曖昧な思い出の中の鮮烈な記憶。鍵盤シンメの過去捏造。モブ教師と生徒少し。
平日に丸一日休むのは初めてではない。それでもやはり年に一、二度程度のこと。妙な違和感は付きまとうものだ。
体育祭を終えた翌日、月曜の朝。いつも通りの時間に起きはしたものの、何となく居心地が悪い。振替休日として休校になっているため部活も必然的に禁止だ。疲れが取れなかった時のことを考えて特に予定は入れていなかったが、想像より体は軽い。こんなことならいっそ何か予備プランを立てておけばよかった。
課題は全て済ませている。練習、読書、カメラの手入れ。やりたいことは尽きない。リビングの白い薄手のカーテンをめくると、よく晴れた空が広がっている。久しぶりに図書館へ足を伸ばしてみるのもいいかもしれない。今から準備をすれば開館時間前に着きそうだ。何なら少し練習してからでも間に合う。掛け時計を見ながら頭の中で予定を組み、リビングのピアノへ足を向けようとしたその時、高く響く歓声が耳に飛び込んできた。
「車がきまーす! みんな端っこに寄って!」
「はーい!」
振り返ってもう一度外をうかがう。生垣の向こうで、つばの広い帽子にポロシャツ姿の女性が声を張り上げて手を振っているのが見えた。植木の隙間から色とりどりの服装にリュックを背負った子どもたちの行列が続く。遠足だろうか。
「先生! おなかすいた!」
「ぼくも!」
「むこうに着いてからよ! もう少しがんばろうね」
「え〜……」
微笑ましいやり取りに笑いをこらえてカーテンを閉める。自分にもそう遠くない過去にそんな出来事があったはずなのに、もううまくは思い出せない。ただ、ふと蘇るものはあった。
「今日はトクベツなのよ」
当時の輝はそう言って、得意げに弁当箱に手をかけた。白い長方形の蓋には小さなピンク色の花がいくつも咲いていたのを覚えている。
中に入っていたのはサンドイッチだった。小さな四角に切られたサンドイッチがズラリと並び、パンの間からは様々な具材が顔をのぞかせている。脇には花のようなカップにこんもりと盛られたサラダ。一口サイズの果物もいくつか。今思い返しても目に浮かぶほどに華やかなものだった。
レッスンのない休日に図書館で本を借り、隣にある庭園のベンチで大きな池を見ながら弁当を広げる。食後にお茶を飲みながら何を借りたのかを話し合って、両家祖母の世間話に一段落が付いたら帰宅する。そういったことを何度かしていた記憶がある。あまり回数は多くなかったはずだ。
それにしても、花畑のようなサンドイッチボックスを膝に置いて水筒からリンゴの香りの漂う紅茶――後から聞いた話では、ねだって買ってもらったノンカフェインのフレーバーティーだったそうだ――を傾ける小学生は後にも先にも輝しかいないだろう。
「一つあげるわ」
小さな容器から輝がつまんで差し出した、チョコレートがけのドライフルーツ。そういえばその初めてのぐにゃりとした食感に、当時は驚きながら味わったのだ。今となっては何の果物だったのかは定かではない。ただ、
「ありがとう。おいしいけど、ほうじ茶にはちょっと合わないかもしれないな」
とうっかり漏らして怒らせてしまったのは覚えている。今ならそんな無粋な言い草はしない……と言いたいところだが、果たして輝の感性に合う気の利いた言葉を口に出来るのだろうか。
確かめる機会は訪れないかもしれない。だが、たまには景色を眺めながら昼食というのは悪くないだろう。天城家御用達のパン屋にでも行ってみようか。
カーテンを閉めてピアノに向かう。一曲なら弾けそうだ。
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