※注意
この小説は一個人の妄想に基づく架空のファンタジーです。実在の人物・地名・団体・商品名などとは関係ありません。
実際の現代日本ではエアガンや電動ガン等の購入にあたり年齢制限が設けられています。
自治体によってはサバイバルゲームそのものにも年齢に応じた厳しい条例が敷かれている場合もあります。
この小説には法令違反や条例違反を勧める意図は一切ございません。
タイトル以外全部捏造です。
添削を快く引き受けてくれた(じゃずおん知識ゼロの)フレにこの場を借りて感謝を。ありがとうございました。
「うそ…………何で?」
がくんっと勝手に膝が折れて私はその場に座り込んでしまった。
のっぺりした灰色の床は冷たくて硬くて、痛い。
周りには誰もいない。目の前の音楽室の中にも。
『吹奏楽部は部員減少のため、昨年度をもって廃部となりました』
引き戸の窓ガラスの真ん中には白いぺらぺらの紙が一枚。貼り付けているセロハンテープは見るからに雑でひん曲がっている。
廃部となりました。
そのたった一言が全然頭に入ってこない。
――――ザアアッ。
真後ろの窓の外で風が吹いている。その音がスネアドラムだったら良かったのに。吐き出したため息は風の音よりもずっと大きく響く。
下を向くと左胸に刺さった黄色いリボンの花が目に留まった。入学式はさっき終わったからもう用はない。安全ピンのストッパーを外して引き抜く。カバンにしまうのも面倒で、ストッパーだけ戻して床に転がす。こんなに静かなのだからどうせ誰も来ない。
入学早々こんな気持ちで帰らなきゃいけないのか、私は。
中一から始めた吹奏楽。私の担当はユーフォニアムだった。
トランペットみたいな華やかさはなく、ホルンに比べると知名度も見た目の個性もない。トロンボーンみたいな派手なビジュアルもない。でも私はユーフォニアムが好きだった。金色に囲まれた金管パートの中で白銀に輝くユーフォが。もちろん音だって素晴らしい。地味なのは分かってる。でもユーフォにはユーフォにしか出せない優しい低音と豊かな響きがある。私はそれが何よりも大好きだった。
プロになりたいとかそういうのはなかった。ただ大好きな楽器で大好きな曲を吹いていたいだけ。そのために上手くなりたくて毎日毎日朝も夜も練習していた。もっと吹けるようになりたい、ずっと吹いていたい。ただそれだけ。
たったそれだけだったのに、何で。
親の仕事の都合で急遽高校を変えなきゃいけなくなったあの日のことを私は一生忘れないだろう。でも、もう二度と思い出したくもなかった。本当なら吹奏楽部でずっと一緒だった憧れの先輩たちと同じ強豪校に行けたのに。必死に勉強して受かった高校だったのに。
引っ越し先は良く言えば地方。悪く言えば田舎一歩手前。何となく嫌な予感はしていた。ユーフォがない吹奏楽部もあると聞いてはいたけど、部活自体がないなんて。
学校が変わってもユーフォがあれば。ユーフォがなくても最悪吹奏楽部があれば。そうやって無理やり自分を納得させてきた。でも、もうそんなことする意味はない。私は学校の楽器を借りていたから自分の楽器を持ってはいない。部活がなければ吹くことすら叶わないのだ。
終わったんだ。
立ち上がることもできないまま、動くことのない扉をぼうっと眺める。引き戸の下と床のレールの隙間にはホコリや砂が詰まっている。私はその小さな粒や消しゴムのカスみたいなゴミをじっと見つめた。カサカサの目からは涙の一滴すら出てこない。
「大丈夫? …………ねえ、何してるの? そんなとこで」
だから、声をかけられても気付かなかった。
「おーい、風邪ひくよ? ここ結構寒いんだから。私みたいにジャージ着てるならともかく」
……ジャージ?
その言葉にやっと私の意識は起き上がる。声のする方に目だけをやると、赤いジャージの長ズボンの裾と、赤いゴムの付いた上靴が目に入った。油性ペンで名前が書いてある。逆さまで一瞬読みにくかったけれど、元々住んでいた家の近くの地名だからすぐに分かった。
「二子、玉川……?」
私は座り込んだまま呟いた。
自分とは上靴の色が違うから先輩なのは明らか。本当ならすぐに立ち上がって気を付けと礼をしなきゃいけない。でも、一ミリも動けない。動きたくない。この高校の部活は強制ではなかったはず。なら一生帰宅部でいい。だから礼儀作法なんてどうだっていい。
「そ! 私、二子玉川楓(ふたごたまがわ かえで)っていうの! 面倒だからニコとかニコタマって呼んで? カエデでもいいけど。というかよく一発で読めたねこの名前」
「……都内から引っ越してきたので」
ぼそぼそとした声であっても、言葉にすると現実がさらに重くなった気がした。もう東京には戻れない。これからはずっと、大学に行くまでこの山に囲まれた所で暮らさなきゃいけないんだ。
「あ、そーいうこと!」
ニコタマ先輩――と呼ばせてもらうことにしようかな。絡むのは今日だけだろうし――はカラッと笑った。名前は都民だけど地元の人なのだろうか。
「何か暇だよね、ここ。埼玉から来た私でもそう思う」
「……埼玉から来たのに二子玉なんですね」
気を遣うエネルギーなんて一ミリだってない。どん底の私の口は思い付いたことを抑えきれずに言葉にしてしまう。
「初対面でそれ言っちゃう!? あっははは!!」
なのにニコタマ先輩は大声で笑い始めた。上下関係は気にならないタイプなのか。
「センスいいね。名前、何ていうの? 新入生だよね」
「……はい。一年生の千葉美波です。千葉県の千葉に美しい波で」
いい加減足が痺れてきたので、私は下を向いたまま幽霊のように立ち上がってお辞儀をした。青いゴムの付いた上靴に書かれた千葉の文字をボソッとなぞる。
「うっそ、都内なのに千葉って! やば!!」
「……よく言われます」
「だよね!」
ニコタマ先輩は廊下中に笑い声を響かせながらふらふらと歩いていき、廊下の窓枠に手を付いて散々笑いまくった後はあはあと息を切らした。
その背中に、制服とは不釣り合いな黒と銀色の長い何かがくっついている。
だけど私が目を凝らした瞬間にニコタマ先輩はくるっとこっちを向いて明るい笑顔を見せた。ころんとした真ん丸の赤いショートボブが揺れる。そこで初めて私はニコタマ先輩がすごく小柄なのだと知った。多分、低身長を悩みにしている私よりもさらに何センチか背が低い。
私はぽかんとしてニコタマ先輩を見た。野暮ったいセーラー服は紺色の襟に赤いリボン。地味な紺色のプリーツスカートの下には野暮ったい赤ジャージ。どこもかしこも野暮ったくて、そのまんま田舎の女子高生だった。今の私もジャージ以外は同じなのが悲しい。
そんなニコタマ先輩の胸元には黒いベルトのようなものが斜めに掛かっている。その付け根は背中の方にあるようで、肩の後ろから銀色の何かが飛び出している。
最初は金属の棒だと思っていた。でも違う。細い鉄パイプみたいな筒の形をしている。
反対の方を目で辿ってみると、ニコタマ先輩のスカートの裾の辺りに黒くて大きなプラスチックの塊が見えた。端っこは直角三角形に似ている。上から下まで何回か往復してみて、私はそれが見覚えのあるシルエットだと気付いた。
銃だ。
しかも長い。
映画でスナイパーが使っているような。
どうしてニコタマ先輩がこんな物を。
本当は殺し屋か何かで実は依頼を受けてはこっそり学校を抜け出してターゲットを撃って回っているのだろうか。そんな漫画みたいな話あるわけない。でもそうじゃなかったら何なの。
ニコタマ先輩は変わらずキラキラした笑顔でこちらを見ている。赤い真ん丸ボブと同じ、茶色い真ん丸な目。そこに裏も表もない、はずなのに。
――――ザアアッ。
その瞬間、ぞくぞくと体中に寒気が走った。
震えが止まらない。なのに一歩も動けない。足の裏は完全に床にくっついてしまっている。
怖くて怖くて先輩の目をこれ以上見てなんかいられないのにどうして私の目は先輩から離れないのお願い言うことを聞いて怖い怖い視界の端で銀色の長い銃口がチラチラと冷たく光ってやだやだやだやだ殺さないで死にたくない死ぬほど落ち込んではいるけど死にたいなんてまだ一言も言ってないもんそんなの聞いてないお願いやめてやめて
「……千葉ちゃん? …………千葉ちゃん?」
「や、……いや…………」
「? …………ああ、これ? ごめんごめん! 驚かせちゃった?」
私は黙ってカクカクと小刻みに頷くことしかできない。
「大丈夫大丈夫! 撃ったりしないから。これ本物じゃないんだよ! だから安心して? 一応弾は出るけど」
――出るんだ!!
全力で叫びたいのに声にならない。ニコタマ先輩は私の恐怖心に全く気付いていないのか、おもむろに胸元のベルトに手をかけてヒョイッと頭の上に引っ張り、背中の銃を体の前で抱えた。
――やっぱり撃つ気だこの人!!
「ほら」
――見せないで!!
心の中の絶叫は届くはずもなく、目の前にハイと凶器が差し出される。
逃げればいいのに反射的に目が行ってしまう。
トロンボーンと同じくらいの長い長い銃は、小柄なニコタマ先輩が小さな手で持っているせいで余計に大きく見えた。
弾が出てくる銀の筒の部分はフルートのように真っ直ぐに伸びている。ところどころに小傷はあるけれど、お手入れ直後のようにピカピカ。筒の半分はツヤのないのっぺりした黒いプラスチックの本体に収まっていて、真ん中の辺りに同じ銀色の引き金と小さなラッパのような部品が付いている。狙いを付けるときに覗くところかもしれない。
私はその部品から目が離せなくなった。どうしてだろう。怖いはずなのにどこか懐かしいような気がして。直線が多くてカクカクした銃の中でここだけが優しい曲線だからだろうか。細かいネジや留め具がたくさん付いてるからか。
「楽器みたい……」
あんなに出なかった声が気付けばスッと出ていた。
「千葉ちゃん、やっぱセンスあるね。こういうのは初めて……だよね? 女子高生なら普通そうだと思うんだけど」
ニコタマ先輩は急に真面目な声になった。
「……はい。銃を近くで見るのは初めてです」
「パーツが気になるんだ」
「この色がユーフォみたいで……」
「ゆーふぉ?」
「楽器の名前、なんですけど」
「ああ、それで! ふふ〜ん、へえ……なるほどなるほどそういうことだったかあ」
ニコタマ先輩は元気を取り戻し、音楽室の扉と私の顔を交互に見て何度も頷いた。
「じゃあさ、千葉ちゃん。うちにきなよ! すなぱぴに」
「す……すなぱぴ?」
「そ! スナイパーピープル。略してすなぱぴ! かわいいっしょ! その、ゆーふぉ? はないけどトランペットならあるし」
「トランペットがあるんですか!?」
私は思わず前のめりになった。スナイパーという名前は物騒だしやっぱり銃は怖い。でも吹奏楽部のないこの学校にそんな話があるなら放ってはおけない。あまり目立つのは趣味じゃないけど、この際だ。背に腹は代えられない。
先輩はニヤリと笑った。
「あるよ。しかも山だからバンバン音鳴っても大丈夫! 失敗しても誰も怒らないしね」
――天国だ!!
私は初めて田舎に感謝した。
「吹奏楽部ほどじゃないけど、うちも部員少ないんだよね。だから千葉ちゃんみたいな子が来てくれるとすっごく嬉しいんだよ! ね、テンちゃん!」
「テンちゃん?」
突然飛び出した名前に思わず聞き返す。ここに他の部員がいるんだろうか。辺りを見回してみても誰もいない。
ニコタマ先輩はらんらんと目を輝かせたかと思ったら、いきなりずいっと銃を突き出して声を張った。
「ふふん、よくぞ聞いてくれた!! 紹介するよ。私の愛銃、VSR-10プロハンターステンレスリアルショックバージョンブラックストックモデルそれがこのテンちゃん!! うんうん、今日も輝いてる! さすが私のメンテと君のポテンシャル! はあ……このシンプルなマットブラックのボディ……その素っ気なさがいいね……かーらーの艶やかなステンレスバレルとスコープ! ブラックとシルバーのコントラストが今日も最高……ああ……SUKI………………」
先輩は銃を縦に持ち替えると、ぬいぐるみをだっこするように抱えて体を左右にぶんぶん揺らした。
それが終わると今度は立ったまま目を閉じ、テンちゃんとの熱いハグを楽しみ始めた。半開きの口からはいつよだれが出てもおかしくない雰囲気だった。
声をかけていいのか分からなくてとりあえずその場に突っ立っていると、ニコタマ先輩はしばらくしてからハッと目を開けた。そして、よいしょとベルトを肩にかけ直し再びテンちゃんとやらを背負う。
「…………ごめん千葉ちゃん、テンちゃんがやばくてうっかり飛んでた! じゃ、早速フィールド行こっか!」
何も突っ込まない方がいいのだろうか。私が迷っているうちに、ニコタマ先輩はその名前の通りニコッと笑って歩き出してしまった。
――今の流れでもう出発!?
ついていけるのか急に不安になってきた。でも全てはトランペットのため。行くしかない。
そのトランペットが楽器ではないと知らされたのはこのあとの話だ。
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