドリンクがもらえるフェア。普段なら聞く気にもならない陽気な放送が、今日はやけにハッキリと耳に入ってくる。</div><div>　何やってんだろ、俺。</div><div>　真夏の午後。ガラッガラのコンビニ。アイス売り場。ゴリラと見つめ合っている氷室奏斗。こんな状況、誰かに知られたら絶対にいじられるに決まっている。自分でもそう思う。</div><div>　第六感。目に見えない力。そういったものの存在を信じているかと言われたら、口では「知らね」と答えながら、心の中では「多分ある」と答える。音楽をやっていると、信じていなくても現実を見せつけられてしまうのだ。練習で大苦戦していたフレーズが本番で驚くほど楽に吹けてしまったり、逆にありえない初歩的なミスをしてしまったり。吹いているのは自分なのに、ステージに立つと別の人間が自分の手を操っているような感覚に陥ってしまったり。</div><div>　だから、こうしてアイスの袋に印刷された満面の笑みのゴリラから目が離せないのも、そういう第六感的なやつとしか思えない。しかも、同じ絵柄のアイスがいくつも並んでいるのに、こんなに目力を感じるのは手前から三番目のこいつだけ。</div><div>　買うか。</div><div>　いや、別にソーダ味は好きじゃないし。そもそも棒のアイスはすぐに溶けるし食べにくいし持ちにくいし汚れるし。冬に食べるものだろ、あれは。</div><div>　でも何かある気がする。</div><div>　夢に出てこられたら困るしな、と自分に言い聞かせて手前から三番目のゴリラを手に取る。</div><div>　レジ袋を断って商品にテープを貼ってもらい、店を出る。</div><div>「ありがとうございましたー」</div><div>　やる気のない大学生バイトの声と同時に自動ドアが開く。</div><div>　ぶわっと押し寄せる熱気。目を開けられないレベルの眩しさ。バッキバキに青い空。秒でにじみ始める汗。惰性で歩道に出ようとしていたのをやめ、かろうじて安全地帯になっている狭い軒先に引っ込む。アイスの袋を開けて中を確認。よし、袋の中は綺麗だ。棒を片手で持ったまま袋を丁寧に折り畳んでリュックのポケットに入れ、歩き出す。</div><div>　全方位から熱風を吹き付けられているみたいだった。最初は大粒の氷がシャリシャリしていたソーダシャーベットも、すぐにただのツルツルしたアイスキャンディーになってしまう。手が汚れないように急いで食べ進めると、あっという間に完食だ。家まではまだだいぶ距離があるのに。何か飲み物でも買っておくべきだったかもしれない。ぎらつく陽射し。90%閉じた目でザラついた棒を見下ろす。</div><div>『あたり！　お店の人に見せたらもう一本！』</div><div>　マジかよ。このアイス、当たりの確率3%だったよな。三番目のゴリラやべえ。</div><div>　流れる汗を拭くのも忘れてぼんやりしているうちに、目の前の青信号が点滅し始めた。あっ、と一歩踏み出した瞬間に赤に変わる。</div><div>　三番目のゴリラ、お前ほんと何なんだよ。</div><div>　こめかみから汗が流れ落ちていく。がっくりと肩が下がった拍子に、リュックまでずるずると落ちてきた。ついでに棒を袋に入れておく。引き換えは一旦棒を洗って乾かしてからだ。家に帰ったら先に棒を洗って、それから飲み物を取って周回だ。</div><div>　ふらふらしそうな頭の中で予定を立てていると、スマホの通知が鳴った。</div><div>『日替わり復刻ピックアップ開催中！　本日はSSR深淵の守護女神！』</div><div>　あれ？　それって明日じゃなかったっけ。まあどっちでもいい。来月は周年記念ガチャ。必ず高性能のキャラが実装される。今回のキャンペーンは見送って石を貯めることにしたのだ。正直言えば、深淵の守護女神は今すぐにでも欲しい。正月に実装された時に、すり抜けからの爆死を決めてしまったとこは今でも忘れられない。</div><div>　大きな交差点。赤信号が変わる気配はまだ、ない。</div><div>　……十連だけ、回そうかな。</div><div>　通知ダイアログからゲームを起動。95%閉じた目でもガチャは回せることを初めて知る。</div><div>『十回召喚を開始します。よろしいですか？』</div><div>　はい。</div><div>　</div><div>　あ、確定演出。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(54)タイトル未定　お題:ゲリラ豪雨]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35708901/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35708901</id><summary><![CDATA[突然の雨でもリアクションはいつも通り？なSC初期メンカルテット。鍵や音楽準備室のくだりは捏造です。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-06-25T15:21:27+00:00</published><updated>2022-07-02T14:13:37+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>突然の雨でもリアクションはいつも通り？なSC初期メンカルテット。鍵や音楽準備室のくだりは捏造です。</div>
		</div>
	
		<div>
			<br><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「うん！　良くなってきてる！」</div><div>　翔琉は頷いた。その言葉と笑顔に、他の部員たちもホッとして表情を緩める。</div><div>　今日三度目の通し練習。一体感の上がってきた演奏は、ふわんふわんとした残響も心地よく、消えてしまうのがもったいないと感じるほどだ。一年生たちも力と自信がつき始め、生き生きと吹けるようになってきている。いい調子だ。技術的にも感情的にも好感触。翔琉はもう一度頷いた。</div><div><br></div><div>　が。</div><div>「……ん？　降ってる？」</div><div>　せっかくの余韻を打ち消すように、窓の方からパラパラと小さな音が聞こえ始めた。見てみると、外はいつの間にか重く暗い灰色の雲に覆われていた。ほんの少し前までは薄曇りだったのに。</div><div>「水を差すとはまさにこのことだな」</div><div>　燎が窓を閉めながら呟く。その表面は雨粒で点々と濡れている。</div><div>「うまいこと言ったつもり？」</div><div>　優貴は毒づきながら別の窓を閉める。雨音が遮られ静かになった部室で、鍵をはめる音がガシャンと大きく鳴った。</div><div><br></div><div>　しかし、その静けさも一瞬のこと。</div><div>「そんなつもりはなかったんだが……すまな」</div><div>　燎の言葉は突然さえぎられた。</div><div>　窓ガラスが激しい音を立て始めたのだ。叩きつけるような、とはよく言うが、この勢いと音量は叩きつけるを通り越してマシンガンで撃たれているようなものだ。窓に激突した雨は丸い粒になる暇すらない。いつもなら窓の向こうには他の校舎と校庭が見えているのに、今やほんのすぐ先の渡り廊下すら見えなくなっている。この部室だけ丸ごと嵐の中に投げ込まれたような景色だ。</div><div>　あまりにも急な天気の変化に、しばらくの間みな呆然と窓の方を眺めるばかり。今朝の予報は、ところによって午後一時雨。こんな大雨とは聞いていない。通り雨かとも思ったが、一向に止む気配もない。</div><div>「……はあ」</div><div>　優貴のため息すらほとんどかき消される始末だった。</div><div>「まあ、さっきのコウのドラムよりマシだな」</div><div>「あ！？　優貴てめえ今何つった！　もっかい言ってみろ！」</div><div>　優貴の最後の捨て台詞は豪雨にも負けなかったらしい。光牙が嵐を吹き飛ばす勢いで食ってかかる。</div><div>「聞かない方が身のためだと思うけど」</div><div>「なら言うなよ！！」</div><div>　どっちも正論だな～、と翔琉の声が雨脚の前をのんびり通り過ぎる。優貴は光牙を無視して荷物置き場に向かうと、バッグからスマートフォンを取り出した。</div><div>「連絡来てた。うちはこのあと親が迎えに来る。ベースは……今から吹奏楽部に行ってくる」</div><div>「僕も行きましょう。この雨だと、ビニールを掛けても持ち運びは不安です」</div><div>　音楽室はこの部屋と真逆の方向にある。優貴は一度眉間にシワを寄せ、黙々と、かつ手早くウッドベースを片付け始めた。大和もそれに続く。</div><div>　優貴を始め、自前の楽器で練習しているメンバーは毎日楽器を持って登下校している。それは自宅での自主練習のためでもあり、セキュリティのためでもある。部室には窓も扉も鍵がついており、職員室で管理されている。しかし鍵そのものは簡単なもの。万が一がないとは言い切れない。</div><div>　けれど吹奏楽部は違う。音楽室を通り抜けた奥にある音楽準備室に、学校の備品としての楽器が保管されている。総額はかなりのものだ。当然、SwingCATSの部室よりも遥かに立派な鍵で施錠されている。万が一の時はここにお世話になる取り決めとなっていた。</div><div>「だな。よし！　じゃあ楽器預けるやつは吹奏楽部！　俺は今からじいちゃんに電話するから、みんなも各自連絡。帰れないやつはみんなじいちゃんのワゴンな！　じゃ、リョウ。俺ちょっと教室行ってくるから後よろしく！　いや～、今日が定休日で助かったー！」</div><div>　翔琉はぽんぽん指示を飛ばしてトランペットケースの留め金をパチンと閉めた。そしてリュックをひょいっと肩に引っかけ、スマートフォンを耳に当てながら廊下へ走り出す。</div><div>「おいトモ！　教室に用事なんてないだろう！」</div><div>　声を上げる燎に、廊下から翔琉の大声が届いてきた。</div><div>「教科書とノート置いてくるんだよ！　荷物は減らしておかないと！」</div><div>「翔琉！　そういうのは早く言え！　俺も行く！」</div><div>　光牙が叫びながら自分のリュックを引っ掴み、腕を通しながら猛追する。</div><div><br></div><div>「……教科書、持って帰ろうとはしてたのか。……じゃ、行ってくる。荷物見といて」</div><div>「分かった」</div><div>　優貴はウッドベースケースを担ぎ、ただ一人荷物のないピアニストに向かって小さく鼻を鳴らしてから部室を出て行った。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(53)ようこそリックのスペシャルバースデーステージへ！　お題:安藝月玲玖の誕生日]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35312924/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35312924</id><summary><![CDATA[一度炸裂すると止まらない、華麗にして絢爛なるリックワンマンショー。]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-06-18T13:17:43+00:00</published><updated>2022-06-18T13:21:37+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>一度炸裂すると止まらない、華麗にして絢爛なるリックワンマンショー。</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「ハローーーーッエブリワン！！　ようこそリックのスペシャルバースデーステージへ！　今日という輝かしい記念日に、忙しいキミたちがこうしてボクのために集まってくれたことをボクは……ボクは……うっ、ううっ」</div><div>　玲玖は部室の天井を突き破らんばかりに高い声を上げたかと思うと、突然肩を震わせた。廊下側の端の席で輝之進が小さなため息をつき、反対側の端の席で奏斗が露骨に体の向きを変え窓の外を眺め始める。</div><div>「あのー、リックさん。嬉しい気持ちはよーくわかりますけど、そろそろ次進めてもらえます？」</div><div>「そーそー、尺足りないですよー。ケーキが待ってるんですから」</div><div>　拓夢が困った笑顔で声をかけ、煌真と蒼弥が続く。</div><div>「そうだぞ！　男なら晴れ舞台は堂々と！　って言ってたのはお前だろ？　頑張れよリック」</div><div>「ソーヤ！　今ボクをリックと！　ああ、リックと呼んでくれたね！？　ソーヤ！　ああ！　今日は何ていい日なんだ！　ボクはこの世に生を受け、そしてこの星屑旅団の輝く星となり皆を導く使命を授かったことを本当に誇りに思うよ！！　ソーヤ！！」</div><div>　玲玖は着火したロケット花火のように一瞬で全身に生命エネルギーをたぎらせ、軽やかにステージ――正確には傷まみれの古びた教壇――から踊り出た。背筋をピンと伸ばし――正確には、輝之進が眉をひそめるほどに反らしすぎではある――ミュージカル俳優のように手の指先から足の爪先まで神経を行き渡らせた、実にしなやかかつ優雅で華麗なる動きで蒼弥に歩み寄った。そして一度目を閉じ、両手を広げ天を仰ぎ、この世の万物に感謝を捧げた。それからやっと蒼弥と向かい合い、熱い友情の握手を求めた。蒼弥は突然の感謝の祈りに一瞬戸惑いこそしたが、玲玖の求めに一切ためらわず、笑顔で右手を差し出してがっちりと握手を交わす。</div><div>「俺もお前と一緒に音楽やれて嬉しいよ」</div><div>「ソーヤ！　ボクもさ！！　ありがとう、本当にありがとう！！」</div><div>　玲玖は握った手を上下にブンブンと振ってから離し、また同じような歩調でステージに舞い戻っていった。ロランはにこやかに微笑み、のんびりと脚を組み替える。その隣で新は壁の時計をチラリと見上げ、そわそわと座り直した。</div><div>「みんな！　改めてお礼を言わせてくれ！　ボクはキミたちと共にこの星屑旅団で夢を形にできることを心から幸せだと思っているよ！　これからも旅団で燦然と輝くトップスターとしてキミたちを率いてみせようじゃあないか！　ボクらのゆく先には時に険しい道もあるだろう。でも！　大丈夫！　ボクがいる限りキミたちは安心さ！　どうか大船に乗った気持ちで……そう、ロイヤル・セレブリティ・リック号とでも呼んでくれたまえ！！」</div><div>　突然の船出に、それまで舟を漕いでいた奏斗がげっほげほと咳き込んだ。煌真と拓夢が隠しもせず笑いだし、</div><div>「ほなリックさん、出航しましょ出航！」</div><div>「んでケーキ食べましょ！」</div><div>　と声を上げる。</div><div>「ありがとう！　ありがとうみんな！　じゃあ記念すべき船出にボクの音楽を捧げよう！　聴いてくれ！」</div><div>　玲玖は今日一番のハイトーンボイスを披露し、ピックをつまんだ手を高らかに掲げた。玲玖は七つの客席を見回し、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、幸福に満ちた笑顔を浮かべた。</div><div>　そして孤高のギタリストリックに姿を変えた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[(52)喉元過ぎれば　お題:梅雨]]></title><link rel="alternate" href="https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35126459/"></link><id>https://smaltshobo.themedia.jp/posts/35126459</id><summary><![CDATA[SC2年生。今日もミケとキティは激しい口論に。でも今回仲裁に入ったのは堂嶌先生ではなく……？]]></summary><author><name>h</name></author><published>2022-06-11T13:23:33+00:00</published><updated>2022-06-11T13:25:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>SC2年生。今日もミケとキティは激しい口論に。でも今回仲裁に入ったのは堂嶌先生ではなく……？</div>
		</div>
	
		<div>
			<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「だから力任せにやるなって言ってるだろ。いい加減学習しろよ」</div><div>　優貴はウッドベースをスタンドに預けるなり、あからさまなため息をついた。この日何度目かの音合わせを終えた部室には、肌にまとわりつくような湿気が充満し、白い照明の光では冷やしきれないほど不快な熱がこもっていた。閉め切った窓の外では、朝から続く雨がざあざあと音を立てている。優貴は重苦しい外の景色を睨みつけると首を左右に振った。膨らんだ癖毛が揺れる。優貴はいらいらした様子で何度か手櫛を通し、そのまま光牙に一瞥もせず立ったまま壁にもたれた。</div><div>　当然、光牙はそんな優貴の態度に黙ってなどいられない。すかさず大声を上げて詰め寄る。</div><div>「んだと！？　パワーとインパクトがねえとここは締まんねえだろうが。翔琉もそう言ってたじゃねえか」</div><div>「確かに音圧は大事だ。でもそれ以上に重視しなきゃいけないのはボリュームより質」</div><div>「はいはいお坊ちゃんは上から目線で簡単に言いやがりますねえ！　俺のドラムの質が低いって言ってんのかよ」</div><div>「ああ低いよ、単細胞のくせによく気が付いたな。褒めてやる」</div><div>「そういうのも上から目線で腹立つっつってんだよ！！」</div><div>「ドラムも力任せなら声も力任せだな」</div><div>「はあ！？　てんめえ調子に乗りやがって……」</div><div>　光牙がいよいよ腹の底から唸り、優貴の胸倉を掴まんと一歩踏み出す。しかしそこで、</div><div>「ストーップ！！　ストップ、ストーップ！！」</div><div>　と、両手を広げた翔琉が割って入った。完全に不意を突かれた光牙は、怒りに任せ鉾先を翔琉に向ける。</div><div>「止めんじゃねえよ翔琉！　今日こそこいつを黙らせないと俺の気が済まねえ！」</div><div>「黙るべきなのはそっちだろ。吠えるしか能がないんだから」</div><div>「はいはいわかった、よーくわかったから！」</div><div>　翔琉は右手で光牙の肩を、左手で優貴の肩を叩く。しかし感情のたっぷり込もったその言い草は、わざとらしく芝居がかったように聞こえたらしい。光牙と優貴は二人揃って翔琉にしかめっ面を向けた。</div><div>「わかってねえだろ」</div><div>「分かってない」</div><div>「なんだよお前らほんとは仲いいんじゃん！」</div><div>　ぽんぽんと二人の肩を叩く翔琉に、光牙と優貴は同時に怒号を投げつけた。</div><div>「よくねえよ！！」</div><div>「良くない！」</div><div>「あっはっはっは！」</div><div>　しかし翔琉はどこ吹く風。そのまま二人の背中をぐいぐいと押して廊下へ送り出してしまう。感情のやり場をなくした二人は抗えずにされるがまま。最後には廊下を別々の方向へ歩いて行った。</div><div><br></div><div>「ふー、いっちょあがりーってとこかな！」</div><div>　翔琉は初夏のようなサッパリとした笑顔で戻ってきた。</div><div>「智川くん、流石の手際ですね。僕には真似できそうもない」</div><div>　大和が感嘆し、燎がやれやれと小声を漏らす。</div><div>「真似していいものじゃないだろう。全く……結果的にまとまったからよかったものの、見ていて冷や冷やしたぞ」</div><div>「リョウは心配しすぎなんだって！　こういうのはまとまればオッケーオッケー！　にしても梅雨はなあ……毎日雨ばっかだと色々心配になるよな。楽器もだけど……」</div><div>　翔琉は椅子に浅く腰かけて脚を投げ出し、優貴が消えていった廊下をチラリと見た。それからトランペットを手にサッと立ち上がり、大和と燎に快活な笑顔を見せた。</div><div>「ま、どうにかなるだろ！　うだうだ言ってる間にすぐ夏だ！」</div>
		</div>
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