[23]妻と僕の間の悪魔的暗示ととある見解

はあ。私はため息をついた。どうしたら村◯春樹構文の燎父が見られるのだろう。何か謎めいた魔法でも振りかかればあるいはと思えるのだが、現実にはカボチャを馬車に変える魔法使いなど現れはしないし、村◯構文を操りながら妻と愛を語り合う燎父の話も存在はしないのだ。やれやれ。私は書いた。
――そんな堂嶌夫妻。燎不在。私が読みたかっただけシリーズ。再現度はお察し。



 僕は、ジャガイモをフォークで四つに割ってスプーンに持ち替え、口に運ぶ。スプーンでなければ崩れてしまうほど、妻の作るポトフのジャガイモは決まってよく煮えているからだ。コンソメスープは世間から見たらだいぶ薄味な気がするが、僕ら家族にはちょうどいい。僕、妻、息子の燎、妻の母。その四人。
 ジャガイモもコンソメスープの味も、恐らく妻が狙って仕上げた訳ではない。大方、頭の中がピアノでいっぱいで火にかける時間を計算する余地もないのだろう。コンソメスープもそうだ。妻にとっては、キッチンタイマーよりも、軽量スプーンよりも、ピアノのハンマーのコンディションの方が遥かに大事なのだから。
 僕は一度、煮る時間と同じ長さの曲を頭の中で鳴らせばいいじゃないかと言ったことがあった。けれど妻の答えはこうだった。
「あのね。悪魔的暗示の気分の時に軍隊行進曲を聴けって言われたらどう思う? 私は気が滅入っちゃう」
 全くもってその通りだった。ピアノを弾けない僕でも、悪魔的暗示の気分の時に軍隊行進曲を流されたら辟易してしまうだろう。シェフを呼びたまえ、といらいらしながら口元をナプキンで拭く嫌味な中年の客の気持ちが今なら分かる。分かったところで僕はシェフを呼びはしないし、じっと我慢して軍隊行進曲を聴くのだろうけど。
 やれやれ。僕はキャベツを食べる。やけに大きい。くたくたになっていなかったら、きっと一口では食べきれなかっただろう。僕の提案を拒否し、頭の中で好きな曲を流すことを選んだ妻は英断だったのだ。これで彼女は心置きなくコンサートのイメージトレーニングに集中できるし、突然の軍隊行進曲に調子を狂わされることもない。僕は薄味のコンソメスープが染みた柔らかいジャガイモとくたくたのキャベツにありつけるという寸法だ。実によくできている。
 具体的に言うと、今の僕の気分は悪魔的暗示ではなく、スケルツォ第2番変ロ短調なのだが、それにしても。妙に静かだなと僕はスプーンを置いて正面を見た。
 妻のポトフはほとんど減っていない。せっかく焼いてくれたフランスパンも手つかずのまま。彼女は乾いたフォークを手に、テーブルの真ん中の辺りをぼうっと眺めている。彼女の首だけが何か別の生き物のように、メトロノームの機械的な感じとはちょっと違う、しかし規則的なリズムでゆらゆらと左右に揺れている。
 これは本気で弾いているみたいだ。僕はウインナーソーセージをフォークで刺した。それはテレビのCMのようなパリッとした音を上げることはない。案の定だな。僕は旨味の抜けたウインナーソーセージをかじった。