スクール時代など捏造。SCでこういうことしてたらいいな! という願望を込めて書きました。
昔から写真を撮られるのがあまり得意ではなかった。
コンプレックスというほどのものではない。カメラを向けられた時は大人しく撮ってもらうようにしている。写真を撮りたいという意思は、自分に興味を持ってくれているという意味でもある。そう考えれば決して悪い気はしないし、何よりすげなく断ることは失礼だからだ。衣装を着ての写真や集合写真など、改まった場面で笑顔を作らされる場面は抵抗感があるものの、年に数えるほどの回数だ。日常生活に支障をきたすようなことはない。
「どうじまくんはあんまり笑わないから」
初めて人からそう言われたのは小学生の頃。音楽スクールでのことだ。ここには音楽を習いに来ているのだから一人になっても弾き続ける。そう決めて、自分を遠巻きに見つめる生徒たちをなるべく意識しないよう一心に鍵盤へ向かっていた時だった。それまで静かだった水面に、ポン、と石を投げ込まれたようだった。その石はとても小さく何の変哲もないただの石ころだったに違いない。子どもの手で何気なく投げられたものだ。特に尖ったところも歪なところもない。しかし、それは当時の自分の心に確かな波紋を生んだ。微かではあるけれどはっきりと認識できる程度の揺らぎだった。
その出来事が写真への苦手意識に繋がっているのかは自分でも確証が持てない。ただ、未だに忘れられずにいる。それだけのエピソードだ。あの生徒を糾弾したかったわけでもないし、ましてや恨みなどもない。誰の言葉なのかは判然としなかったが、口調からして悪意は感じられなかった。あの生徒はただ人の特徴に言及しただけのこと。元を辿れば、自分に笑顔が乏しいのはずっと前からかもしれないのだ。
「アルバムを作りたいんだよ」
夏のコンクールを控えた七月。翔琉が部員全員の前で突然切り出した時、一瞬戸惑ってしまった。写真が苦手だと公言している優貴が露骨に顔をしかめた以外はみな乗り気だった。この流れは覆せそうにない。もっとも、思い出を手元に残しておきたいという発想そのものには自分も賛成である。ならばカメラ好きとしてなるべく撮る側に回りたいと意向を伝えるのが精々だ。
撮影期間はその夏のコンクール前から翌年の自分たちの引退まで。カメラ同好会を中心に、各々が写真を撮って所定のクラウドにアップロード。選別したものをフォトブックにまとめ、自分たちの引退時に記念品として全員に配る運びとなった。撮影に気を取られては練習が疎かになるし、膨大な枚数の写真と悪戦苦闘する羽目になる。頻度や枚数などルールを決めた上でアルバム作りは始まった。
いわゆる記念撮影と比べればかなり気は軽い。それでも案の定、
「やーっぱリョウは笑顔がカタイよなあ」
と初日から翔琉に苦笑いされる始末だ。
「悪いが俺にそういうのは期待しないでくれ。弾いているところを適当に撮ってもらった方がよほどいい絵が撮れる。ユウもそうだろう?」
「こっちに話題を振るな! せっかく人が避けてたのに余計なことを……!」
「はいよ! 神条くんもバッチリ撮るからな! 一流ジャズカメラマン智川さんにかかればカメラ嫌いもなんのそのってもんよ!」
「ああもう暑苦しい! そのカメラを今すぐ仕舞え! あとその態度も今すぐやめろ!」
ニヤニヤしながらにじりよる翔琉に優貴が声を荒げる。
「優貴。そのままだとキレ顔撮られっぞ」
「おっ、じゃあ怒った顔も撮っとくか!」
追い打ちをかけた光牙に翔琉がさらに悪乗りしだした。こうなってはしばらく止められない。
「お前ら……!!」
優貴が癖毛を膨らませる。申し訳ないが優貴にはしばらく耐えてもらうほかないだろう。
「リョウ、今のsmileを撮ってもらえばよかったですね」
「……え?」
椅子に座ったまま見上げると、レイが屈託のない笑顔をこちらに向けていた。
「今、俺はそんなに笑っていたのか」
「はい、とっても。リョウはみんなが好きなんですね」
「それは……もちろん」
ストレートな表現に思わずたじろぐ。逃げるように脇に置いていたカメラへ手を伸ばし、激しい応酬を繰り広げる三人にレンズを向けた。優貴はついにウッドベースを置いて本格的に徹底抗戦の姿勢を見せているが、翔琉は一歩も引く気配がない。光牙は傍観の姿勢だが翔琉の側についているのは明白だ。こういうシーンを撮るのはいかがなものかと自分でも思う。それこそ優貴は黙ってはいないだろう。けれど、なぜか自分の中には撮るという選択肢しかなかった。あまり人物を撮るのは得意ではないが、翔琉と優貴の表情が変化した瞬間を見計らい何度かシャッターを切る。幸い三人に気付かれてはいないようだ。ほっとしてカメラを下ろす。
――カシャッ。
「リョウ、撮れました。やっぱり素敵なsmileです」
水面に何かかが放り込まれた。覚えのある感覚に意識が引き上げられる。しかし水に落ちたのは石ではなく柔らかな声だった。差し出されたスマートフォンに目を落とすと、そこにいる人物はカメラを手に確かに笑っていた。
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