新と拓夢。お正月恒例のアレ。スイーツ同好会一流会員にして鳴海様プロ信者の影山新様。神御用達の名店の味を見事当てることができるのでしょうか!正解はお話のラストで!!
ごくり。
つばを飲む音が頭の中で大きく響いた。ヘッドホンをしている時みたいだ。つけているのはアイマスクだけなのに。
「DJ先輩、大丈夫ですか? 緊張してはります?」
栢橋くんに言われるまま頷く。心臓がバクバクして息がまともにできない。真っ暗な視界の中で目が回る。背中を丸めて机に手をついていないと倒れてしまいそうだった。自分が今どんなメンタルかなんて、もう全然わからない。
「……やっぱり栢橋くんが食べた方がいいんじゃないかな。リアクション上手なんだし」
「いや〜、オレからしたらDJ先輩の方が相当やと思いますけど」
「そんな! 俺のリアクションなんて面白くもなんともないよ……」
「まあまあ。今日は練習なんですから、ラク〜にしましょうよ。プリンをペロッと食べたら終了ですよ?」
「そそそ、それはそうかもしれないけど! 鳴海くんの大好きなお店のプリンだよ!? そんなの絶対当てなきゃ今ここで死ぬしかないよ信者失格以前に人としてダメだから!!」
「だいぶスケールでかいですね……まあとりあえずロランさん事情は一旦置いといて、一口お願いしますー」
一旦置いとけるならこんなに苦労はしてないよ!! と心の中で絶叫する。栢橋くんは何ともないらしく、ほな出しますよ〜と軽いノリで準備を始めた。
栢橋くんは何でもテキパキしていて、飲み込みが早く、要領も良かった。動画の編集を教えているときもそうだ。俺が次に何を言おうとしてるのか分かっているみたいで、教えるそばから「次はこうですか?」と聞いてくる。鳴海くんもびっくりするほどのスピードだった。
こんなにできるなら他にも得意なことがあるかもしれない。そう考えた鳴海くんが「もし星屑チャンネルでやってみたいことがあったら教えてほしい」と持ちかけたところ、栢橋くんは何と翌日にアイデアを提案。その三日後にロケハンが決まってしまった。
それが、これだ。
――ほら、年末年始とかにやるじゃないですか。芸能人がたっかい料理とやっすい料理を目隠しで食べるやつ。あれどないです?
――動画でやるとなると……そうだな、僕らは顔出ししないから難しいかもしれないね……でも面白そうだ。僕は賛成だよ。旅団のゲーム大会でやってみるのはどうだろう。文化祭にも応用できるかもしれない。一度試してみようか。
――あ〜、確かに動画はそれが難点でしたね。すいません。
――気にしなくていいよ。急に声をかけた僕にも非がある。それに、個人的にすごく興味があるんだ。
――ほんまですか? ロランさんアイマスクつけて食べるやつやります?
――うん。やってみたいね。
――え!? 鳴海くんだめだよそんな!! 自分から処刑台に立つなんてどうかしてるよ!!
――そうかな。日本のテレビショーにはあまり詳しくないけど、僕は楽しいと思うな。ルールはとてもシンプルなのにあんなに盛り上がるんだからすごいよ。それに、クイズに答えるだけなら僕にもできそうだし。
――うっ……! 一回で当てにいく鳴海くんマジで神すぎるよでもそうじゃない!! 俺は信者として神である鳴海くんを危険にさらすわけにはいかないんだ! こういうのはまず俺みたいな凡人が実験台になってからじゃないと!!
何であんなこと言っちゃったんだろう……。あの言葉に嘘はない。後悔もしていない。けど。
俺のぐだぐだモヤモヤをよそに、ベリベリと音がする。栢橋くんがプリンのフタを開け、使い捨てスプーンの準備をしているのだろう。実物はさっき俺も見せてもらった。片方は鳴海くん御用達のパティスリーで買ってきた、一つ六百円の期間限定かぼちゃプリン。もう片方は栢橋くん御用達の激安スーパーで買ってきた、一つ六十円のかぼちゃプリン。
値段の差は十倍。でも一ミリも自信がない。どちらも一回しか食べたことがないのだ。
パティスリーのかぼちゃプリンは最近発売されたばかり。栢橋くんのよく行くスーパーは俺の家とは逆方向。俺の近所にあのプリンはほとんど置いていない。たまたま一度だけ運良く買えただけだ。
ああ、やっぱり俺は信者失格だ! プロ信者なら、鳴海くんのお気に入りは一から億まで全部覚えておくのが当たり前なのに! 俺ときたら鳴海くんが初めてかぼちゃプリンを買ってきてくれたとき、崇高な話を聞くのに夢中で、味の感想を三行しか書いてなかった! 次からスイーツ同好会食レポはもっともっと細かく書かないと。読み返したら全部思い出せるくらいに。うん、そうしよう。いま食べる分からしっかりきっちり頑張ろう。
よし。
決意をしたところで、栢橋くんもちょうど準備ができたみたいだった。
「なんやDJ先輩、急にテンション上がってはりますね。その調子で頼んますよ! Aのプリンいきますからね。はい、どうぞ〜」
頷いて口を開ける。舌の上に小さなスプーンが乗っかった。
アイマスクの内側で目を閉じ、全部の神経を口の中に集める。冷たいプリンはすぐにとろんと溶けて広がった。舌触りはすごく滑らかで、繊維の感じはほとんどない。かぼちゃの味もしっかりしている。でも生クリームのまろやかさもある。バランスのいい味だ。口の中からゆっくりと甘さが消えていく感じもいい。しつこくなくて、いくらでも食べられそうだ。ああ、作業の休憩時間にこういうのを食べたらものすごく捗っちゃうだろうなあ……。
「栢橋くん、次お願いするよ」
「はい。じゃあBのプリンいきますね」
さっきと同じようにスプーンがやってくる。スプーンが引き抜かれて舌の上にかぼちゃプリンが落ちた瞬間、俺はアイマスクの中で目を見開いた。
……全然違う!!
何だろうこの違い。こっちはかぼちゃの味がいきなり主張してくる。ぶわっと香りがはじけて、首から上が全部かぼちゃになったみたいだ。そういえばそんなマンガがあったなあ。あのリアクション、賛否は分かれてたけど俺は好きだった。……いやいやそうじゃなくて!
目をぎゅっとつぶり直す。こんなにかぼちゃが強くて大丈夫なのかな。自分に聞きながらじっくりと味を確かめる。鳴海くんと食べたときのメモは、ヒントになるからと見直し禁止になっている。俺にあるのは、あやふやな記憶と一ミクロンの信者力だけだ。
「栢橋くん、決まったよ」
「わかりました。じゃあDJ先輩、答えをお願いします」
「うん、鳴海くん御用達のパティスリーのかぼちゃプリンは……Bだと思う」
「Bですね? ほな正解出しますよ。正解は〜?」
ジャカジャカジャカ〜、と栢橋くんは口でドラムロールをしだした。そういえばアイマスクっていつ外すんだろう。聞けばよかっ……
「正解は、Bです!!」
「やったあああああ!! 鳴海くん!! 俺はやったよーーーー!! 鳴海くん鳴海くん鳴海くううううん!! あーーーー!!」
足が勝手に椅子を蹴り飛ばし、手が勝手にアイマスクをはぎ取っていた。鳴海くん、俺はやったよ鳴海くん!!
「いやもうほんますごいの一言ですわ……あんな緊張してたのにパクッといっただけでほぼ即答ですもん……もうロランさんの出番いらんのとちゃいます?」
「それはだめだよ!! 神の出番は全人類待望なんだから!!」
「え? ロランさんは出たらあかんって最初言うてはりましたよね?」
「そうかもしれないけどそうじゃないんだ!! ああどうしようどうしよう! ええとええと、そうだ! とにかく鳴海くんに報告しないと!」
転がっていた椅子に足を取られながらリュックに飛びつく。ファスナーを開けるのももどかしい。できる限りの全速力でスマホを取り出してチャットアプリを起動し、一番上に固定している鳴海くんの連絡先を開いた。
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