[05]二度目の朝

ゲーマー奏斗。ヘッドホンとPCメガネの設定をお借りしました。ありがとうございます。



「……お疲れ様でした」
 最後の声はカサカサに掠れきっていて、ほとんど潰れかけた呟きだった。パーティーメンバーに聞こえていたかすら怪しい。
 しかし訂正する気力も体力も残ってはいなかった。カーソルが視線と同じようにするすると滑って通り過ぎそうになる。ボイスチャットの退室とパーティー解散を選択するまでにいつもの倍の時間がかかった。
 ログアウト時のオートセーブは常にオンにしているが、今回ばかりは信用できない。オプションに入り手動セーブを選ぶ。たった今全身揃えたばかりの新作防具のグラフィック上に「セーブしますか」のダイアログが表示された。
「はい」を選びダイアログが「セーブしています……」に変わったのを見届けた瞬間、急にコントローラが重さを増した。つられて頭ががくりと前に揺れる。たまらず右手をコントローラから離してテーブルに肘をつき、手の平で額を支えた。ヘッドホンからはのんびりとした牧歌的な村のBGMが変わらず流れ続けていたが、熱を持った眼球の奥でジリジリとセミが鳴き始めた。
 PCメガネとヘッドホンを外すと、その鳴き声ははっきりとした形になって耳に届いた。中にこもっていた空気が抜けて、わずかな爽快感と寂しさが現実に帰ってきたことを思い知らせる。メガネに点々と細かな白いホコリが付いているのが見えた気がしたが、今回ばかりは見ないふりを決め込むことにした。
 
 ペットボトルの底に少しだけ残っていたミネラルウォーターを飲み干す。生温かい。いっそ熱湯を飲んだ方がましかもしれない。それでも、何もないよりは。
 今は一階に降りて冷蔵庫の物を取ることすら億劫だった。エアコンの羽根は目一杯片側に寄せていたが、瞼の裏と眼球がざらりと擦れて痛む。目薬は――、切らしていたんだった。買いに行かないと。ぎしぎしと軋む首を窓の方に向けると、閉め切った遮光カーテンに鋭い陽射しが殺到し、隙間から容赦なく部屋に侵入している。
 
 テーブルのふちに手をかけて慎重に腰を上げる。指先にうまく力が入らない。しっかりと踏ん張っていたはずなのに、また頭ががくりと揺れ上半身がぐらつく。両手に体重をのせてどうにか支える。
 頭の中で火山と村のBGMがマッシュアップされるように入り混じり、打撃音と鍛冶屋の槌の音が耳を打つ。ヘッドホンはさっき外した気が、と確かめようとした目が意識を離れてテーブルの上を滑空して遮光カーテンを高速で横切りその勢いのまま扉の前を過ぎ去りシーツに遮られ、ああそういえば報酬画面のコード進行はと三本の指がひくりと動いた瞬間、
 
 何も聞こえなくなった。