(06)夏に冬山を仰ぐ お題:かき氷

ワビサビ。未知との遭遇。



「こうも暑さが続くと、さすがに堪えるな……普段外に出ないからだと言われればそれまでだが」
「確かに。部活はいつも室内ですからね。僕もジャズ部に入ってからちょっと暑さに弱くなったかもしれません」
 エアコンが壊れた時はどうなることかと思いましたよ、と大和は笑ってみせたが、その表情にはあまり苦さがない。きっとそうは言っても自分よりは遥かに暑さに強いのだろう。
 大型書店の自動ドアの境界はまさに世界の境目だった。アスファルトから立ち上る靄がゆらりと視界を歪ませる。空の何割かは高層ビルで埋まっているにもかかわらず、残された濃いブルーの晴れ間から熱線が殺到して目はおろか頭の芯まで焼くようだ。
「堂嶌くん、付き合わせてしまったお詫びに……と言っては何ですが、良かったら少し休んでいきませんか」
 その申し出に、燎は視線をふらふらさせたまま頷くことしかできなかった。

「いらっしゃいませ。あら、武宮さんの」
「先日はお世話になりました。今日も暑いですね」
「ええ、本当に。お辛かったでしょう。張り切ってお出ししますからゆっくり涼んでいって下さいね。いつものでよろしいでしょうか?」
「はい。でも彼のは小盛りで」
「かしこまりました」
 道順を覚えきれないまま辿り着いた小さな店舗。内装はどことなく蕎麦屋に似ていた。真四角の黒っぽいテーブルと椅子が数組。同じ色のカウンター。奥にはこぢんまりした座敷。
 大和は燎が一つ会釈をしている間にさっさと挨拶と注文を終えて席に付き、荷物を隣の椅子に置いていそいそと待ち構えている。珍しく完全に自分のペースだ。
「楽しみですね。実はここ、まだ部の誰にも教えたことがないんです」
「そうだったのか」
 大和は差し出されたおしぼりを手に取る。そこでやっとメニュースタンドに目が留まった。小さなプラスチックの写真立てに、赤いシロップに染まったバニラアイス添えのかき氷が収まっている。
「その……俺で良かったんだろうか」
 冷たいおしぼりで手の甲を覆う。すっと熱が吸い取られていくのが心地良い。やっと頭が回り始める感覚に、燎は息をついて何度かまばたきをした。
 燎は甘いものは嫌いではないがそこまで得意でもない。それは差し入れや買い食いを通して部員全員に自然と知れた事実だ。大和の好みは分かりかねるが、店員とのやり取りや今目の前でこうしてにこにこしている表情の裏のなさから、何となく得意なのかもしれないと見て取れる。年季の入った店内や家族絡みと見られる付き合いから、友人といえども無闇に人を入れたくないのだろうとは想像に難くない。しかし。
「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」
「いつもありがとうございます」
「ありがとうございます…………これは」
「美味しそうでしょう。暑い日はこれに限りますね」
 大和はきらりと微笑み長い銀のスプーンを手にする。深緑の大山の向こうで。
 以前大和と鑑賞した大ぶりの松の盆栽がチラつく。ごつごつとした土物の風合いが残る深い陶器の鉢にうず高く盛られたかき氷は、おおよそ一人前とは思えない。たっぷりと掛かった抹茶のシロップがじわじわと白い氷を染めていく。その裾野にはお玉ですくったようなゴルフボール大のバニラアイスと抹茶アイスが二つずつ。その脇に小さな白玉が五つ。逆側はツヤツヤと輝く粒あんがぐるりと取り囲む。
 大和は半球のように丸い山頂にさくりとスプーンの先端を差し込み口に運ぶ。
 燎もそれに続いた。大和の半分のサイズに胸を撫で下ろす。崩れてしまうかと不安だったが、シロップでしっとりと湿った氷はしっかりと受け止めた。
 口に入れた瞬間、氷点下のスプーンが舌をキンと冷やし、スッキリとした甘みが抜けていく。大きく削られていたように見えた氷の欠片はその実非常に繊細で、すぐに形を失って甘さと共に消えていった。その後に抹茶の苦味がふわりと心地良く広がって、静かに鼻から抜けていく。
「……美味いな」
「良かった。実は少しだけ不安はあったんですが、堂嶌くんならそう言ってくれるんじゃないかと信じてましたよ」
 大和は湯呑みを盆に戻してホッとしたように笑みを浮かべた。大盛りは既に二割ほど減っている。
「ああ、すみません。そろそろ鯛焼きをお願いしてもよろしいでしょうか」