(45)タイトル未定 お題:花見

太陽と月中心SC初期メンカルテット。モブ生徒少し。合併直後の4月をあれこれ捏造。



「ありがとうございました~」
 いつだって放課後は楽しみだ。早く吹きたくてたまらない。でも終礼の挨拶がこんなにまどろっこしいと思ったのは初めてだった。机の横のフックに完璧にまとめておいた荷物をかっさらい、ちょこちょことクラスメイトの間を抜ける。
「智川! ぶつかんなよー」
「ごめんごめん! 今日は急いでるんだよ!」
 早く帰りたいのはみんな同じ。でも今日ばかりは譲っていられなかった。背中で適当な返事をしながら教室を飛び出す。他のクラスはまだ終礼中らしく廊下はガラ空きだ。ラッキー! と空いた片手を強く握りスタートを切った。

 まずはまっすぐ突き当りまでダッシュ。すぐ隣の2-Bで先生が熱心に喋っているのがチラリと見えた。ユーキは時間がかかりそうだ。少し走ればすぐに2-D。ここは今まさにみんな立って解散を始めたところだった。こちら側の窓枠の陰にリョウの後ろ姿が見える。窓は全開だ。ツイている。少しだけスピードを落としリョウの右肩をポンと叩くと、カバンを手にした右肩がビクッと跳ねた。
「トモ!」
「リョウ! 先に行ってるからなー!」
 即スピードを上げて再びダッシュ。リョウには悪いけど、人を驚かすのってやっぱりちょっと楽しい。誰でもいいってわけでもないし、いつでもいいってわけじゃない。ちゃんと相手や時間は選んでる。リョウが言うところのTPOだ。人を驚かすのにTPOも何もないと思うんだけど、そこをツッコんでるとキリがなさそうなのでクルッとまとめてそういうことにしている。
「行くなら一人で行け! 人に迷惑をかけるな!」
「だからこうして一人で行ってるんだよ!」
 後ろの方から、ああ言えばこう言うと聞こえた気がした。これは後で怒られるパターンだ。笑っちゃいけないはずなのに笑いが止まらない。
 2-Dの奥の渡り廊下を走り抜ける。壁際にコースを取りながら見下ろす。まだどこの部活も始まっていない。そのまま始まらないでくれよと全力で念じながら次の校舎に飛び込みすぐ左へ。階段を二段飛ばしで駆け上がる。二階分一気に上るのはさすがにきつい。呼吸だってめちゃくちゃだ。でもここを越えれば最上階。

「はあ――!」
 最後の一歩を叩きつけるように上り切る。足音よりも息の方がうるさいくらいだ。胸いっぱいの深呼吸を何度か繰り返してもなかなか収まりそうにない。やりすぎたかな、でも仕方ない。楽しみなものはしょうがない。
 一番奥の部屋。ズボンの右ポケットからカギを取り出して差し込む。クルリと回すとカチャンと鳴り、カギが開く。そんな当たり前のことがこんなにも嬉しい。我慢なんてしていられない。一秒だって無理だ。
 合併初日から毎日先生に頼み込み、三日目の昨日にしてついにもぎ取った空き教室。本当なら正式な部活一覧が決まり活動が始まるのは五月。なのにサッカー部のようなスタンダードな部活は黙認のような形で既に活動していた。俺はそこを押しに押した。サッカー部が夏の大会のために早く練習するなら他の部活だって同じだ、吹奏楽部や軽音楽部はいいのに何でジャズ部はだめなんだ、合併元のグランドピアノが一台空いているのはもったいない。そんな勢いだ。
 まさに三顧の礼だな、と部室に入る。まだ掃除が済んでいないのはご愛敬。こちらには掃除当番がいるから問題なし。合併元から運ばれてきた中古だけど、ちゃんとグランドピアノもある。その隣にはユーキのウッドベースと自分の相棒。そしてその隣にはドラムセット……を置くためのスペース。ドラムは軽音部に取られてしまった。どうにかして早く準備したい。すぐ光牙に来てもらえるように。遅くても正式な認可が下りる五月までには。
「よっし! やるか!」
 声に出して気合いを入れ直す。気付けばだいぶ息も楽になってきた。荷物と相棒を持ち替えて部室を後にする。もう一度カギをかけ、引き抜いたカギを……どうするか打ち合わせするのを忘れていた。このままだと出発できない。でもカギをその辺に置きっぱなしにするのはさすがにまずい。と悩んでいたところに救世主が現れた。
「トモ。さっきのあれは何だ。しかも人の話を聞かずに。廊下を走るのもいかがなものかと思うぞ。ケガでもしたらどうする。大体トモは」
 今だ!
「ご忠告さんきゅー!」
 階段を上がったばかりのリョウに向かってカギをぶん投げる。チャリンと小さな音がして銀色のカギが飛んでいく。野球はあまり経験がないから自信がなかったけれど、コースも勢いもバッチリ。日頃のゴミ箱シュートはこんな時にも役に立つみたいだ。
「なっ……!」
 リョウは慌てて手を伸ばした。でもカギの方が一瞬早かった。リョウの中指の上を通り過ぎ、床にチャリンチャリンと落ちて滑っていく。
「物を投げるな! すれ違いざまに直接手渡せば済むだろう」
「ごめん! だってこっちの方が楽しいかなーと思ったんだよ」
「お前の独断で何もかも決めるんじゃない!」
「それもごめん!」
「それを謝罪とは認めたくないな」
「じゃあ今からすごいの吹くからそれでチャラってことで!」
 決まった。我ながらいいことを言ったと思う。多分これでリョウは許してくれるはずだ。
「全く……」
 よし。

 リョウと入れ替わりにさっきの階段を上る。その先はこれだ。左のポケットから別のカギを取り出して開ける。貸してくれたクラスのやつには今度何かおごろう。まさかこんなに早く屋上のカギにありつけるとは思わなかった。何でも頼んでみるものだと思う。
 丸いドアノブをひねって押し開ける。ひゅうっと風の音がした。よく晴れた空だ。ずっと走っていたからか少し暑い。パーカーを脱いでその辺にふわっと放り投げ、長袖のTシャツ1枚になる。風が気持ちよくてちょうどいい。
 セッティングを終えて音出しに入る。自分の心臓が鳴っているのが分かる。走っていた時とは違う音だ。相棒の調子を確かめて一度腕を下ろし、呼吸を整える。すると下の方からピアノが響いてきた。リョウも音出しを始めたみたいだ。きっとすぐにユーキのベースも鳴り始める。この距離と風でうまく聞こえるか心配だけど、そこは運動部に遅刻してもらおう。フェンスに近づいて景色を見渡す。校門前に並ぶ桜は半分くらいが緑色。でも咲いていることに変わりはない。
 相棒を構える。気持ちよさそうにキラキラした姿を見ていると、何でも吹けそうな気がしてくるから面白い。部室にいるリョウとユーキが俺の演奏に気付くまでずっと俺のソロだ。気付いてほしくないような、いや、やっぱり気付いてほしい。
 いくぞ――花見セッションだ!