(01)不透明な真意 お題:梅雨

燎。雨。自室にて。燎の家族を捏造。



 E♭・C・E♭・C・E♭・C…………
 耐えられなくなって置き時計を取り上げる。裏面の電池蓋を開けて中身を取り出して蓋を戻す。右手に残った単三電池は一本。頭の中で家電やリモコンを辿るが、当てはまるものはない。
 ザーッと断続的に雑音を叩き付けるこの雨の音の方がよほど心を落ち着かせてくれる。
 祖母の部屋の収納から出てきた祖父の遺品。小さな置き時計は、細かな傷こそあるものの渋い焦げ茶色と金色の針が味わい深く好みのデザインだった。
 しかし年代物だからだろうか。秒針の音が大きいのが玉に瑕だ。ふとした時に音階に聞こえてしまうのがどうしても気になってしまい、一度このE♭とCの単調なリフレインが始まると集中を欠いてしまう。まとまった雨量が予測されていた今日ならと望みを託し課題を広げてみたが、あては外れてしまった。
 祖父の顔はほとんど覚えておらず、思い出という思い出もない。祖母より歳上だったこともあり、自分が幼い頃に亡くなってしまった。祖母と両親が話す思い出話が俺にとっての事実だ。
「馬鹿真面目なくせにしょっちゅう無茶しちゃって。いい加減隠居しなさいって何回も言ったんだけどね。全然人の話を聞かないんだから」
 祖父の話題になると祖母は決まってそう愚痴をこぼす。
 アルバムに残された写真のうち、俺と写っているものはどれも笑顔だ。しかし、孫に相好を崩してはいるものの油断しきってはいないような印象で、青みがかった目にはどことなく引き締まったものを感じる。
 音楽教室で講師をしていた祖父。あの手この手で頼み込めば教えを請うことは出来たのかもしれないが、今となっては遅い。祖父はあまりにも頑固で、幼い頃の俺はあまりにも従順だった。
「燎が産まれて一番喜んでたのはおじいちゃんなのよ。でもね、絶対に俺は孫に音楽を教えないってずっと言ってたの。厳しくて泣かせちゃうからだって。もったいない」
 母は呆れたように笑っていた。個人教室の講師なので録音の類は一切残っていない。家族の誰かに継がせる気もなかったようで、俺が死んだら畳むの一点張りだったそうだ。よほどの理由があったのか、遺言書にもしたためていたらしい。
 馬鹿真面目だと言うくらいだ。音楽について書き記したであろう日記や手帳、当時の教本でもいい。何か一つくらい残ってはいないのだろうか。
 俺はもう一度電池蓋を開けて元通りに電池を納め、脇のデジタル電波時計を見ながら時刻を合わせる。一度は断られたが、やはりこれは祖母の部屋に置いておくべきだろう。
 俺は課題の教科書とノートを閉じて席を立った。