野点

(桜シリーズ)桜の下に埋まっているものワビサビ編。燎と大和から見たロラン。茶道知識ゼロ。



 竹の籠を携えて僕は庭に出た。
 堂嶌くんは先ほどの僕の言葉に素直に従って縁台に腰掛けていた。野点傘が白いシャツの背中に薄赤い影を落としている。
 準備が色々とあるだろうから手伝おうと堂嶌くんは言ってくれたが、例え気の知れた仲間の気遣いであっても僕は断らなければならなかった。きちんと周囲を掃き、最も良い景色が楽しめる場所に縁台を設え、真っ直ぐに毛氈を敷く。この庭で僕がお茶を振る舞うと決めた時点で、相手は皆お客様だ。
 砂利の音が耳に届いたのか、堂嶌くんはこちらを振り返り立ち上がった。
「お待たせしました」
「いや、大丈夫だ。もてなされるばかりというのもくすぐったいな」
「そうですね」
 僕は籠を縁台に置き、手で促した。堂嶌くんは頷いて再び腰掛ける。その手には文庫本が収まっていて、彼はページの途中に指を挟んでいた。
 触れていいものか少し悩んだが、僕に見られるかもしれないと想定はしているはず。ならきっと大丈夫だろうと僕は判断した。話題作りも大切な仕事の一つだ。
「すみません、読書の途中で」
「構わない。詩集だからすぐに切り上げられる」
「詩集、ですか」
 思わぬ答えに僕はつい言い淀んでしまった。これは失態だ。
「意外だろう。俺もこういう物は初めて読むんだ。実は鳴海に押し付けられた」
 そんな僕の考えを読み取ったかのように堂嶌くんは答えた。裏のなさそうな小さな笑みに僕はこっそり胸を撫で下ろす。押し付けられたとは言っているが、さほど困った様子は見られない。
「全く、何を考えているんだかよく分からない奴だな。桜の木の下に死体が埋まっている という表現についてどう思うか意見を聞きたい、と突然言い出して……真意は読めないがせっかくの機会だからと受け取ってはみたんだが」
「梶井基次郎……でしたっけ。鳴海くんらしいといえばらしいですが。外国出身の方から日本文化を勧められるのは不思議な心地がしますね」
 僕は籠から野点の道具を一つ一つ取り出して並べる。
「確かに」
 堂嶌くんは指を挟んでいたページに紐の栞を挟み直してから本を閉じ、脇に置いた。それから膝の上で指を組み、正面に植っている八分咲きの花桃を見やる。
 我が家の庭に桜は植えていない。その作品を連想させるからという理由や古くからの言い伝えもあるが、実際は害虫が寄り付きやすいとか、長く伸びた根が家の基礎を壊してしまうとか、落ち葉掃除が非常に手間だとか、そんな現実的な問題が理由だ。
「想像したことすらなかったな。そういう発想が出来る人間が羨ましい」
「まあ、我々は理系ですから」
「それもそうか」
 堂嶌くんは今度は腕を組み、下を向いて笑う。
「興味深い作品だったし絵になる情景だと思う。心に強く訴えかける鮮烈なイメージもあった。ただ、それは鳴海の求めている答えとは違う気がして……もっと具体的で感覚的な批評を求められているのは分かるんだが……正直言うと悩んでいる。大和はどう思う」
 まさか自分に振ってくるとは思わなかった。僕は懐紙を盆にのせる手を止めて唸った。
「そうですねえ……僕もあまりこういったことには。まあ、ここはひとつ思い切って……文系の人間に質問すべきだ、とか」
「ふふ、そうか、なるほど」
 堂嶌くんは拳を手に当て、顔を背けて笑い出した。
「納得しないだろうな」
「でしょうね」
 僕も思わず吹き出してしまった。身を捻って堂嶌くんに背を向ける。
「やっぱりちゃんと考えましょう」
 僕はやっとのことで箸を手に取った。菓子入れの中から桜の花弁を一つ摘んで懐紙にのせ、堂嶌くんに差し出した。