(08)続・夏に冬山を仰ぐ お題:立秋

(06)ワビサビかき氷の続編。



「それにしても」
 燎は銀のスプーンを置いて湯呑みに手を伸ばす。目の前の鉢と同じ厚手の土物のそれは、思っていた以上に熱を持っていた。触れた指先を一度引っ込め、上の方に持ち替えて口に運ぶ。うっすらと立ち上る湯気にほうじ茶の香ばしい風味。あまり飲む機会はないが、どことなく懐かしさを感じる。
「すみません、熱いですよと言うべきでしたね」
「いや、構わないよ」
 喉を通った温かさが徐々に身体の内側へ広がっていく。血が通っていく感覚に、燎は安堵の息を漏らして再びスプーンを深緑の小山に差す。
 外の猛暑と熱いほうじ茶。良い勝負の温度なのに、なぜこうも違うのか。燎は考えるまでもない愚問に自答する代わりに、控えめな店内の照明を浴びてなおきらめく宇治金時を口に運んだ。
 氷と同じ温度のスプーンすら今は心地よい。滑らかな舌触りの金属を引き抜くと、しゃりしゃりとした氷が咀嚼する間もなく溶けてシロップの甘みと混じり合って消えていく。後を追う抹茶の苦味に身を任せて、燎はつい目を閉じてしまった。
「そういえば堂嶌くん、さっきの話なんですが」
「さっきの……そういえば、そうだった。すまない」
「いえ、気にしないで下さい」
 大和は普段と変わりない柔和な笑みを向けて言い終えるなり三割ほど減った大盛りにスプーンを差し込み、燎より数割大きくすくい取る。
「お待たせ致しました。鯛焼きでございます」
「ありがとうございます」
 燎が口を開きかけた瞬間、大和の目の前に長四角の皿が運ばれてきた。かたん、と陶器の鳴らす軽やかな音とは裏腹に、尻尾をピンと立て腹を膨らませた鯛焼きが二つ。
「その……やはりスポーツをしていると食事量は増えるものなのか」
「ああ、なるほど……そういうことでしたか」
 大和は両手の指先でそっと鯛焼きを持ち上げて、ふうふうと小さく息を吹きかけてから一口かじった。こんがり焼けた生地の甘い匂いがこちらまで漂ってくる。大和はじっくりと堪能するように時間をかけて咀嚼し、おしぼりで丁寧に手を拭ってから口を開いた。
「驚かせてしまってすみません。本格的な運動は辞めてしまいましたが、体力維持のトレーニングは続けているんです。当時より食べる量は減っていますが、やはりエネルギーは必要になりますね」
「なるほど」
 良かったらこちらを、と大和は蓋付きの小さな壺のようなものを勧めてきた。小さな溝から細く短い匙の柄が飛び出しており、七味唐辛子が入っていそうな見た目だ。蓋を取ってみると中には抹茶の粉末が入っていた。
「珍しいな」
「これが美味しいんですよ」
 言われるがままに一匙すくって振りかける。大和も燎から受け取ると続けて同じように一匙。
「……確かに」
 口に入れた瞬間から風が舞うように急速に抹茶の香りが立つ。粒あんのとろりとした甘さもさることながら、アイスとの相性が抜群だ。抹茶のかかった氷と粒あんとバニラアイスをまとめて口に含むと、様々な食感と香りと味が一度に溶け合う。今までにない体験に、燎は口の中に残った粒あんを味わいながら唸った。
 気付けばお互いにもう半分も食べてしまっている。もっとも、比べてはいけない相手なのだが。
「大和。迷惑でなければ、だが……またここに来てもいいだろうか」
「もちろんですよ。立秋には入りましたが、まだ暑さは続きますからね」
 大和は二匹目の鯛焼きを手に微笑んだ。