[11]私は看板猫である

猫視点。フォロワーさんの素敵なツイートから設定をお借りしました。ありがとうございます。



 私は看板猫である。
 でも、私の名前は看板猫ではない。自分から名乗った記憶もなければ――そもそも猫だから喋ることはできないのだけれど――そうなりたくてなったわけでもない。ただこの古い喫茶店で日がな一日のんびり過ごしていたら、ある日誰かが私をそう呼び始めたのだ。

 ご主人がレコードを入れ替える。黒い円盤がくるくると回り出してふわんふわんと新しくて古い音楽が流れる。確かこれは……。
 ニャアン。
 チェット・ベイカー、と言う代わりに私は小さく声を上げてご主人の足元にすり寄る。開店時間になったらご主人はキッチンの仕事にかかりきりになってしまう。自慢の料理やコーヒーに猫の毛が入っては沽券に関わる。こうやって黒いズボンの裾に首の後ろをこすりつけていいのは今だけだ。

 猫のいる喫茶店と呼ばれるのが実はあまり好きではない。でも私は喋れないし、ご主人も止めはしない。ここはそういう店だ。コーヒーしか飲まないお客。オレンジジュースとデザートしか頼まないお客。ホットサンドとカレーとコーヒーゼリーをぺろりと平らげてさっさと出ていくお客。座っているより演奏している方が長いお客。そんな風に色んなお客がいて、誰も何も文句を言わない。猫の毛さえ入らなければ。

「いよいよ俺らもお迎えが来るのかねえ」
 いつか常連のお客がご主人に言っていた言葉を思い出す。
「どうだろうな」
 ご主人は下を向いていつものようにグラスを磨きながら短く答えていた。腹を立ててもいないし、恐れてもいない様子だった。
 私の寿命は私が思っている以上にきっと短い。お迎えとやらが本当に来るとして、それは私が先なのかご主人が先なのか。でも、猫である私には何もできない。
 私にできることは、ただこうして毎日ジャズとコーヒーとスパイスに満ちた店で尻尾をゆらゆらさせることだけだ。