SC2年生の勉強会。堂嶌先生不在のピンチに武宮先生が繰り出す作戦とは。今、神条氏の胃痛が始まる――!
「神条くん、ちょっといいですか」
それまでニコニコしながら黙って歩いていた大和が、突然小声で話しかけてきた。翔琉と光牙はいつの間にか自分たちよりかなり先にいた。こちらを全く振り返りもせず、料理の名前と笑い声を上げながらずんずんと進んでいる。
「レストランに着いたら、勉強以外にひとつだけ協力してもらいたいことがあるんです。一応君にもメリットはあります。聞いてもらえませんか?」
「……いいけど」
大和がこういう言い方をする時、大体その内容はろくでもないことが多い。しかも、優しく人に尋ねているくせにどことなく有無を言わさぬ雰囲気が漂っているからたちが悪い。けれど優貴はそんな大和を咎められずにいる。大和が提案するのは誰も傷つかない話だからだ。ただ単に大和が持ち前の能力――それが性格によるものなのか、はたまた経験で身に付けた技術なのかは優貴には分からないし、分かろうとする気もないのだが――で、これから何が起こるのかを先読みし、そのために何が必要なのかを逆算して教えてくれているだけ。大和の読みが外れたことはほとんどない。あったとしても、それは大抵前を歩いているあの二人がその場の感情に任せて突拍子もないことをしでかして大和の予想を裏切るのが原因だ。
「ありがとうございます。神条くんが協力してくれるならとても助かります。今日は堂嶌先生がいませんから、一工夫しないと……と思いまして」
「そうだな」
大和の言うことはいつも正しい。正しいからこそ、ろくでもないなと優貴は思ってしまう。
「いらっしゃいませ。四名様ですか?」
出迎えたエプロン姿の店員に翔琉が答え、お好きな席にどうぞの促しに従い通路を進んでいく。土曜日の午後は学生や家族連れが多く賑わっていたが、幸いいくつか空席はあった。その中から翔琉は一つを選び、あそこでいいか? と聞いてきた。日当たりのいい窓際のボックス席だ。眠気を誘いそうだな、と早速不安がよぎる。ちらりと横を見やると、大和は崩れることを知らない笑みで頷いていた。大和が気にしていないのならいいけど、と優貴は薄緑色のつるつるしたソファを睨みつける。大和によるとこれからが肝心らしい。
「席が決まったら、まず智川くんと行田くんには別れて壁側に座ってもらいます。そして僕が行田くんの隣、神条くんが智川くんの隣です。どうでしょう」
「別に。問題はない」
光牙の隣も正面も正直お断りだったので、これはありがたい申し出だった。大和の言うメリットとはこのことだろう。
「ただ、一応聞いとくけど二人が別れなかったらどうするつもりなんだ?」
「その時はどうにかします。プランはいくつか用意してありますから、恐らくうまくいくかと」
いくつか、の言葉に信頼を覚える一方で、どことなくうすら寒いものを感じてしまう。
「そう」
と優貴は小さく答えて首を縦に振るだけにして、ここまでの道のりを黙々と歩いてきたのだった。
恐れていたことが起こった。真っ先にソファに腰かけた翔琉に続いて、二番目にいた光牙が隣に腰を下ろそうとしている。あっ、と思わず優貴は口を開きかけてしまう。しかしそこで大和が一歩進んで手を上げた。
「行田くん、せっかくですから智川くんの向かいに座ったらどうですか? メニュースタンドと呼び出しボタンが近いですから、すぐ注文ができますよ」
うわ……と声が漏れそうになる口を優貴は慌ててつぐみ、大人しく翔琉の隣についた。大和はカバンを下ろすと店員から受け取ったお手拭きを皆に配り、上品に袋を開けながら、
「何だかファミレスって新鮮ですね」
「やーっぱ大和はそうだよなあ! こういうとこあんま来ないイメージあるし。ま、俺も普段ルバートだから同じなんだけど! っていうかお客さんになるのが新鮮」
「っし、肉だ肉!」
とすぐに場になじんだ。どこからどう突っ込んでいいのかわからない。けれど、何も言葉にしてはいけない。
とにかく自分の仕事の半分は終わったのだ。あとは、自分の勉強を進めながら時々翔琉に教えることと、翔琉が気晴らしと称して無意味にドリンクバーに向かわないよう席を封鎖すること。そして、大和がメニューを没収するという最終プランが飛び出す羽目にならないよう祈るだけだ。はあ、と優貴はため息をついてお手拭きの袋をつまんだ。
「んだよ。着いたばっかなのに暗くすんじゃねーよ」
「うるさい。着いて早々に肉肉言うお前のせいだよ肉食単細胞」
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