(52)喉元過ぎれば お題:梅雨

SC2年生。今日もミケとキティは激しい口論に。でも今回仲裁に入ったのは堂嶌先生ではなく……?




「だから力任せにやるなって言ってるだろ。いい加減学習しろよ」
 優貴はウッドベースをスタンドに預けるなり、あからさまなため息をついた。この日何度目かの音合わせを終えた部室には、肌にまとわりつくような湿気が充満し、白い照明の光では冷やしきれないほど不快な熱がこもっていた。閉め切った窓の外では、朝から続く雨がざあざあと音を立てている。優貴は重苦しい外の景色を睨みつけると首を左右に振った。膨らんだ癖毛が揺れる。優貴はいらいらした様子で何度か手櫛を通し、そのまま光牙に一瞥もせず立ったまま壁にもたれた。
 当然、光牙はそんな優貴の態度に黙ってなどいられない。すかさず大声を上げて詰め寄る。
「んだと!? パワーとインパクトがねえとここは締まんねえだろうが。翔琉もそう言ってたじゃねえか」
「確かに音圧は大事だ。でもそれ以上に重視しなきゃいけないのはボリュームより質」
「はいはいお坊ちゃんは上から目線で簡単に言いやがりますねえ! 俺のドラムの質が低いって言ってんのかよ」
「ああ低いよ、単細胞のくせによく気が付いたな。褒めてやる」
「そういうのも上から目線で腹立つっつってんだよ!!」
「ドラムも力任せなら声も力任せだな」
「はあ!? てんめえ調子に乗りやがって……」
 光牙がいよいよ腹の底から唸り、優貴の胸倉を掴まんと一歩踏み出す。しかしそこで、
「ストーップ!! ストップ、ストーップ!!」
 と、両手を広げた翔琉が割って入った。完全に不意を突かれた光牙は、怒りに任せ鉾先を翔琉に向ける。
「止めんじゃねえよ翔琉! 今日こそこいつを黙らせないと俺の気が済まねえ!」
「黙るべきなのはそっちだろ。吠えるしか能がないんだから」
「はいはいわかった、よーくわかったから!」
 翔琉は右手で光牙の肩を、左手で優貴の肩を叩く。しかし感情のたっぷり込もったその言い草は、わざとらしく芝居がかったように聞こえたらしい。光牙と優貴は二人揃って翔琉にしかめっ面を向けた。
「わかってねえだろ」
「分かってない」
「なんだよお前らほんとは仲いいんじゃん!」
 ぽんぽんと二人の肩を叩く翔琉に、光牙と優貴は同時に怒号を投げつけた。
「よくねえよ!!」
「良くない!」
「あっはっはっは!」
 しかし翔琉はどこ吹く風。そのまま二人の背中をぐいぐいと押して廊下へ送り出してしまう。感情のやり場をなくした二人は抗えずにされるがまま。最後には廊下を別々の方向へ歩いて行った。

「ふー、いっちょあがりーってとこかな!」
 翔琉は初夏のようなサッパリとした笑顔で戻ってきた。
「智川くん、流石の手際ですね。僕には真似できそうもない」
 大和が感嘆し、燎がやれやれと小声を漏らす。
「真似していいものじゃないだろう。全く……結果的にまとまったからよかったものの、見ていて冷や冷やしたぞ」
「リョウは心配しすぎなんだって! こういうのはまとまればオッケーオッケー! にしても梅雨はなあ……毎日雨ばっかだと色々心配になるよな。楽器もだけど……」
 翔琉は椅子に浅く腰かけて脚を投げ出し、優貴が消えていった廊下をチラリと見た。それからトランペットを手にサッと立ち上がり、大和と燎に快活な笑顔を見せた。
「ま、どうにかなるだろ! うだうだ言ってる間にすぐ夏だ!」