SC初期メンカルテットの本気の遊び。ここからが本番。
日曜日。今日は朝から涼しかった。
学校に行く道でいつもの自販機の前を通りかかったら百円を拾った。その百円でオレンジサイダーを買ったら当たってもう一本出てきた。途中でたまたまバッタリ会ったレイにそれをあげたらお礼にチョコをもらった。おいしかった。
予定より早く部室に着いてリョウもユーキも機嫌が良かった。昼になってもそんなに暑くなくて、窓を全開で吹いたら風がビュンビュン入ってきてカーテンが揺れまくって楽しかった。みんな調子がいい。俺は今までにないくらいに調子がいい。
――絶好調だ。
みんなお疲れ、と号令をかけて俺は即振り返って口を開いた。
「リョウ! あのさ、あれ……やりたいんだけど……どうかな? いいだろ? たまにはさあ!」
カーテンをばたつかせる風と同じくらい、今日の練習は飛ぶように終わってしまった。どう考えたって物足りない。身体はピンピンしてる。指もまだ余裕で動く。相棒もキラッキラのツヤッツヤ。
「あれを? 部室でか。出来なくはないだろうが……俺の一存では決められないぞ? お前が好調なのは分かっても」
歩み寄る俺にリョウは戸惑ったが否定はしなかった。
「コウ、ユーキ」
「いいんじゃねえの? 俺もまだまだいける」
「……どいつもこいつも。そもそも居残り練の許可が降りるのか分からないし、他のみんなだって」
「それは今からどうにかする! みんな! 片付け終わったらちょっと遊ばせてくんないかな。練習とは関係ないから、帰りたかったら帰っていいし見たいやつは見てっていいし。でも見せるからには後悔させないから!」
大和と一年生たちが怪訝そうにこちらを見てはキョロキョロと顔を見合わせて話し始める。
「じゃ、俺は行ってくる! 片付けとセッティング任せた!」
くるっとターンを決めて廊下に飛び出す。
「ちょっ、カケル! ったくあの馬鹿」
後ろからユーキの毒舌が飛んできたが痛くも痒くもない。
最上階の部室から一階の職員室までなんてあっと言う間だ。窓の外はもう暗くなってきた。ほとんど人気のない廊下にはひんやりした空気が流れていて走り放題。いつも通りパパっと居残り練の許可をもらって即行で引き返す。
「はあ、たっだいまー! セッティングバッチリだな。あんがと。三十分コースでいいかな」
「随分早かったな」
「速すぎ……脳筋かよ」
「三十分でも三時間でも好きにしろ。思いっ切りやれれば何でもいい」
「おっ、言うねえコウ。俺も三時間! って言いたいとこだけど、今日はみんながいるから30分で。突然付き合わせちゃってごめんな? 大和たちも」
俺の言葉に、急ごしらえの観客席に座った大和と一年生たちが笑って首を振る。全員揃っていた。これから俺たち四人が何をするのかはリョウかユーキが説明してくれているだろう。
一、時計回りで一人一曲ずつ指定しながら時間いっぱいメドレーセッションをする。
ニ、選曲の打ち合わせはナシ。でも自分の番に曲名を口に出すのはアリ。
三、一曲の間に一人一回だけ喋っていい。ため息と舌打ちはノーカン。
四、あとは好きにしていい。
俺とリョウだけだったSwingCATSにユーキが加わってから何となく始めたこの遊びは、コウが入ってから本格的に盛り上がるようになった。でも、合併騒ぎと大会で慌ただしくなってからはめっきりだったのでかなり久しぶりだ。
先に配置について待っていた三人の間に入る。向かって左からリョウ、俺、コウ、ユーキ。アイコンタクトが取りやすいように半円形に並び、いつもより近いセッティング。
恒例のジャンケンで順番決め。一発で一人勝ち。
「明日槍が降ったらカケルのせいだからな」
と睨むユーキを笑い飛ばして相棒を構える。
「コウ。Morpheusがいいんだけど、イントロ頼めるかな」
「いいぜ」
コウが右手のスティックをくるりと回して応じる。部室の壁に掛かった時計をちらりと見ておく。足は肩幅。背筋を伸ばして胸を張る。相棒のベルをいつもの角度でぴったりと止める。ひゅうっと風が吹く。大きく息を吸い込む。ああ、外でセッションしたいなあ。どうやったら外にドラムセットとピアノを置けるんだろう。
コウのシンバルがさざ波を打ち始める。さああっ、――ひゅうっ、ふっ。
――やっぱり絶好調!
ぶっ放したいのを抑えて、コウのリズムに優しく乗せるようにふわっと音を流していく。同じ調子でリョウが高音を軽く響かせて滑り込んでくる。
三人で細かいフレーズを滑らせながら刻んでいく。油が差さっているみたいに指が軽い。倍くらいの速さで吹ける気がしてしまう。どうしようかなと少し迷って、ブレスの合間に右足を後ろにちょっと蹴り上げる。すごく調子がいいの合図。そんなことわざわざしなくていいと三人は分かっていたみたいで、リョウはちょっと下を向いて笑い、コウはフレーズのついでにスティックを大きめに振り上げ、ユーキは短くため息をつく。これはノーカンだ。
相棒が喋りだす。もっとやれる。もっとやらせろ。早く速く。
ため息とは反対にユーキのベースが小気味よく先行していく。相棒と共に顔をそちらに向けると……鼻で笑われた。これもノーカン。また暴走しやがってと怒られたら、ユーキが走り出したんだからと言い返してやろう。俺は相棒の心意気に乗ることにした。
今日一番のブレスで胸をいっぱいにして管を満たす。一歩踏み出して音を投げる。指が踊るのに任せて高い高いカーブを描くように。
待ってましたと言わんばかりに光牙がにやりと笑って一段パワーを上げて見せ場を叩き込む。リョウもそれに反応して頷くと、和音を重ねに重ねて背中を押してくれた。ユーキは顔をしかめて首を横にひと振り。きっちり合わせにくる。
「調子がいい割にはそんなもんか」
「口だけとは言わせねえぞ」
「有言実行してもらわないとな」
「お前らなあ……! これで一回消費だからな!?」
三人は余裕たっぷりに笑っている。
この時ばかりは自分が管楽器なのをちょっと悔しく感じてしまう。お前ら見てろよ。絶対ぎゃふんと言わせてやるからな。
もう一度時計を盗み見る。大丈夫。まだ始まったばかりだ。俺は相棒と頷いて今日一番以上のブレスを決めた。
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