(55)三番目のゴリラ お題:喜び

ゲーマー奏斗。ソシャゲ用語多発。(29)の続きですが単品でも読めます。



――お送りしたのはユピテルの新曲『ソーダ色の夏』でした!
 パーソナリティが楽しげにコンビニの店名をコールし、店内放送はヒットチャートから夏の新商品へと移っていく。リニューアルした冷やし中華、話題のアジアスイーツ、揚げ物を二個買うとドリンクがもらえるフェア。普段なら聞く気にもならない陽気な放送が、今日はやけにハッキリと耳に入ってくる。
 何やってんだろ、俺。
 真夏の午後。ガラッガラのコンビニ。アイス売り場。ゴリラと見つめ合っている氷室奏斗。こんな状況、誰かに知られたら絶対にいじられるに決まっている。自分でもそう思う。
 第六感。目に見えない力。そういったものの存在を信じているかと言われたら、口では「知らね」と答えながら、心の中では「多分ある」と答える。音楽をやっていると、信じていなくても現実を見せつけられてしまうのだ。練習で大苦戦していたフレーズが本番で驚くほど楽に吹けてしまったり、逆にありえない初歩的なミスをしてしまったり。吹いているのは自分なのに、ステージに立つと別の人間が自分の手を操っているような感覚に陥ってしまったり。
 だから、こうしてアイスの袋に印刷された満面の笑みのゴリラから目が離せないのも、そういう第六感的なやつとしか思えない。しかも、同じ絵柄のアイスがいくつも並んでいるのに、こんなに目力を感じるのは手前から三番目のこいつだけ。
 買うか。
 いや、別にソーダ味は好きじゃないし。そもそも棒のアイスはすぐに溶けるし食べにくいし持ちにくいし汚れるし。冬に食べるものだろ、あれは。
 でも何かある気がする。
 夢に出てこられたら困るしな、と自分に言い聞かせて手前から三番目のゴリラを手に取る。
 レジ袋を断って商品にテープを貼ってもらい、店を出る。
「ありがとうございましたー」
 やる気のない大学生バイトの声と同時に自動ドアが開く。
 ぶわっと押し寄せる熱気。目を開けられないレベルの眩しさ。バッキバキに青い空。秒でにじみ始める汗。惰性で歩道に出ようとしていたのをやめ、かろうじて安全地帯になっている狭い軒先に引っ込む。アイスの袋を開けて中を確認。よし、袋の中は綺麗だ。棒を片手で持ったまま袋を丁寧に折り畳んでリュックのポケットに入れ、歩き出す。
 全方位から熱風を吹き付けられているみたいだった。最初は大粒の氷がシャリシャリしていたソーダシャーベットも、すぐにただのツルツルしたアイスキャンディーになってしまう。手が汚れないように急いで食べ進めると、あっという間に完食だ。家まではまだだいぶ距離があるのに。何か飲み物でも買っておくべきだったかもしれない。ぎらつく陽射し。90%閉じた目でザラついた棒を見下ろす。
『あたり! お店の人に見せたらもう一本!』
 マジかよ。このアイス、当たりの確率3%だったよな。三番目のゴリラやべえ。
 流れる汗を拭くのも忘れてぼんやりしているうちに、目の前の青信号が点滅し始めた。あっ、と一歩踏み出した瞬間に赤に変わる。
 三番目のゴリラ、お前ほんと何なんだよ。
 こめかみから汗が流れ落ちていく。がっくりと肩が下がった拍子に、リュックまでずるずると落ちてきた。ついでに棒を袋に入れておく。引き換えは一旦棒を洗って乾かしてからだ。家に帰ったら先に棒を洗って、それから飲み物を取って周回だ。
 ふらふらしそうな頭の中で予定を立てていると、スマホの通知が鳴った。
『日替わり復刻ピックアップ開催中! 本日はSSR深淵の守護女神!』
 あれ? それって明日じゃなかったっけ。まあどっちでもいい。来月は周年記念ガチャ。必ず高性能のキャラが実装される。今回のキャンペーンは見送って石を貯めることにしたのだ。正直言えば、深淵の守護女神は今すぐにでも欲しい。正月に実装された時に、すり抜けからの爆死を決めてしまったとこは今でも忘れられない。
 大きな交差点。赤信号が変わる気配はまだ、ない。
 ……十連だけ、回そうかな。
 通知ダイアログからゲームを起動。95%閉じた目でもガチャは回せることを初めて知る。
『十回召喚を開始します。よろしいですか?』
 はい。
 
 あ、確定演出。