堂嶌夫妻が燎の話をする。思春期の息子を持つ親の悩み。正解がないからこそ生まれる不安や後悔。燎不在。
「いかがでしたか? 来週は世代を超えて愛されるアクション映画をお送りします。ぜひご家族でお楽しみ下さい!」
ラストシーンで指揮者が万雷の喝采に包まれると、ほどなくして画面が切り替わった。女性のナレーションと共にテロップが流れ、次回予告へと移る。見たことはないけれど、タイトルくらいは知っている。博物館に出かけた一家が不思議な世界に飛ばされ恐竜と一緒に冒険する……そんなアメリカの映画だったはずだ。
「懐かしいな」
隣に座っていた夫がローテーブルからマグカップを取り上げ、ソファにゆったりと背中を預けた。私も同じようにカフェオレを手にする。さっきのCMの時に入れたばかりだったのに、もう冷め始めている。
「見たことあるの?」
「子どもの頃にテレビで見たんだ……いつだったかな」
「かなり古いんでしょう? あの映画」
「ああ。四十年くらいにはなるか」
コーヒーを一口啜って夫は唸る。私は思わず聞き返した。
「そんなに?」
「自分でもちょっと驚いたよ。意外と経ってるものだな」
「そうね……」
ずり落ちていた膝掛けを引っ張り上げて呟く。あのナレーションの言うように、もし自分が子どもの頃に見ていた映画を我が子と見るとしたら、それはどんな気持ちなのだろう。同じものを見られるのが嬉しい、昔を思い出して懐かしい、子どもが当時の自分と同じ感想を口にしてくれたら喜ばしい……そんな感じだろうか。私には子どもの頃の映画の記憶がほとんどない。弾いていた曲ならいくつも思い出せるのに。
「ねえ、燎くんと映画って、あんまり見たことないと思わない?」
「そういえばそうかもしれないな」
「音楽漬けで……あとは勉強と本ばっかりだったものね。もう少し、何かした方が良かったのかしら」
二階にある息子の自室のあたりからは何の音もしない。夜十一時前。とっくに宿題も予習も済ませているだろう。静かに音楽を聴くか、本を読んでいるか。早起きな息子のことだ。もしかしたらもう寝ているかもしれない。何にせよ、高校生の息子が自分の時間に何をどんな気持ちで過ごしているかなんて私たち親には分かりっこないことで、最早立ち入ることすら許されない領域になってしまったのだ。
黒っぽい画用紙に歪んだ黄色い丸い折り紙を貼って、白いクレヨンで小さな丸をいくつも描いて「おつきさまとおだんごをつくったよ。おつきみなんだ」と笑顔を見せてくれたあの日。今となってはそれが本当のことだったのか思い出せないくらい遠くなってしまった。
膝掛けの陰になった足首の後ろに、ひんやりとした空気が触れる。
「責任を放棄するつもりはないが、少なくとも今の燎は自分から好きなことをしている。ジャズ部だってかなり楽しそうじゃないか。そうだろう?」
「そう……ね」
テレビではずっとCMが流れている。ふと聴き覚えのある旋律に目をやると、車が夜の街を走っている映像だった。背景には満月と星空。
「ムーンライトセレナーデか。懐かしい」
クラシック一辺倒の私ですら知っているジャズの名曲。
「燎くんも弾けるのかしら」
「どうだろうな。明日聞いてみるか」
「聴いてみたいわね、燎くんのムーンライトセレナーデ。私が教えられる羽目になったりして」
「楽しみだな」
「ええ。今のうちに練習しておかないと」
残ったカフェオレを飲み干すなり、片付けておくからと夫が空のカップを私の手から引き剥がし、テレビも消してしまった。
お礼を言って立ち上がる。リビングの分厚いカーテンを少しめくると、テレビと同じような月が出ている。ピアノの椅子は冷え冷えと私を迎え、いつものように物言わぬ譜面を広げて見せる。
ご近所に響かないように、私は指先でそっと鍵盤を押してさっきの旋律をなぞった。
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