朝の2-D。秋アニメに密かに燃えるロランと、かつてすなぱぴ!に燃えてしまった燎。
「おはよう、堂嶌くん」
「おはよう」
朝の練習を終えて教室の扉を引くとロランが声をかけてきた。ロランは燎がまっすぐ席に向かって机に鞄を置いたのを確認してから、イヤホンを外し体をこちらに向けて座り直す。
一学期は出席番号順の席配置で前後に並んでいた二人だったが、くじ引きによる二学期の席替えでもたまたまロランが燎の斜め前に。所属チームは違うものの、こうも席が近くては必然的に話す機会も増える。浮世離れした風貌のロランがどことなくクラスメイトから遠巻きに見られがちなことも手伝っているかもしれない……というのがロラン本人の談だ。
「今日は早かったんだな」
「いつもより早く目が覚めてしまったんだ。今夜からすなぱぴ! の二期が始まるからね」
ロランはにこやかに語って脚を組み、机の上のスマートフォンを取り燎に見せる。その手首は淡い水色のカーディガンに包まれていた。十月に入ったばかりの今は番組改編期。ロランにとっては忙しい時期なのだろう。
画面にはセーラー服姿の小柄な女子高生が映っていた。アニメのワンシーンのようだ。一時停止中なのか映像は動かない。背景は夕焼けの教室。同じ制服の女子から長い銃を手渡され彼女は涙している。
「確か堂嶌くんもすなぱぴ! は知っているんだよね? 奏斗から聞いたよ。一期の主題歌の件」
「その節はすまなかった。つい熱くなって出過ぎた真似を。悪いが、俺が知っているのはその歌とオープニング映像くらいなんだ。話の内容はあらすじを少しかじっただけで」
「大丈夫。君にアニメの趣味がないことは知ってるし、押し付ける気もない。僕は自分の好きなものを君が気に入ってくれたのが嬉しい。それだけだよ。それに奏斗もあの日は君に触発されて熱心に練習していたしね。いいことずくめさ」
「ならいいんだが」
荷物を片付け終えた燎は机の上で両手の指を組む。
「良かったら聴いてみるかい?」
「……いいのか?」
「もちろん。二期のオープニングも君が弾いたのと同じアーティストだから、気に入るんじゃないかな」
ロランは身を乗り出す。燎の目の前にスマートフォンとイヤホンが置かれた。ロランは画面のシークバーを動かして先頭に戻す。
「あとは再生ボタンを押すだけだよ」
「ありがとう」
「楽しんで」
「ああ」
燎はイヤホンを両耳に挿す。手にした時にチラリと見えたブランドロゴ、見た目や質感、耳に当てた瞬間の付け心地。そこら辺のものとはグレードが違うのが分かる。
再生ボタンに触れる。
音の手触りが違う。
柔らかく伸びるバイオリンソロが夕焼けに赤く染まった空から滑り落ち、ずんぐりとした銃と共に床に落ちて跳ね上がる。
直後に激しいバスドラムが草に覆われた地面を叩き付け、宙を舞う空の薬莢に合わせてメインを張るピアノが走り出した。主人公がゴーグルを嵌め、渋いグリーンのブーツで地を蹴り疾走する。
一期の曲には激しさの中にもサバイバルゲームの銃撃戦を楽しむ高校の部活動らしい小気味良さがあったが、今回はさらにテンポが上がり複雑な音の構成になったことで終始切迫した雰囲気が漂っている。
「……どうだった?」
ロランは組んだ膝を両手で抱え持ち、首を傾けて尋ねる。何の飾り気もない水色の無地のカーディガンに学校指定のパンツスタイル。中に着ているシャツの襟にストライプ模様が入っているくらいで、特段目を引くような服装ではない。にもかかわらずロランのその見た目や振る舞いは海外ドラマの俳優のようだった。その口から美少女アニメの話題が飛び出すことに慣れるまで、燎は一学期を丸々費やしてしまった。
楽曲の感想を率直に述べる燎にロランは満足そうに頷く。
「一期の一話で、主人公は吹奏楽部に入れず落ち込んだ。そこにスナイパーライフルを背負った部長が声をかけて強引にサバイバルゲーム部に誘った。のは君も知ってるかい?」
「ああ」
「なるほど。実はその後彼女はトランペットを手渡される……というのは?」
「トランペット?」
知らなかったという燎の反応にロランは微笑む。うっすらとした不敵さや得意気な感情が滲んだ笑みだった。
「主人公が勧められた銃はFAMASというアサルトライフルなんだけど、他のに比べて短くて見た目が独特でね。それでトランペットという愛称がついたんだ。重心を手元側に持っていくことで、身体で銃を支えられるから安定しやすい。小さい銃は機動性に優れるというメリットもある。フランス軍で長く採用されていたんだよ」
ロランはシークバーを動かして冒頭の落ちた銃を映した。楽器のトランペットのようなベルは存在せず当然のことながらピストンもないため、正直これがトランペットと言われてもピンとこない。しかしよくある長いタイプの銃の形とは違う、ということは銃の知識に疎い燎でも納得がいく。
「君がアニメを履修しないことを前提にネタバレさせてもらうと、彼女の愛するトランペットは一期のラストで大きな傷を負ってしまう。二期はそんな失意に暮れる彼女に、部長が昔大事にしていたHK416をプレゼントして引退するところから始まるんだ。この銃は実際にフランス軍でFAMASに取って代わったアサルトライフルで、大元はアメリカのものをドイツの会社が」
キーンコーンカーンコーン……。
「時間切れのようだな」
「そうみたいだね。僕もつい熱くなりすぎてしまったよ」
「続きはまたあとで聞かせてくれ」
礼を言ってスマートフォンとイヤホンを返す燎に、ロランは裏表のない穏やかな微笑みを浮かべて淡い水色の背を向けた。
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