[12]フェスに行こう!

大和入部前のSC。愉快な初期メンカルテット。



「フェスってさ……何かよくないか?」
 それまで窓の外を眺めていた翔琉が突然振り返った。また始まったと優貴が眉間のシワで反旗を翻す。
「フェスっつーと、外でロックやるやつか」
「ロック以外の音楽祭もフェスと呼ばれるがな。実際のところ特にジャズは少ないし、あったとしても規模は小さい」
 光牙はペットボトルの赤い蓋を閉めて床に置いた。燎もピアノの前の椅子に腰掛けたまま身体を三人の方向に向ける。
「そう、少ない! でも少ないだけで、あるんだなあ〜これが!」
「マジかよ! いつだ」
 翔琉は大げさに頷いて胸を張る。光牙はすぐさまスツールから立ち上がって食い付いた。
「えーっと……いつだったかなあ……リョウ、分かるか?」
「いつって……その前に場所だろ」
 優貴はげっそりとうなだれて部室の隅の椅子に腰掛ける。その小さな呟きは三人の耳に届く前に床に落ちて砕けた。
「確か来月だったはずだ」
「来月!? すぐじゃねえか」
「よし行こう! 場所この辺だったろ」
 翔琉は窓際からピアノの前に歩み寄る。光牙も続いてやってきた。燎は頷いて、スマートフォンでウェブサイトを開き二人に差し出す。
「そうだな、会場には電車で行ける。そう遠くはない。アマチュア部門のエントリーは……明日までか」
「あ?」
「え? 俺たち出るの?」
「はあ!?」
「ん? 出るつもりだったんじゃないのか?」
 光牙が前のめりになり、翔琉がぽかんと口を開き、優貴が声を張り上げて突っかかった。四人はそれぞれに顔を見合わせたが、誰一人として腑に落ちた表情にはならない。
 開けっぱなしの窓からさっぱりと乾いた風が勢いよく吹き込んでカーテンを大きく膨らませる。ぱたぱたとはためく音の奥のほうには、釘を打つ音や演劇部の声出しが小さく響いている。
 全員がたっぷりとそのBGMを味わったところで、優貴の大きなため息が全てを上書きし終止符を打った。翔琉が戸惑いながら口を開く。
「いや、いやいや……だってさ、そのフェス、文化祭の次の週じゃん?」
「そうだな。だから俺は誰かがどうしても出たいと言い出すまで黙っていたんだ。無理なスケジュールになるからな」
「うん、わかる。わかるけど!」
 翔琉は燎の肩に手をかけ、ぽんぽんと叩いて首を振る。
「そんなこと言われたら、ど〜〜しても出たくなっちゃうだろ!?」
「……そう、なのか?」
 翔琉は空いていた手をも燎の肩にのせて力をこめるが、燎は依然として要領を得ないといった表情で首を傾げるばかりだ。翔琉は振り向いて同意を求める。
「そうに決まってる! なあ光牙!」
「当然だ。外で思いっきりドラムを叩く! 最高じゃねえか」
「……これだから脳筋どもは」
 優貴の怨嗟が床を這う。その目は窓の向こうの穏やかな晴れ間を睨みつけている。しかし、
「温室育ちのおぼっちゃんには言われたかねえなあ」
「は!? 何だとこの……」
 と光牙の痛烈な応酬にはたまらず立ち上がり、かかとをミシリと鳴らした。
「はいはいストップストーップ! とにかくみんな出たい! それでいいか?」
「俺は出たいなんて一言も」
「逃げるのか」
「だから誰がそんなこと!」
「じゃあ出る! それでいいじゃねえか」
 翔琉が声を張り上げて仲裁に入っても、光牙と優貴の口論が止まることはない。強引に蹴りを付けにかかった光牙に優貴はいよいよ髪を逆立てんばかりだ。翔琉はそんな二人分の意見をポンとまとめてポイと燎に投げた。
「よーし決まり! リョウ、エントリー頼んでいいか?」
「ああ、申し込んでおくよ。定員があるから必ず出られるとは限らないぞ?」
「オッケー! さーてフェスかあ! はあ〜楽しみだなあ!」
 翔琉はガッツポーズを決めて両手を天に突き上げる。大きく伸びをして肩をぐるぐると回すと、光牙がその背中をバシンと叩いて応じた。
「曲決めようぜ」
「だな!」
「何で出られるのが前提なんだよお前ら……!」
 優貴は一人声を荒げて足を踏み鳴らした。