[09]あの日の話をしよう

燎・光牙・優貴がインビジ1stのビンタの話をします。光牙が仲間思いゆえにロランのことをあれこれ言います。このSSに特定のメンバーをDisる意図はありません。




「……なあリョウ」
「どうした」
 光牙は丸いスツールに腰掛けたまま燎を見上げた。右手には今日の仕事を終えたドラムスティックがある。その声はいつになくためらいがちで、それでいてどこか確かめるような口調だった。燎はピアノの蓋を丁寧に閉めて振り返る。
「……珍しく歯切れが悪いじゃないか」
 なかなか口を開こうとしない光牙に燎は手を腰に当てる。いつもならすかさず斬り込む優貴も、今は壁に背中を預け腕を組み押し黙っている。
「あー……いや、その。……クソッ!」
 そんな二人に光牙は一人で悪態をつき、両足を床に叩き付けて立ち上がった。三人だけの部室にドスンと大きな音が響く。燎はまばたきをし、優貴は顔をしかめる。
 光牙はドラムスティックをスツールに置いてずかずかと歩み寄る。しかしそれもたった数歩。燎から随分離れた所で止まってしまった。燎はじっと観察するように光牙を見つめ、首をわずかに傾けた。
「リョウ。……鳴海をどう思ってる」
 やっとのことで光牙が口を開いた。その低い唸りように燎の眉がひくりと動く。
「つかあいつと同じクラスで何とも思わねえのかよ。あいつは翔琉に」
「…………なるほど、そういうことか」
 押し殺すような光牙の声色は、怒気が出たり消えたりを不安定に繰り返す。それを受け止めるように燎は重々しく頷いた。グランドピアノの黒い椅子を引き出して光牙に向けて置き、手近にあった別の椅子を運んできて向かいに据えた。翔琉がよく使っている物だ。光牙は口を開けて燎を見返したが、頷く燎に従い黙って腰を下ろした。
「ユウ」
「……はあ」
 離れた自分の定位置に座ろうとしていた優貴に、燎は目ざとく声を掛ける。優貴は渋々手元の椅子を運び、二人の間に置いて腰掛けた。
「これは俺個人の問題じゃない。俺たちの問題だからな。だからコウも気にしていたんだろう?」
「……まあ、な」
 光牙はぽつりと漏らして俯く。燎は腰を下ろしつつ、推測が当たって良かったという風に二度頷く。そして少しためらってから口を開いた。
「結論から言う。今回の件は手を出した俺も同罪だ」
「はあ!? 何でだよ! お前は悪くねえだろうが。あいつが翔琉の弱みにつけこんで一方的に!」
「落ち着け」
「そうだ最後まで聞け。ただリョウ、正直言って今回ばかりは俺もコウに同感だ。そんなにあいつの肩を持つ必要なんてないだろ」
「別に肩を持っているつもりはないんだがな。暴力に頼らず片が付くならそうした方がいい。コウなら分かるだろう」
「……ああ」
 光牙は膝の上で両手の拳を握りしめる。
「鳴海の考えていることは大体わかる。それは今も変わっていない。やり方にそれなりの理屈が通っているからな」
「どこがだよ! 相手チームのリーダーを引っこ抜くことに理屈も何もないだろうが! こっちの気持ちはどうなんだよ!」
 かぶせるように光牙が吠える。燎はゆったりと組んだ脚の上で指を組み合わせて息を付いた。
「だからそれなりにと言ったんだ。鳴海の手段には何というか……思いやりがない、というべきか。相手を精神的に追い込んで本質を引き出すのが得意なんだろう。合理的だが非情でもある」
「……どういうことだ」
 目をギラつかせていた光牙の眉間にピクリと皺が寄る。燎は指を口元に当てて少し考えてから話し出した。
「そう……だな。根性のある奴は追い詰められて苦しんでも必ず立ち上がる。この考えは分かるか」
「ああ」
 砕かれた言葉に光牙は顔を上げ、燎を真っ直ぐに見据えて大きく頷く。
「なら簡単だ。ポテンシャル……まあ、本物の熱意や強いやる気だと思ってくれ。そういうものを持っている人間は、一度の挫折や悩みで諦めると思うか?」
「いや、それはねえだろうな」
「なるほど、それがカケルってこと」
「ああ」
 光牙の即答に優貴が結論を先取りする。
「大体分かった。鳴海はカケルを試した。お前が本物ならこの状況下でも自分で解決できる。俺が認めたライバルならやってみせろ。そんなこともできない奴が率いるSwingCATSに用はない。ただしカケルは捨てるには惜しいから星屑がもらう。リーダーの資質がないならないで、優秀ないちトランペッターとしてキープしたい。そういうことか」
「どっちにしろ腹立つ話じゃねえか!」
 光牙は手の平を膝にバシンと叩きつけ、腹の底から吐き捨てる。
「だから落ち着け。思いやりには欠けるとさっき言っただろう。とにかく鳴海の動機は分かったな?」
「ああ、大体分かったよ。ったく、それならそうとちゃんと言えよな」
「それじゃあ意味がない。自力で答えを出して這い上がってこれる人間こそが、鳴海にとっての本物の逸材なんだ。理由を明かしてしまったらただの励ましだからな」
「めんどくせえ!」
 光牙は頭をガシガシと掻きむしった。
「仕方ないだろ。単細胞とはとことん相性悪い相手なんだから」
「んだとてめえ!」
 優貴は鼻を鳴らし部室の扉の方に顔を背け、癖毛を耳にかけながら混ぜっ返した。燎はリラックスしたように目を伏せて息を吐きながら苦笑する。光牙は体ごと優貴の方を向いて食ってかかり、今にも立ち上がらんとする勢いだ。しかし、
「で、いつまでそこに突っ立ってるつもり」
 と言う優貴の呆れた声に光牙はぴしりと固まってしまった。
「あー……ごめんな?入るタイミングなくしちゃって……」
 気まずそうに笑いながら、出入口の引き戸の陰から翔琉がそろそろと顔を覗かせる。
「翔琉! 聞いてた……のかよ。せっかくお前が……いない時にって」
 いよいよ立ち上がった光牙だったが、張り上げた声はすぐに勢いを失ってしまう。入ってきた翔琉がその背中をぽんぽんと叩いた。
「その……うーん……ちょっとだけだぞ?」
「嘘は良くないな、トモ」
「リョウ! ほんとのこと言っちゃだめだろ!」
 サラリと述べた燎に翔琉は食い気味にツッコミを入れて、見事に墓穴を掘った。ここぞとばかりに優貴が冷酷な追い打ちをかける。
「あーあ、引っ掛かった」
「ああ!! くっそー……リョウ!!」
「ふふ、鎌をかけてすまない。おかしくてな。ついからかいたくなってしまったんだ」
「このタイミングでかよ!」
「だからだ。俺はもう大丈夫だし、トモもそうだろう?」
「ああ。俺はなーんにも気にしちゃいない! コウ、気い遣ってくれてあんがと!」
「その、俺は別に」
「はあ……素直になれよ」
「お前が言うかよ!」
 優貴は無言で椅子を抱えて背を向けた。燎もピアノの椅子に手をかける。
「……え? お前らもう帰んの?」
「何を言ってるんだトモ、時間を見て…………いや、そうだな。コウ、何がいい」
 少しの間訝しげに燎を睨んでいた光牙だったが、合点がいったと手を腰に当ててにやりと笑った。
「あれにしようぜ」