ゆるゆるわちゃわちゃSC2年生。優貴がベストを着ている理由を考えたらこうなった。どうしてこうなった。
「そういや、ユーキってよくベスト着てるよな。何か理由でもあんのか?」
翔琉はツナマヨおにぎりをかじりながら尋ねた。部活の休憩時間。部室には、練習中と打って変わってのんびりした空気が漂っている。優貴は顔をしかめ、翔琉の口元にくっついている米粒から顔を背けた。
「理由があったら何なんだ」
「いや、特に何もないけど。やっぱベースと関係あんのかなーと思って」
「ああ、そういうこと」
てっきり、おしゃれや個性がどうこうと突っ込まれるのかと思いきや、そうではなかった。面倒なことにはならなさそうだ。優貴は顔の緊張を解き、プラスチックカップのアルミ蓋にストローを刺した。
「弾くと結構暑くなるから薄着のほうがいい。あと、腕が動かしにくいと困る」
優貴は答え、カフェオレを一口飲んだ。カップの冷たさが、ウッドベースの指板をずっと押さえていた左手に心地いい。弾いている間はずっと左腕を上げっぱなしだ。腕全体を激しく動かすことはない。けれど、硬い生地のジャケットを着ていると、肩から肘がどうしてもこわばってしまう。かといって、あの直情単細胞ドラマーのようにTシャツを着る気は一ミリもない。結果、この格好に落ち着いた。
「神条くんもそうだったんですね」
大和が緑茶のペットボトルを手に調子を合わせる。
「確かに、大和もちょいちょい腕まくりしてるもんなあ!」
「はい。僕も神条くんと同じでずっと腕を上げますから、動きやすい方がいいんです。そういう智川くんも、パーカーなのはトランペットを吹きやすくするためなんでしょう?」
突然話を振られた翔琉は、ギクッと肩を震わせる。
「え? あー……まあ、そういう理由もあるっちゃある、かな? うん、今日からトランペットのためってことにしよう!」
翔琉は目をたっぷり泳がせたあと、空になったおにぎりのフィルムをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げ、オレンジジュースのストローに口をつける。
同時に、ピシッとアルミ缶が変形する音が走った。
「トモ、取ってつけたような言い方は良くないな。魂胆が見え見えだぞ。まあ、俺としてはその方が指摘しやすくて助かるんだが」
「げっ、リョウ!」
「何だその反応は」
燎は缶コーヒーのボトルの蓋を回して閉めると、翔琉の前で両腕を組んだ。
「それもこれも、お前が浅慮なのが原因だろう」
「うぐっ……けどさ、私服着てくんのは校則でもOKってなってるだろ? なら別にいいよな?」
「――っ、まあ、確かにその通りだ。パフォーマンスが上がるなら服装も検討の余地あり……ということか」
言い淀んだ燎に、翔琉は目の色を変えた。今がチャンスとばかりに詰め寄る。
「そうなんだよ! それに、パーカーって袖がこうなってるから、暑いとき腕まくりしやすいんだよ。Yシャツだと落ちてくるだろ?」
翔琉が自分の袖口をずらして実演してみせると、燎は真面目な顔で唸った。「合理的な理由ですね」と呟く大和を「黙ってろカケルが調子に乗る」と優貴の小声が封じる。
しかし、そんな二人の戦略的密談は翔琉の一言で破綻した。
「リョウも着てみろよ、パーカー」
「はあ!?」
「パ、パーカー……ですか」
二人が呆気にとられているのを気にも留めず、翔琉は振り返る。
「なあ光牙、腕が楽な方がやりやすいよな」
「たりめーだろ。ガチでやってんだから」
光牙は大口でイチゴジャムパンをぱくついた。半袖の腕で紙パックの牛乳を取り、一気に飲み干す。
「……一利あるな」
頷いた燎の面持ちが真剣そのもので、優貴と大和は思わず声を上げてしまう。
「リョウ!?」
「堂嶌くん!?」
「腕の可動域は大事だろう。服装という切り口は今まであまり考えたことがなかったが、いい案だと思う。実際にみんなが取り入れている、という実績があるしな。実を言うと俺自身もジャケットには窮屈さを感じていたんだ。軽くて暖かく、動きやすい服は試して損はないだろう」
「ですが堂嶌くん、いきなりパーカーというのは……」
「ああ、それは俺も難しいと思っている。何しろ持ってないからな」
「えーっ!? いやいや……そりゃあリョウが着てるの見たことないから、それもそうかって感じだけど……」
「ああ、だから練習中はカーディガンを着てみるつもりだ」
燎は一人スッキリとした顔で缶コーヒーを片付け、ピアノの前に腰を下ろして楽譜をめくり始めた。
三人分の飲み物が、だらんと垂れ下がった。
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