(07)夏の風物詩 お題:夏の風物詩

SC初期メンカルテット。本当の風物詩はどちらなのか。



「ああ〜」
「ああー」
 上ずった翔琉の声が放物線を描き、光牙の唸り声が床を這う。
「……はあ。何回目だよ」
 二人の対面に腰掛ける優貴が肩でため息をついてシャーペンをノートに置く。
「翔琉は八回で光牙は六回だ」
「律儀に答えなくていいから」
 隣の席で誌面に目を落としたまま機械的に答える燎へ食い気味に突っ込み、マイボトルを手に取って蓋をひねる。いつもなら間髪入れずに怒声を飛ばしてくる光牙も今回ばかりは大人しい。優貴は悠々とアイスコーヒーを傾けてから数学のプリントに戻った。
「燎……スティックは」
「俺のトランペット……」
「まだだ。今日のノルマが終わってからだとさっきも言っただろう」
「じゃあ休憩」
「五分前に取ったばかりだ」
 燎は花火の撮影テクニック実例集に向かってたしなめる。光牙のドラムスティックは、スペアも含めて燎のカバンの中。朝そこに収まってからというもの今日は一度も日の目を見ていない。翔琉のトランペットもケースごと燎のカバンの脇だ。

 ぺり。燎はペンケースから淡いブルーの付箋を取り出して一枚剥ぎ取る。
 ぶーん。クーラーの風が二人の白いノートを撫で続ける。
 さらさら。優貴のシャーペンが数式を書き付けてノートを埋めていく。
 ぺらり。燎がページを繰る。付箋の付け根が覆われる。夜景ポートレート撮影テクニック実例集が表れる。
 ぐしゃり。

「トモ」
「……はい」
 突っ伏した翔琉を燎が一瞥で引き剥がす。何も書かれていないノートをめくって前のページを確認し、参考書と照らし合わせる。
「で、どこがどう分からないんだ」
「全部」
「いっそ日本語からやり直した方がいいんじゃない。リョウ、俺は終わったから」
「ああ、お疲れ」
 淡々と切り上げる優貴に燎が頷く。優貴はプリントを半分に畳んできっちりとファイルに挟み、残りの勉強道具と共に手早くひとまとめにして席を立つ。
「そういえば。ユウ、これを渡していなかった」
 その背に燎が声を掛け、白い封筒を差し出した。
「何。別に何も頼んだ記憶はないんだけど……は?」
 優貴の頬が一瞬で封筒と同じ色になる。
「あ? どうかしたのか」
「なになに! 何入ってたんだよユーキ! 教えてくれよ〜、気になるじゃん!」
 怪訝そうな光牙と身を乗り出す翔琉に、優貴は何秒間か肩を震わせてから指先で封筒の口を閉めて、年季の入った仕掛け人形のようにギシギシと背を向けた。
「……なあリョウ、どんなヤバイもん入れたんだよ! ユーキ怒ってんぞ!」
 翔琉が声をひそめる。
「やばいも何も、俺はただ夏祭りの写真を」
 その瞬間、バチンとスイッチが入ったように突如小さな足がコツコツと早足で部屋の端へ向かい、白く細い指がコントラバスのケースのファスナーをつまんだ。
「あっ、ユーキ!!」
「てめえ! 抜け駆けかよ!!」
「は? 悪いのはお前らだろ。こちとらBGMを流してやるんだから感謝しろよ。少しは捗るだろ。あと、リョウ」
 弦を押さえた指の関節をギュッと曲げて、優貴が怒りの視線を一直線に向ける。
「…………すまない」
 優貴は眉間に深いシワを刻み、今日一番の鋭い息を吐いた。