(54)タイトル未定 お題:ゲリラ豪雨

突然の雨でもリアクションはいつも通り?なSC初期メンカルテット。鍵や音楽準備室のくだりは捏造です。




「うん! 良くなってきてる!」
 翔琉は頷いた。その言葉と笑顔に、他の部員たちもホッとして表情を緩める。
 今日三度目の通し練習。一体感の上がってきた演奏は、ふわんふわんとした残響も心地よく、消えてしまうのがもったいないと感じるほどだ。一年生たちも力と自信がつき始め、生き生きと吹けるようになってきている。いい調子だ。技術的にも感情的にも好感触。翔琉はもう一度頷いた。

 が。
「……ん? 降ってる?」
 せっかくの余韻を打ち消すように、窓の方からパラパラと小さな音が聞こえ始めた。見てみると、外はいつの間にか重く暗い灰色の雲に覆われていた。ほんの少し前までは薄曇りだったのに。
「水を差すとはまさにこのことだな」
 燎が窓を閉めながら呟く。その表面は雨粒で点々と濡れている。
「うまいこと言ったつもり?」
 優貴は毒づきながら別の窓を閉める。雨音が遮られ静かになった部室で、鍵をはめる音がガシャンと大きく鳴った。

 しかし、その静けさも一瞬のこと。
「そんなつもりはなかったんだが……すまな」
 燎の言葉は突然さえぎられた。
 窓ガラスが激しい音を立て始めたのだ。叩きつけるような、とはよく言うが、この勢いと音量は叩きつけるを通り越してマシンガンで撃たれているようなものだ。窓に激突した雨は丸い粒になる暇すらない。いつもなら窓の向こうには他の校舎と校庭が見えているのに、今やほんのすぐ先の渡り廊下すら見えなくなっている。この部室だけ丸ごと嵐の中に投げ込まれたような景色だ。
 あまりにも急な天気の変化に、しばらくの間みな呆然と窓の方を眺めるばかり。今朝の予報は、ところによって午後一時雨。こんな大雨とは聞いていない。通り雨かとも思ったが、一向に止む気配もない。
「……はあ」
 優貴のため息すらほとんどかき消される始末だった。
「まあ、さっきのコウのドラムよりマシだな」
「あ!? 優貴てめえ今何つった! もっかい言ってみろ!」
 優貴の最後の捨て台詞は豪雨にも負けなかったらしい。光牙が嵐を吹き飛ばす勢いで食ってかかる。
「聞かない方が身のためだと思うけど」
「なら言うなよ!!」
 どっちも正論だな~、と翔琉の声が雨脚の前をのんびり通り過ぎる。優貴は光牙を無視して荷物置き場に向かうと、バッグからスマートフォンを取り出した。
「連絡来てた。うちはこのあと親が迎えに来る。ベースは……今から吹奏楽部に行ってくる」
「僕も行きましょう。この雨だと、ビニールを掛けても持ち運びは不安です」
 音楽室はこの部屋と真逆の方向にある。優貴は一度眉間にシワを寄せ、黙々と、かつ手早くウッドベースを片付け始めた。大和もそれに続く。
 優貴を始め、自前の楽器で練習しているメンバーは毎日楽器を持って登下校している。それは自宅での自主練習のためでもあり、セキュリティのためでもある。部室には窓も扉も鍵がついており、職員室で管理されている。しかし鍵そのものは簡単なもの。万が一がないとは言い切れない。
 けれど吹奏楽部は違う。音楽室を通り抜けた奥にある音楽準備室に、学校の備品としての楽器が保管されている。総額はかなりのものだ。当然、SwingCATSの部室よりも遥かに立派な鍵で施錠されている。万が一の時はここにお世話になる取り決めとなっていた。
「だな。よし! じゃあ楽器預けるやつは吹奏楽部! 俺は今からじいちゃんに電話するから、みんなも各自連絡。帰れないやつはみんなじいちゃんのワゴンな! じゃ、リョウ。俺ちょっと教室行ってくるから後よろしく! いや~、今日が定休日で助かったー!」
 翔琉はぽんぽん指示を飛ばしてトランペットケースの留め金をパチンと閉めた。そしてリュックをひょいっと肩に引っかけ、スマートフォンを耳に当てながら廊下へ走り出す。
「おいトモ! 教室に用事なんてないだろう!」
 声を上げる燎に、廊下から翔琉の大声が届いてきた。
「教科書とノート置いてくるんだよ! 荷物は減らしておかないと!」
「翔琉! そういうのは早く言え! 俺も行く!」
 光牙が叫びながら自分のリュックを引っ掴み、腕を通しながら猛追する。

「……教科書、持って帰ろうとはしてたのか。……じゃ、行ってくる。荷物見といて」
「分かった」
 優貴はウッドベースケースを担ぎ、ただ一人荷物のないピアニストに向かって小さく鼻を鳴らしてから部室を出て行った。