(57)謁見しているのはどちらなのか お題:鳴海ロラン

統合前。1年生の皇帝と女王。輝之進入部の日を考えてみた。ピリッと感強め。





「で? 用って何なのかしら。あまり楽しくなさそうなら帰らせて頂きたいんだけど」
 輝は閉め切った窓の外をしばらく睨みつけてから振り返った。長い巻き髪が揺れ、パサリとブラウスを打つ。
 輝は両手を腰に当てた。背にした窓の向こうは八月の真昼。突き抜けるような彩度の高いブルーの空と、なぞれるほどハッキリした輪郭の入道雲。CGで描いたような景色だ。強めに効かせたエアコンの音の奥に、自主練に励む吹奏楽部の無秩序な音色が微かに聞き取れる。
 歴史あるこの高校だが、部活は決して歴戦の強豪ではない。そんな人気の部活を抱えていれば、今ごろこんな風に廃校寸前まで追い込まれたりしないだろう。事実、新の希望は見事通り校舎端に部室を押さえることができた。昇降口から遠いのはネックだが、放課後になれば人通りはぐっと減る。教師の目を盗んで好き放題したい年頃の高校生なら取り合いになるはずなのに。

 輝はまぶたをわずかに下ろして僕を見据える。この部室の窓ガラスは古くて薄い。けれど、灼熱の四角い空を背負っているとは感じさせないほどに輝の表情は冷ややかだった。僕は輝をスカウトした時の返事を思い返した。
 ――暑いのは苦手。暑苦しいのもダメ。むさくるしいのはもっと嫌。古臭いスポ根みたいなのはやめてちょうだい。
 そんな輝が、どうして突然入部届を手にここを訪ねてきたのだろう。今日は夏休み中の登校日。午前中で終わるのだから、体感気温が天気予報を追い越す前に早く帰るべきだ。それに僕は、てっきりあの会話で断られたものだとばかり思っていたのだ。もっとも、断られたところで次の一手を考えてはいたのだけど。
 さっき受理した輝の入部届は目の前のテーブルに置いたままだ。さっさと片付ければよかった、と僕は少しだけ後悔した。思ったよりも手ごわい相手だ。もしも僕の話がお気に召さなければ、輝は僕が手を伸ばすよりも早く入部届を奪い取り、ビリビリに破いて立ち去ってしまうかもしれない。僕は垂れ下がった前髪をかき上げた。
「確かに、楽しいかどうか決めるのは君だ。でもここは曲がりなりにも一つのバンドで、僕はそのリーダー。いま君は僕が指揮を執る部に届を持ってきた。そしてそれは受理された。少なくとも初日くらいは僕の話を聞いていってもいいんじゃないかな。もちろん独裁者を気取るつもりはさらさらない。僕は単純に、初日から君に帰られると困ってしまうだけだ。君が入部して五分で退部という伝説を作りたいのなら、あらかじめそう言ってもらえるかな」
「回りくどいのね。あいにくだけど、私はそういう武勇伝に興味はないの」
「それは助かるよ。じゃあ何に興味があってここに来たのか、聞いてもいいかい? それが今日の用件の一つでもあるんだ」
「それならそうと最初からそう言いなさいよ。私が興味あるのはね、」
 そう言って、輝は僕から視線を逸らさぬまま一度言葉を切った。腰から剣を抜くときのようだった。もっとも、そのたとえをそのまま口にしたが最後、輝は本当に入部届を八つ裂きにしてしまうだろう。僕はただ黙って次の言葉を待った。