(41)我慢やプライドや矜持の話 お題:寒暖差

天城先輩と煌真ちゃん。




「お疲れ様でーす……あれ? 天城先輩、もしかしてもうスプリングコートですか?」
「え? ええ、そうよ……よくわかったわね」
 煌真が、セッティング中のアルトサックスから顔を上げるなり目を丸くした。意外な言葉に、輝之進も同じように目を見開いてしまう。
 輝之進は自分の手元を見下ろした。腕には軽く畳んだスプリングコートが掛かっている。買ったのは先週。おろしたのは今朝。アウターがいつもと違うと言うのならまだしも、畳んだこれを一発でスプリングコートだと当てるなんて。
 煌真ちゃんって実はお姉さんか妹がいるのかしら、と輝之進は首をひねる。でも、覚えている限りそんな話は聞いたことがない。知っているのはSwingCATSに双子の兄がいることだけ。その兄のように、仲の良くない姉妹の存在を隠している可能性もあるけれど、何となくそれは邪推のような気がする。本当に、純粋にファッションに敏感なのだろう。輝之進はそう思っておくことにした。こういう時のカンは割と当たる。
「そりゃあそうですよ。天城先輩って、三月になったらソッコーで冬服封印しそうなイメージ」
「うっそ、何でそこまでわかるの!? 煌真ちゃんエスパー!?」
「えっ、マジだったんすか。半分冗談だったのに」
 荷物を置くことも忘れて棒立ちになった輝之進に、煌真も一瞬固まってしまう。
「先輩。まさかと思いますけど……もうコートとかって全部クリーニングに」
「出すわよ?」
「え!? 今日一日ですよ!?」
 つええ、と呟く煌真に、輝之進はそうねと軽く流して壁際のロッカーに向かう。ロッカーと言っても、扉のないただの造りつけの棚だ。腕のスプリングコートを一度広げ、小さな棚に収まるよう小さく畳み直す。まっさらなアイボリーの生地はシミひとつなく、パリッとしていて気分がいい。腰でリボン結びにしたベルトもまだ崩れていない。思いきって奮発した甲斐があった。我ながらいい買い物をしたと思う。これを今日から毎日着ることを思えば、どんなに朝晩が寒くてもダウンなど着る気がしない。大きな紙袋にまとめた冬物は、予定通り週末の内にクリーニングに出してしまおう。輝之進はバリトンサックスのケースを手に煌真の元へ向かう。
「そういう煌真ちゃんだって、今日いつものコートじゃないわよね?」
「あー……バレちゃいました?」
 煌真はわざとらしい笑顔で首をかしげた。
「バレバレよ」
 輝之進はケースを開けて楽器を取り上げ、膝の上に置く。先ほど目に入った棚の中。煌真のリュックにふんわり重ねてあったのは、昨日までよく見かけていたコートではなかった。デザインこそわからなかったが、明るい色合いからして春を意識した衣替えなのはすぐに見て取れた。
「いやー、天城先輩に隠し事ってできませんね。実はオレも三月に冬服着れなくって」
「気が合うじゃない! わかるわよ。すごくわかる。ニットはまだいいわ。でもダウンとか絶対無理なの」
「そう! ほんとそれです! 先輩と解釈一致とかマジありがたい……」
「私もよ。結構周りの子って『そういうの分かるけどやっぱ寒くてコート着ちゃう!』って人多くて」
「あー、まあそうっすよね普通は。てかオレも正直めちゃくちゃ寒いんですけどね。先輩は大丈夫なんですか?」
「……煌真ちゃん、そこまでわかってるなら聞かないでちょうだい」
 輝之進はロングスカートの下で裏起毛タイツの脚を組み、ストラップを首にかけるついでにさりげなくブラウスの首元に指を入れ、発熱ハイネックインナーの襟をこっそり引っ張り上げた。