ある男から見たセッション。中学生時代のSC初期メンカルテット。
翔琉のトランペットが軽快に主旋律をとって、クルクルとステップを踏むように先導していく。以前に比べて周囲とアイコンタクトを取ることが増えた。リズムの主導権を握る神条君とのタイミングもよく合っている。
最近セッションに加わった行田君もはじめのうちこそ緊張してぎこちなかったが、回数を重ねるうちにトリオが作ってきた空気感を肌で理解してきたらしい。視線や表情で神条君の意図を読み取れるようになってきた。いざこの小さなステージに上がると、少し荒っぽさのある第一印象からは想像出来ないくらい繊細な演奏をやってのけるのだから、やはり今どきの若者はと決め付けるのはよくないと痛感させられる。
四角四面になりがちだった堂嶌君も、行田君が加わったことで角が取れてきたようだ。ジャズ特有のリズム感と遊びの幅の広さはクラシックが染み付いた彼にとっては恐らく未知の領域。リズムに気を取られて調和が疎かになることが目立っていたが、今日は特に鍵盤を跳ねる手に柔軟さが見える。余裕が出てきた証拠だろう。
コーヒーカップを傾ける常連のお客様も穏やかな表情で静かに聴き入っている。今日のティータイムのお客様は彼一人のみ。今夜から明日にかけて台風が上陸するという予報を受けて、皆早々と家に篭っているに違いない。翔琉達の中学校も、今日の午後と明日いっぱいが臨時休校になるくらいだ。
カタカタと窓ガラスが微かに揺れている。一時は閉店を早めようかとも思ったが、この調子なら大丈夫だろうか。
翔琉が体を左右に揺らしながら歌っている。昔に比べて一人で突っ走らなくなってきた。子どもなりにいっぱしのバンド然としてきたと言えばそうだし、年齢の割に大人びてしまったと言えばそれもそうだ。どちらが良いとは言い切れない。ただ、どんな場合でも何かしら勝手に期待や寂しさを抱いてしまうのが身内の身勝手さというもの。何だかんだ言ってこうして若きカルテットのセッションに皿洗いが捗っているのだから、ジジ馬鹿は辞められそうにない。
堂嶌君のソロが始まった。長いソロパートでも恐れずに肩の力を抜いている。今日は細かい旋律を織り込んで軽さと遊びを出すつもりのようだ。翔琉はトランペットを下ろして目を閉じ、うんうんと頷くように音に身を委ねている。
堂嶌君が不意にふっと弧を描くように手を跳ね上げる。神条君の番だ。これまでの演出を継いで彼も軽やかに、しかし着実に音を紡いでいく。堂嶌君はその響きを殺さないようタイミング良くささやかな和音を添えていく。行田君も調子を合わせてうまくまとめている。
翔琉が戻って早々張り合うように旋律を踊らせて走り出すと、堂嶌君は笑みを浮かべた。神条君は眉間に皺を寄せ、睨みつけるような目付きで集中を高める。行田君はそれを見逃さずに力強くバスドラムを叩き込んだ。その響きで引き締まった三人は一気に抑揚を付け、終盤に向けて空気を華やかに盛り立てていく。
お客様はゆったりと背もたれに体を預けて満足そうに耳を傾けている。カップはとっくに乾いている。調理台にもシンクにも水滴一つない。窓ガラスだけでなく外の街路樹もざわめき始めた。このセッションで最後にするよう何度も言い聞かせたが、さてどうしたものか。
君なら何と言うだろう。キッチンの隅の写真立てで微笑む妻に、つい質問という建前で同意を求めてしまいそうになる。この癖も辞められそうにない。ホールへ足を向けるのはもう少しあとにしよう。
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