(24)タイトル未定 お題:ちょっとした喧嘩

ワビサビの意外な衝突の理由。この後ちょっとした喧嘩になりました。



「……うん、かなり良くなっていると思う。指の運びが滑らかだ。アドリブへの躊躇いも減ってきている。やはり大和は筋がいい」
「お褒めに預かり光栄です」
 大和は鍵盤から離した両手を膝にのせ、燎に笑顔を見せた。
「ですが、あまり褒められてばかりというのもくすぐったいといいますか……そわそわしてしまいますね。出来れば忌憚のない意見を言って頂きたいところなんですが」
 大和は一度視線をそらしてから笑顔を曖昧に滲ませ首を傾ける。リョウはスパルタだもんなと翔琉に言われたのが気にかかり意識して褒めるように努めていたのだが、大和にとっては居心地の悪いやり方なのだろうか。
 自分に指導をしているスクールや個人レッスンの講師はどちらも厳しい方だ。練習を疎かにすれば確実に見抜かれ容赦なく指摘をされる。「クラシックは誠実であれ」と掲げる個人講師は逐一ミスタッチの回数を数えては、どこがどう悪かったのかを丁寧に説いてくる。一番理解しているのは自分だ。それを上書きされるのは、受け取りようによっては恥の上塗りのようで、必要なことと承知していてもなかなか素直に聞き入れられない時もある。
 そんな自分の経験から、なるべく理不尽なことは口にしないよう注意を払ってきたつもりだったのだが、その結果が「リョウはスパルタ」。翔琉の発言はもっともで、そこに悪意は欠片もないのは分かっていた。あくまで「つもり」だったということだ。講師のせいにする気はないが、人は自分のされてきたことしか出来ないのだと痛感させられる。
「そう……なのか。すまない、加減が難しくて」
 三歳からピアノを続けてもうすぐ十五年。目指す音を自力で追い求めることと人に教えることは、難しさの種類が全く違う。そして度合いだけで言えば後者の方が圧倒的に難しかった。自分だけが努力すればいいと言うものではない。人に努力をしてもらわなければならない。しかも自分と性格の違う人間にだ。躍起になってはいけないと自らに言い聞かせても、魅力的かつ改善点がいくつも目に見えている音を目の当たりにするとなかなかそうも言っていられなくなる。
「いいんですよ、厳しい指導には慣れてます。それに、堂嶌先生としては目に見えた穴を放ったらかしにするのは耐えがたいんじゃないですか?」
「……はあ、生徒に言われてしまってはかなわないな」
 燎は額に手を当てて下を向いた。目蓋を閉じると目の奥が熱を持ってじりじりと痺れる。教える側が行き詰まっているようでは目も当てられないというのにこの有様だ。
「そんな。堂嶌くんがいつも真剣なのは分かっています。真剣だから熱が入る。熱が入るから欠点を見過ごせなくなる。この前堂嶌くんがおっしゃってくれたこと、僕は嬉しかったんですよ? 期待しているからどうしても黙っていられないんだと」
「……大和は優しいな」
 燎が目を開けると大和は穏やかな笑みを崩すことなく首を左右に振った。
「僕はありのままを口にしただけですよ」
「俺も武宮先生を見習わないとな。もっと穏やかな印象と優しい言葉使いで……そうだ! 俺に指導の仕方を指導してくれないか。それが難しいなら俺の教え方の欠点を挙げてもらいたい。大和の方がずっと教えることの何たるかを心得ているような気がするんだ」
「なっ……! 気持ちは分かりますが、それでは立場が逆転してしまうというか……本末転倒ではありませんか?」
「それもそうだが、背に腹は替えられない。俺が自分の問題点を改善できれば大和に合った教え方が出来る。俺も安心してやっていけるというものだ。お互いに利点はあると思うんだが、どうだろう」
 我ながら実に合理的な発想だ。燎はまっすぐに大和を見据えて訴えた。
「そう言われると……弱りましたね。欠点を指摘してくれだなんて頼み、今までされたことないんですが……」
 今度は大和が下を向く番だった。