[15]9月23日、祝日の午後

スイーツを前にゆるくだべる星屑1年トリオ。拓夢の誕生日絡みの話ですが日常感が強いです。



「煌真……!!」
 奏斗はセンブリ茶でも飲まされたかのようなしかめっ面をした。これがゲームやアニメだったら闇魔法の一つや二つ飛んできそうな勢いだ。
「まあ、うまいもんとは聞いてたけども、さすがにこういうのやとは思うてへんかったなー……」
 名指しで「かやはしー、木曜の午後空いてる? ちょっと相談乗って欲しいんだよね。お礼に奢るから!」と声をかけられてやってきた手前、文句を言うのは失礼だ。しかしこれ以上奏斗の機嫌を損ねるとまずい。ただでさえ周りのテーブルはヒラヒラキラキラオシャレ女子で満員御礼。拓夢たち男子高校生三人組は浮いているというのに。
「え〜、そう? 俺が自分から誘うつったらこういうとこしかなくない?」
「いや、わかるけどそういう問題じゃない……っつうかもうどこからツッコんでいいのかわかんねえ……」
「氷室っち、それは同感や」
 これが四角いテーブルで隣同士に座ってたなら肩ポンの一つでもしてやりたいところだ。でもあいにくオシャレ全振りなこの店は全席丸テーブル。高い天井では茶色いプロペラみたいなファンがぐるぐると回っていて、キッチンの周りや壁際には何だかよく分からない小洒落た小物や雑貨がこまごまと並んでいる。このテーブルにも、小さな花瓶に背の低い花が何本か。食品を扱うからか造花だが、いかにもSNSに載せて下さいと言わんばかりの可愛らしいものだ。実際メニューの裏には店のSNSアカウントに繋がるQRコードと専用ハッシュタグが載っている。
 早速煌真はその花瓶を手に取り色んな角度からしげしげと見回す。写真立てのようなメニュースタンドの脇にそれを置き、スマホを起動してこれまた色んな角度から写真を撮り始めた。しかも真顔で。
「煌真ちゃんさ、毎回思うんやけど写真めちゃめちゃ撮るんやな。それもSNSに載せるん?」
「そだよー」
 画面を見たまま煌真はのんびりと答える。奏斗が横向きに構えたスマホを連打しながら速攻で、
「リア充乙」
 と呪詛を呟いたが痛くもかゆくもないらしく、
「陰キャおつ〜」
 と目も合わせず余裕で受け流している。
「まあまあ、リア充がどうとかは置いといて……単純にガチ勢ってのはすごいと思うで? 俺はゆるくしかでけへんから……楽しいって思うこともあるけど、忙しい時はちょっと大変やなってなる時もあるし」
「だよねー。俺もそんなんだよ」
「え? いや、煌真ちゃん……楽しいからガチ勢とちゃうん?」
「別に?」
 煌真はテーブルにスマホを置いて頬杖をつき、きょとんとした顔でこちらを見た。
「女の子からいいねくるのは嬉しいかな。メッセも楽しいよ? でもそれだけかなー。ぶっちゃけ更新は作業」
「いやいや、普通ただの作業にここまでせえへんやろ? っていうか、そんなやばいぶっちゃけ話俺らが聞いても良かったん」
「二重人格かよ……ありえねー……」
「余計なお世話でーす。氷室だって作業ゲーやってんじゃん。あっ、きたきた」
 煌真はパッと顔色を変えてにこにこと女性店員を見上げる。
「お待たせ致しました。ベリーカルテットパフェのお客様」
「はーい」
 煌真が手元のお冷を端に避ける。奏斗と拓夢も同じようにしてテーブルの中央を開けた。
 ごとん。
 名前の可愛さには似つかわしくない鈍い音が上がる。
「うわ」
 奏斗が小さな掠れ声を漏らした。フォローしたいところだが正直それどころではない。
 分厚いパフェグラスはメニューの写真で見たイメージよりも二回りくらい大きい。一番下には赤っぽいドライフルーツのまざったシリアル。その上にピンク色のアイス、何かよく分からないオシャレなベリーが色々。その上にはさらに生クリーム、ベリー、バニラアイス、ベリーが続く。頂上はすごいオシャレな白とピンクと赤がてんこ盛り。
「レトロプリンアラモードのお客様」
「あっ、はい!」
 自分のオーダーしたものをド忘れするほどのインパクトに頭がぼんやりしてしまっていた。慌てて手を挙げる。身構える猶予もなく、
 ごん。
 いやもうこれ舟盛りやん!!
 そう口から飛び出す寸前でどうにか思いとどまる。脚の付いた横長の楕円形のガラス鉢の真ん中には王道の黄色いプリン。カラメルソースの上にホイップクリームと真っ赤なサクランボ。それを取り囲むようにアイスやフルーツがやんややんやと賑やかしている。内容はメニューの写真と同じなのに、実物のインパクトはすさまじい。
「こちらチョコバナナパフェのミニでございます」
「はい」
 最後に氷室の前に置かれたのはいたってごくごく普通の小さなチョコバナナパフェ。チョコホイップの絞り方やバナナの差し方に専門店らしい工夫が見えるが、サイズ感はファミレスのミニパフェと同じだ。

「じゃ、いただきまーす」
 ドン引き半分と安堵半分でひどい顔つきになった奏斗と呆気に取られる拓夢をほったらかしにして、煌真は一人手を合わせ笑顔でスプーンを手に取った。
「あ、栢橋。誕生日おめでと。今日は氷室のおごりだから、いっぱい食べてきなよ?」
「え? 誕生日って……いやいや、それもそうやけどこれ氷室っちのおごりなん? 誘ってきたの煌真ちゃんやから煌真ちゃん持ちやと思うてたで!?」
「はあ……くっそ……ハロウィンガチャ爆死したらマジでお前のせいだからな……」
「それは俺との勝負に負けた氷室がいけないんじゃん?」
 混乱する拓夢に二人とも一切説明はしてくれない。
 煌真はパフェを手元に引き寄せスマホを持つ。座ったまま体の向きをくるりと変えて壁に背を向けると、さっきの真顔とは別人のような――しかしあからさまな作り笑いとは思えないごく自然な――笑顔を決めてパシャパシャと自撮りのシャッターを切り始めた。
 なるほど、真っ先に壁際の椅子を選んだのは他のお客さんが写り込まないようにするためだったのか。いやいや感心してる場合ちゃうわ。拓夢は自分にツッコミを入れてもう一度口を開いた。
「いや、だから誕生日って。この前盛大に祝ってもらったばっかやん」
「まあね〜」
「今日お前を誘ったのはこいつがこれ食いたかっただけだし」
「あっそれ言う? 氷室は無粋だなー、モテないよ?」
「モテとかいらねえし」
「あっ、でも改めてちゃんとお祝いしたかったのはほんと。パーティーって楽しいからオレは好きだけどさ、先輩達もいるからちょっと気を遣っちゃうこともなくはないかなーって感じじゃん? あとそろそろアンコンの練習も始まりそうだし? オレら三人はまあ成り行きでいいとして、影山さんもいるわけで。その辺も一応はって思ってさー」
「……無視かよ」
 誕生日当日は拓夢以外の部員全員によるサプライズが組まれ、一級品のバースデーケーキや料理に食後のゲーム大会まで堪能してきた。日ごろ節約に生きる拓夢には夢のようでもあり、身に余るような気持ちも抱くもの。量はたっぷり用意されていたが、何しろ男子高校生八人で分け合うのだ。確かに煌真の言うとおり、全く気を遣わずに過ごしたと言えば嘘になる。

 それにしても、まさかその数日後にこうして再びサプライズを受けるとは思ってもみなかった。
 煌真は軽く言って流していたが、その実ほとんどの言葉は濁している。それでも言わんとすることは大体分かった。そうやって、分かってもらえる程度に曖昧な言い方をするのも煌真なりの気遣いといえば気遣いなのかもしれない。拓夢は奏斗への無視に乗っかりつつ冗談半分に返事をした。
「ははーん。煌真ちゃんの私利私欲兼作戦会議ってやっちゃな? どんな形でもお祝いしてもらえるのはほんまにありがたいで。こんな立派なもんご馳走してもろて。氷室っちもサンキュな」
「ん」
 正直、思い返そうとしただけで背筋に走るものがある値段だった。とてもおやつ一食にポンと払える金額ではない。と拓夢の金銭感覚がリタイヤボタンを押しまくる。煌真が行き先を教えずにここに連れてきたのも、拓夢に遠慮させないためだろう。大事に頂かなくては。
「じゃ、お言葉に甘えていただきます!」
 拓夢は力強く手を合わせて拝むと、細長いスプーンをぐっと握り、先端を包んでいた紙ナプキンを広げた。
「で、煌真ちゃんは何かアンコンの作戦あるん?」
「ん? ないけど?」
「何でや! 自分で呼んどいて作戦ないって! ……ああ、作戦ないから呼んだんか」
「さっすが栢橋〜!」
「はあ……で、氷室っちは?」
「ない。練習すれば吹ける」
「っかー!! これやからお前らは!! まあええけども!!」
 どうにかなるやろ。というか、どうにかするしかない。今に始まった話じゃない。これまでだって、もうどうにもならへんと投げたくなるようなことは吐くほどあった。でも、何だかんだここまで来られている。
 アンコンもその先も順調に乗り切れる保証はない。けれどもやっていくしかないのだ。
 前倒しでもらったボーナスみたいなもんやな。と、拓夢は黄色いプリンにスプーンを突っ込んだ。
「うわ、めちゃめちゃうまいやん!」
「やば」
「やっぱここ来て正解だったねー」