ルバートの年越しパーティー。翔琉をセッションに誘った意外な人。突然のピンチ。思い返した景色の中に見出すもの。
※智川家ほか全体的に捏造。誕生日の話題ではありませんが、翔琉への応援の気持ちを込めて投稿します。
「結構降ってきたなあ」
「ほんとね。積もらないといいんだけど」
玄関を出た父さんが呟いた。母さんも心配そうに鍵をバッグに入れてゆっくり一歩ずつ階段を下りる。
「こういう時に実家が近所ってのはいいもんだ」
父さんは、俺と母さんが門から出てくるのを待ってから先頭を歩き出した。
外は空と建物の境目が分からないくらい真っ暗だった。街灯の光が当たっているところにだけクリーム色に照らされた雪が漂っているのが見える。風はほとんどないけどこんな天気になるくらいだ。はっきり言って死ぬほど寒い。ぐるぐる巻きにしてきたマフラーを鼻までずらしても顔が凍ってしまいそうだった。行き先がルバートでなかったら三秒で音を上げていたかもしれない。家族三人で住む家からルバートまでは歩いて行ける距離。父さんの言う通り本当にありがたい。
子どもの頃から、父さんと母さんの帰りが遅い日は学校帰りにルバートに直行するのがお決まりだった。じーちゃんが忙しくてもその時間には大体いつも常連さんがいて、必ずといっていいくらい誰かが俺の相手をしてくれた。歳を取っても漢字なら分かるからなどとちょいちょい宿題を見てもらっていたし、テストの結果を知るのは親よりルバートのみんなの方が先、なんてこともあった。道徳の教科書を読んだ常連さんが、俺の話の方がずっと将来の役に立つぞと得意げに武勇伝を語って笑わせてくれたこともある。今思い返してもあの話はひどかったなと思う。
ルバートが家だったら、学校だったら、どんなによかっただろう。何年もそう思いながらここまで来た。喉まで出かかった回数は数え切れない。家族も常連さんもみんな優しいから、口に出してもきっと嫌われたり叱られたりはしないと思う。そう考えると、はっきり弱音を言葉にしてしまった方がよかったのかもしれない。でも結局出来なかった。出来ないままジャズにハマって、トランペットにハマって、リョウたちと出会って、毎日夢中で走っている間に、喉につかえていたそれはいつの間にか薄くなっていった。いつまでも庭の隅に残っていた最後の雪が気付いたら溶けていたみたいな感じだった。
ルバートの前に着くと、四角い窓の中が黄色い明かりできらきらしていた。その光を見ただけで、足りなかったものが内側から一気に湧いてきて何もかもが全部満たされたような気持ちになる。窓もドアもきっちり閉まっている。でも、誰がどこに座って何をしているのか、そこにどんな音楽があるのかがもうこの手の中にあるみたいにわかる。世界中のどこよりも、ここが自分にとっての本当の居場所なんだろうなと最近感じるようになった。
いつもならとっくに閉店の時間。表には貸切中の手書きの貼り紙。俺たち家族と常連さんたちの年越しパーティーだ。明日には他の親戚も集まる。それはそれで賑やかで楽しいけど、やっぱり大みそかの夜のルバートは違う。
傷だらけのドアレバーに手を掛ける。今までほとんど無意識でやってきたことなのに、この日だけはドキドキしてしまって落ち着かない。大きく息を吐き出して氷みたいな金属をぐっと握る。
押したドアの隙間から暖かい空気が溢れてきて、凍えた顔に吹きつけた。それまでくぐもっていた賑やかな声がぶわっと広がって鮮明になる。
「おっ、きたきた! こんばんは」
「いつもお世話になってます」
「すいません、先に頂いてます」
ちょっと古ぼけた照明、コーヒーの香りと料理のにおい、狭い店内いっぱいに満ちるジャズ。いつもと変わらない、でも一年で一番特別なルバート。今日は顔なじみしかいないから、みんな気兼ねなく声を上げて笑い合っている。普段より大きめの音でマイルス・クインテットが流れている。選曲からしてじーちゃんはかなりゴキゲンみたいだ。
「席はそっちに用意してるよ」
「ありがとうございます。すみません、お客様になるばかりで」
「いいんだよ。こっちは道楽でやってるんだから。こういう日くらいゆっくり休まないと」
じーちゃんの笑顔に父さんと母さんは申し訳なさそうに笑い返して席に並んで座る。俺は父さんの向かいに腰掛けた。
つい癖で動き回りたくなってしまうけど、高校生は夜十時までしか働けない。もうその時間は過ぎているから、せいぜい家族としてちょっと手伝うくらいだ。働くでもなく勉強や演奏をするわけでもないただのお客さんとして座ることなんて滅多になく、毎年のことでもついそわそわしてしまう。
周りを見渡してみる。みんなのテーブルには既に料理とドリンクが行き渡っている。料理は大量に仕込んでおけるカレーと、具を挟んで焼くだけのホットサンドだけ。付け合わせのパセリもなし。空の食器はチェーンのカフェみたいに食べた人が自分でカウンターまで運ぶスタイルだ。皿洗いをしようにもじーちゃんがホットサンドを焼きながら並行してやっている。それに常連さんたちは話が盛り上がっているせいで食事の進みがゆっくりだ。キッチンの仕事は余裕があるみたいで、じーちゃんはさっきからずっとにこにこしている。どっちみち俺の仕事はほとんどなさそうだ。
カウンターから三人分の料理とコーヒーを受け取って運ぶ。私服で親にサーブするのはどこか変な感じで肩のあたりにうまく力が入らない。せっかくコルトレーンのソロが始まったのにノリきれないなんて。
高校に入ってからは放課後も休日も練習漬け。そうでなければここでバイト。家族三人で外食をするのはかなり久しぶりな気がする。熱々のカレーにふうふうと息を吹きかけてぱくりと頬張る。寒さでピリピリしていた顔にじんわりと体温が戻ってきて、チェンバースのベースが耳まで温めてくれる。ビシッと効いたスパイスに目を閉じると、マイルスとコルトレーンのユニゾンがぐるぐると体中を駆け巡り全身にじわじわと血が通い始めた。この流れで思いっきり吹き鳴らしたいような、もっとこの曲に浸っていたいような、贅沢な悩みで胸がゆらゆらしてしまう。
店内とステージを見てもまだ誰もセッションする気にはなっていないみたいだ。当然相棒は連れてきている。けれど大みそかのメインは大人たち。今日ばかりは智川さんちのお孫さんとして美味しくカレーを味わい、じーちゃんを手伝って高校生らしく振舞うのが仕事だ。
そうしてスプーンを口に運んではカップで手を温めを繰り返していると、ステージ手前のソファから男の人が立ち上がってこっちに手を挙げた。
「翔琉くん、そろそろ食い終わったか?」
その無精髭を見た瞬間、カップが手からズルッと滑り落ちそうになってしまった。慌てて握りしめ、震える手でソーサーに戻す。まさか深川さんが来ているとは思わなかった。夏に話して以来だからほんの数ヶ月ぶりだけど、ここで会うのは初めてだ。
「えっ? あ、はい!」
何か言いたげな父さんと母さんに、とりあえずこれ取っといてとひとこと言ってから、食べかけのカレーを置いて席を立つ。深川さんが来てるってことは木暮さんと篠原さんも一緒のはず。拳で胸をトントンと叩いて息をする。それでも全然落ち着かなくて、心臓をざわざわと波立たせるハイハットにまるで勝てる気がしない。
「お久しぶりです。えっと……ご挨拶が遅くなってすみません。夏休みはお世話になりました」
「いいってことよ! 俺も楽しかった。ジャズ合宿なんて青春ド真ん中のイベント、この歳にもなったらそうそうできやしないからな。いい刺激になったってもんよ!」
深川さんは大きな手で俺の背中をバシッと叩き、こっちに座れとソファを勧めた。
「せっかくの家族水入らずだというのに、いいんですかね」
木暮さんの苦笑いに篠原さんが重々しく頷く。
「いいじゃねえの! それはそれで夫婦水入らずってもんだ。親孝行親孝行」
「ああ言えばこう言う」
「ガッハッハ! まだまだ夜は長いんだ、気楽にいこうぜ」
深川さんは豪快に笑ってホットサンドにかぶりつく。ドラムソロと一緒にザクザクッとパンの音が立つ。
「それは同感ですね。今から飛ばしていたら身が持ちませんから」
木暮さんは静かにコーヒーに口を付け、篠原さんは小さく見えるスプーンで次々にカレーを口に運んでいる。
「身がもたねえ? んなわけあるか。こんな日だからカッ飛ばすんだろうが。なあ」
深川さんは俺の肩に手を置き、ガシっと掴むように太い指に力を入れる。本当なら全身全霊でハイと頷きたい。でもさすがに遠慮してしまう。何たって伝説のジャズトリオだ。顔見知りではあってもこのトリオにとって俺は祖父の七光り。三人は実力も実績も雲の上。気軽に話しかけられるような相手じゃない。
「喜良、翔琉くんが困っているじゃないですか。大の大人が怖がらせてはいけない。セッションしたいならもっと優しく誘わないと」
「はっ! お前の回りくどい言い方のほうがよっぽど怖い。男はドンと構えてナンボだろ? 先が思いやられるぜ。せいぜい最悪の年越しにならないようにしてくれよ?」
「こちらの台詞ですね。さあ、行きましょう翔琉くん。圭司もセッティングを」
「え!?」
売り言葉に買い言葉だ。深川さんと木暮さんは二人だけでとっとと話をまとめて立ち上がってしまった。ほとんど黙っていた篠原さんも実はその気だったらしく、空のカレー皿をカウンターへ片付けに行きその足で荷物置き場からスティックを抜き取った。深川さんはドスッと靴を鳴らして真っ先にステージへ足を踏み入れる。その手には黒いケース。俺も慌てて席から相棒を連れてくる。こんなに早く出番が来るとは思わなかった。しかもいきなり伝説のジャズトリオとだなんて。もう少し急いでカレーを食べてくれば良かったかな……とちょっと後悔しながら、まだ二分目の胃に手を当てる。
俺たちのやりとりに気が付いたじーちゃんがレコードの音量を落とした。他の常連さんが囃し立てる。
「よっ、伝説のジャズトリオ!」
「こいつは景気がいいね」
「頑張れよ翔琉くん!」
お酒は出していないのに常連さんたちはもうすっかり出来上がったみたいになっていた。
ステージへの小さな段差を上る。レコードの落ち切った店内で自分の靴音がコンと小さく鳴る。たった一段。でもその一段はいつだって世界の境目みたいだ。
「そういえば、曲はさっきのでいいよな?」
深川さんがサックスのケースを開けた。ギラついた金色のテナーが闘志に燃えている。
「節目の日にふさわしい曲かと。翔琉くんが吹けるならそれでいきましょう。どうですか翔琉くん」
「……一人で練習ならしてました」
俺は正直に答えた。まだ一人でジャズをやっていた頃に何度も何度も吹いた。飽きるまでやろうと思ってやり始めたその曲は、どう吹き方を変えようが全然飽きなくて毎日吹きまくった。キレのある気持ちのいいメインから泳ぐみたいに滑り出していくソロが好きだった。他の曲の時と同じようにじーちゃんに頼めば練習相手になってくれただろう。でもどうしてもその気にはなれなかった。信じたかったんだと思う。アダレイやコルトレーンみたいに、いつかきっとソロを継いでくれる仲間が自分にもできると。
「っし、なら問題ないな。二人とも準備はどうだ?」
「いつでもいけますよ」
「え?」
「何だ、自信ないのか? お前なら大丈夫。あんだけ吹けるんだ。その練習ってのも相当してたんだろ? 見てたぞ、この前のアンコン。すごかったじゃねえか」
一人だけ置いてけぼりの俺に、深川さんはニヤリと笑ってストラップを首にかけた。
「そうだったんですか!?」
「後ろの方でコッソリですけどね」
「こいつがお前たちを買ってるのは分かった。だから怖がるな。全力でぶつかってこい。んで、いつか俺たちに追いつけ。まあ、待ってやる気なんてこれっぽっちもないけどな!」
深川さんは大口を開けて笑う。
「可愛がりたい気持ちは分かりますが、新人をいびるのもほどほどにして下さいよ? 才能の芽を潰してしまったらどうするんですか。まあ、待つ気がないのは私も同じですけどね」
「……だから俺たちが死ぬまでに追いついてくれ」
穏やかに釘を刺す木暮さんに今日初めて口を開いた篠原さんが洒落にならない冗談を言って、深川さんがまた笑った。笑っていい冗談なのかは分からないけど、ほんの少しだけ体が温まった気がする。でも手だけはだめだった。爪の先まで冷たいままで、何をどうやっても痺れたみたいに震えが止まらない。篠原さんが座り直すギシギシという音や食器の音がずっと遠くに聞こえる。
「出来るか」
「はい」
どこにも逃げ場はない。ズボンの膝で手をこすって相棒を構える。息を吸い込みながら肩を大きく上げてストンと落とす。
よし、勝負だ。
タタンッと篠原さんがスタートを切る。
全身で音を拾って呼吸に集める。篠原さんの軽いタッチに乗せて深川さんとメインを刻む。ほんの十数秒。けれどここで一ミリでもズレたら総崩れ。プレッシャーをかき分けて合わせに行く。そこを乗り切ったら今度はそっと相棒が離陸する番。スタッカートから急に柔らかいロングトーンに切り替えるのは、分かっていても難しくて息がブレそうになる。祈りながら相棒の行き先を追う。それが終わればまた深川さんとの職人プレイ。緩急が激しい。一人で吹いていた時はあんなに楽しく流すみたいに吹けたのに、初めて深川さんたちと合わせるというだけでこんなに別物になってしまうなんて。部活での初合わせとは比べ物にならない緊張感だ。
気が遠くなるような短いメインを終え深川さんのソロが始まる。力尽きた相棒が頭から墜落しそうになるのを慌てて支える。力を入れ損ねた小指にビリッと痛みが走る。自分の演奏自体はちょっとした休み時間だけど全然休んではいられない。
深川さんが目を輝かせて大きく息を吸い込む。
大きくがっしりした手の中でテナーが笑う。日焼けした太い指が見せつけるように高速で動く。高音が唸りながら拳のように突き抜けて店の空気を手当たり次第になぎ倒していく。抜群のキレと堂々とした力強さ。絶対の自信。これがジャズじゃなかったら戦争に勝った将軍だ。あまりにも清々しくて悔しいという気持ちが全然湧いてこない。
こんなに派手なソロをぶっ放されても、木暮さんと篠原さんは引っ張られずに自分たちの演奏を続けている。篠原さんは無表情でハイスピードのリズムを淡々と取り続けている。軽いのに全く揺らがない。機械かと思うくらいの正確さの中に水の流れみたいな感じがある。木暮さんの後ろ姿は背筋がまっすぐに伸びていて腕の動きも軽そうだ。二人は完璧に揃っている。なのに深川さんには全く合わせに行こうとしない。そのパーフェクトさが気持ち悪いくらいの気持ち良さだ。全員分かっててやっているに決まっている。
何だかすごくずるい。そしてやっぱり悔しい。苦戦しているのは自分だけなのだと実力で突きつけられているような気がして。
大晦日にこんなセッションをすることになるとは思っていなかった。でもそれを言い訳はしたくない。足先に力を入れて胸を張る。
ふっと鋭く切るブレスで深川さんからフレーズを受け取る。
出番だ。
頭はクリアに。
目を閉じて集中。
胸の中は空っぽに。
踏みしめた微かな足音が波紋に変わって広がる。
この一年間。
新入生は誰も来ないかもと不安がるあいつらを励ましながら春を迎えた。安心できたと思ったらジャズ部統合の危機。ドタバタしながらジャズコンを乗り切って、アンコン。そうこうしてるうちに今日だ。本当に一年間の出来事だったのか信じられないくらい目まぐるしかった。
転がるように走って、走って、走って、今ここにいる。
その今だって、本当だったら踊りだしたくなるほど嬉しいはずのに、ぎゅっと体に力をこめていないと心の奥の何かがちぎれて飛んでいってしまいそうな気がしている。
本当は少しだけ、いや、たまにすごく不安だった。
世界一になる。あいつらと一生一緒にやっていく。その決意は変わっていない。だけど、部活になって後輩を抱えて「カルテット」が「本格的なチーム」になって、嬉しいことと同じくらい背負うものが増えた。予想していなかったわけじゃない。きっと俺がまだ「大人」になっていないから、色々なものが現実に追い付いていないんだろうなと思う。
じーちゃんの言う「大人」に、俺はまだなれていない。本当の大人から見た俺はどれだけ練習してどこまでうまくなろうが所詮若造だ。褒められる時にはちょくちょく「学生なのにうまいな」と言われる。学生なのに、という言葉。それは心から褒めているのか、手加減されているのかは分からない。
優しくしてもらえるのはすごく嬉しい。でも贅沢を言うなら音楽だけは甘やかされたくはない。「子どもにしては上出来だ」の甘い言葉に浮かれて先を見るのをやめるのは、多分ちょっと違う。世界でやっていくっていうのは何となくそういうもののような気がする。今みたいなギリギリのことが何度も何度も襲ってきて、もう嫌だってくらい試される。その繰り返しなんだろう。こんなことを言うと「子どもにしてはいいこと言う」って言われるんだろうけど。
――知るか!!
難しいことを考えたって、俺は結局今の自分にやれることしかできない。急にプロにはなれないし、大人にだってなれない。でもそれでもいいと言ってくれる仲間たちがいる。だから俺もそれでいいと思える。だからきっと明日も吹いていける。いつまででもやっていける。
信じたい。これからもずっとみんなが笑ってくれると。お前と一緒にやってきてよかった、このチームに入ってよかったと心からそう思ってくれたなら。
マウスピースが震える。自分の呼吸が意思をもって管を通り抜けていく。相棒に命が通って生き物の音で満ちていくのを感じる。どんどん指が熱くなって、巡り巡った血が体全体を熱くしていく。余計な肩の力が抜けて腕から手首までの感覚が消える。でも全然怖くない。今なら何だって出来る。
「いいぞ、翔琉くん!」
「頑張れ! おっさんトリオに負けんなよ!」
大きな拍手がはじけて歓声が体の真ん中にぶつかってくる。数は少ないけれど、だからこそ一つ一つがハッキリと聞こえる。
「翔琉!」
父さんと母さん、じーちゃんの声も。
相棒が大きく頷いて最後のスタッカートを踊りだした。俺の手を離れてフレーズが勝手に飛び跳ねる。マイルスは何を考えながらこの曲を作ったのだろう。世界中のトランペッターにこんな気持ちになって欲しかったのだろうか。ちゃんと勉強したら分かるかもしれない。でも今の俺には分からない。だから俺は俺のジャズをやらせてもらう。ごめんマイルス。大人になったら謝りに行くから。
ゆっくりと目を開ける。真正面にはじーちゃんみたいに歳を取ったドア。四角い窓の向こうは真っ暗。けれど店内の黄色いライトに照らされて相棒がきらきらと輝いている。あたたかな空気。みんなの笑顔。いつもと変わらないカレーとコーヒーのにおい。
マウスピースからふっと口を離すと相棒がくたっと力尽きた。自分も膝の力が抜けてふらふらしそうになる。すると、深川さんがニカッと笑って俺の背中をさすってくれた。カレーよりもコーヒーよりも熱い手のひらだった。
大丈夫。
明日からも、俺はきっと走っていける。
Miles Davis quartet "Milestones"
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