[13]おじいさんとピアノ

お母さんとりょうくん。何もかもを捏造。※前半は架空の絵本の話です。いきなり始まります。平和なストーリーですが死ネタを含むので大丈夫な人だけ読んで下さい。



「でも、おじいさんはくすりをのんでも よくなりません
 おいしゃさんはいいました
『ざんねんですが わたしにはあなたのびょうきはなおせないかもしれません
 うみのむこうのおおきなまちにいって りっぱなびょういんにいったほうがいいでしょう
 いまならまにあいます このてがみをもって、なるべくはやくしゅっぱつしてください』
 
 おじいさんはなやみました
 おおきなまちには、だれもともだちがいないのです
 こどものころからずっといっしょだったおおきなピアノも、つれてはいけません
 おじいさんはてがみをかばんにしまって、つえをついてもりのいえにかえりました
 あぜみちにぽたぽたとなみだがこぼれます
 
 しんぱいしたことりたちがとんできて、くちぐちにさわぎたてます
『おじいさん、どうしたの?』
『びょういんにいってきたばかりじゃない』
 あおいことりがおじいさんのなみだをぬぐいます
『だいじょうぶ、どこもいたくないよ』
 おじいさんはいえにつくと、いつものようにピアノのいすにこしかけます
『ピアノだ!』
『おじいさん、ひいてくれるの?』
 ことりたちはまどべにいちれつにならんで、いまかいまかとまちわびます
 おじいさんはふめんだいにかみのたばをおきました
 でも、まっしろです
『おじいさん、それはがくふなの? まっしろだよ』
 しろいことりがくびをかしげます
『ああ、きょうからおんがくをつくるんだ』
『おんがくをつくるって、どういうこと?』
『みててごらん』
 おじいさんはピアノをひきはじめました
 しわがれたゆびが、やさしくけんばんをたたきます
 するとどうでしょう

 とんとんとん たんとんたん
 らんらら らんらら らりらりら
 
 おじいさんのゆびがきらりとひかって、ちいさなひかりのつぶがふわりふわりとただよいはじめたではありませんか
 ことりたちはうたうことをわすれてしまいました
 まんまるになっためでひかりをおうばかりです
 おじいさんはときどきかみをちらりとみますが、やっぱりそこにはまっしろのかみしかありません

 とんとんとん たんとんたん
 らんらら らんらら らりらりら

 ゆうがたからはじまったピアノは、ことりたちがねむるよるまでつづきました
 そのつぎのひも、そのまたつぎのひも、おじいさんはピアノをひきました
 ときどき、しろいかみにはねのついたペンでしきりになにかをかきつけます
 ひいてはかき、ひいてはかく
 まえのひとおなじせんりつのひもあれば、まったくちがうひもありました
 ことりたちはまいにちまいにちまどべにならび、かたずをのんでみまもります
『みんな、もういつものようにうたってはくれないのかい?』
『だって、おじいさんがとてもいっしょうけんめいだから』
『いままでのピアノとぜんぜんちがうんだもん』
『そうかなあ』
『そうだよそうだよ』

 ひがたつにつれて、おじいさんのピアノのおとはだんだんちいさくなっていきます
『おじいさん、だいじょうぶ?』
『やっぱりぐあいがよくないの?』
 ことりたちはたずねますが、おじいさんはだいじょうぶだよとやさしくくびをよこにふるばかり
 でも、おじいさんのことばとははんたいに、ゆびからうまれるきらきらはどんどんちいさくなっていくのです
 そのばん、おじいさんはベッドからいつものようにほしをながめていました
 くろいきのかげのむこうに、きんいろのほしがぴかぴかとまたたいています
 しばらくみていると、すうっとひとすじのながれぼしがおちてきていいました
『おじいさん、ねむれないのかい?』
『ああ、まいにちおんがくをつくってとてもつかれているはずなのに、なんだかきょうはうまくねむれないんだ』
『それはいちだいじだ じゃあぼくがねがいをかなえてあげようか』
 ながれぼしはふふんとちいさなむねをはり、きんいろのしっぽをゆらしました
 でもおじいさんはくびをふります
『だいじょうぶ あしたにはきっとできあがる そうしたらすぐにぐっすりだ』
『そうかい ならこうしよう
 おじいさんのおんがくでみんながしあわせになれるように ぼくがてつだってあげる』
『それはめいあんだ』
 つぎのひ、おじいさんはあさはやくにめをさましました
 とてもよくはれたひです
 まどをあけると、おとをききつけたことりたちがまってましたととんできました
『おはよう、おじいさん』
『きょうはいちだんとはやおきだね』
『そうなんだ きょうはすごくいいおんがくがつくれそうだよ きっといままででいちばんさ』
 おじいさんはつえをたよりにピアノのいすにこしかけて、ふらふらとけんばんにてをおきます

 とんとんとん たんとんたん
 らんらら らんらら らりらりら

 らんらんらん るんらんらん
 たんとんたんとん たりらりら

 ちいさなもりのいえに、ふわふわとあたたかいかぜがはいってきます
 あんなにちいさかったひかりのつぶは、どうしてでしょう
 きょうはことりたちとおなじくらいにおおきくて、やわらかくて、かぜにのってそとにとんでいくではありませんか
 ことりたちはついにうたいはじめました
 おじいさんはふりかえってにっこりとわらいます
 そうしてひきおわると、またしろいかみにはねのペンでしずかになにかをかきつけ、いままでかいたかみのたばといっしょにおおきなふうとうにいれました
『おじいさんありがとう、とてもすてきなおんがくだね』
『こんなのきいたことないよ』
『とてもしあわせなきもちだ』
 ことりたちははねをぱたぱたさせます
 おじいさんはまたにっこりわらっていいました
『ありがとう、きっとおんがくもよろこんでいるよ』
 そうしておじいさんはベットにはいってめをとじました
『おじいさん、まだあさだよ』
『めずらしいね』
『ああ、きょうはとてもいいおんがくができたからね ちょっときゅうけいだ』
『そうなんだ おじいさん、たくさんがんばったもんね ゆっくりおやすみ』
『わたしたちもねよう』
『そうしよう』
 ぽかぽかとしたおひさまがみんなをつつみます
 だれもがとてもみちたりたきもちでした

 さいしょにめをさましたのはしろいことりでした
 つぎに、きいろいことり、あおいことりがおきあがります
 ことりたちがみんなめをさましても、おじいさんはなかなかおきません
『たいへんだ、おじいさん、いきをしていない』
 むらさきのことりがおじいさんのむねにとまっていいました
『たいへんだ』
『どうしよう』
 ことりたちはぴいぴいとなきだしました
 ちいさなちいさななみだがおじいさんのもうふをぬらしてみずたまりをつくります
 そうしてのどがかわくくらいないたころ、きいろいことりがテーブルをみました
 みんなもテーブルをみて、それからかおをみあわせました

 ことりたちはおおいそぎでもりへとんでいき、てごろなえだをかきあつめました
 ふくざつにくみあわせてつくったのは、おおきくてじょうぶなかごです
 ことりたちはそこにおじいさんのふうとうをいれると、もちてをあしでしっかりとつかんでとびたちました
『しゅっぱつだ』
『いこう、うみのむこうのおおきなまちに』
『おんがくをとどけに なるべくはやく』
 ふうとうはとてもおもくて、うっかりするとおっことしてしまいそう
 それでもことりたちはくじけません
 しおかぜと、あおくひかるまぶしいうみにむかってうたいます

 とんとんとん たんとんたん
 らんらら らんらら らりらりら

 らんらんらん るんらんらん
 たんとんたんとん たりらりら」
「……おしまい」
 その言葉を口にするのもやっとだった。
 私は鼻をすすった。絵本を持つ手に涙が落ちそうになり、慌ててそっと閉じて息子に手渡す。
 裏表紙の晴れ渡った海が滲む。
 息子は受け取った本を脇に置いて立ち上がると、ティッシュの箱を手に戻ってきた。
「いいおはなしだったね」
「……そう、ね」
 一枚で十分よと言いかけたけれど、言わなくてよかった。三枚目のティッシュを引き抜いて鼻に押し当てる。
「なかないで」
「うん」
「おかあさんはなきむしだね」
「うん、そうみたい」
「でもぼくがいるからだいじょうぶ」
「ありがとう。頼もしいわ。りょうくんはもうりっぱなおにいさんね」
「まいにちれんしゅうしてるからね」
 息子はそう言い残して、リビングの中央にあるグランドピアノへ一直線に向かった。座面に手を付いてよいしょと腰をのせる。よじ登ってはうまくいかずに母の助けを呼んでいた頃が遠い昔の頃のようだ。
 息子は腰を落ち着けると、しばらく上を向いたり鍵盤を見下ろしたりして何やら考えごとをしている。
「おかあさん、ひいてみてもいい?」
「いいわよ」
 私は何枚目かもわからなくなったティッシュをゴミ箱に捨てた。
「とんとんとん、たんとんたん……
 らんらら、らんらら……らりらりら……」
 息子は右手と左手を交互にせわしなく見やりながら、ゆっくりと一音ずつ押し込むように弾き始めた。少しテンポが遅れて小さなハミングが聴こえてくる。
「こうかな。なんだかちがうきがする」
「そんなことない。とっても素敵よ」
 いつの間に即興が出来るようになっていたのだろう。しかも弾き語りだなんて。私は片付けようとしていたティッシュ箱を再び引き寄せ目元を拭った。
「おかあさんはどんなのにする?」
「そうねえ……」
 私は呟いて立ち上がる。息子のハ長調が正解でいいのについ真剣に考え込んでしまう。

「ぼくはとりになりたいんだ」
 息子はそろそろと席を降りながら口を開いた。
「そうなの? 前はピアニストになるって言ってたじゃない」
 空いた席に私は腰を下ろす。温かくてやわらかい。大きな掃き出し窓から燦々と注ぐ日差しが白鍵を照らしている。
「うん、それもそうなんだけど。いまはとりがいいんだ。ちからもちのとりがいい。おもいがくふをはこぶんだ」
「そうね、とても素敵だと思う」
 私はこみ上げるものをこらえて呼吸を整え、ト長調を弾き始めた。