シリアス。以前の(54)ゲリラ豪雨の続き。豪雨の中を行く優貴と大和。周囲のあれこれに対して優貴が考えていること。
滝の中にいる。
優貴はそう思った。
渡り廊下への扉を数センチだけ開き、すぐに閉める。鳴りっぱなしの雷と大雨で、外で鳴り響く音はもはや轟音だった。扉が閉まると辺りは少しだけ静かになったが、突風で霧になった雨が扉の隙間に押し寄せ、優貴の顔を冷たく濡らす。
「これはなかなか……思ったよりも厳しいですね」
優貴の背後にいた大和も深刻そうだった。
吹奏楽部への道中には、渡り廊下がふたつ。どちらも大した距離ではない。しかし、何のためかはわからないが窓が設けられておらず、人の顔の高さの部分が完全にガラ空きになっている。春の花粉に夏の直射日光、秋の台風から冬の大雪まで入りたい放題だ。
金をかける場所を間違ってるだろ。
無駄に凝ったカフェテラスその他もろもろ気に食わない校内設備を思い返しながら、怨念全てをため息にこめて吐き出す。きっと今ごろ大和からは「神条くんは楽器が大きいですから人一倍苦労するでしょうね」と思われているだろう。それでいい。
「ちょっと手間ですが、一旦部室に戻りましょうか。このまま通り抜けたら神条くんのベースが濡れてしまいます」
大和の申し出に黙って頷く。
大和と二人で部室に戻り、棚の隅から巨大なビニール袋と養生テープを取りだす。隣に置いていた一回り小さい袋は大和へ。
「手早く済ませましょう。僕も手伝います。神条くんはご家族がお迎えにくるんでしょう?」
「ああ。ただ、こっちが楽器に手間取るのは親も知ってるから」
「なるほど」
大和は頷きながらトロンボーンケースにビニール袋をかぶせ、養生テープで合わせ目をふさぐ。それが終わると優貴のウッドベースに取り掛かった。広げるのも一苦労なサイズの袋を二人でウッドベースケースにかぶせ、同じように養生テープでふさぐ。棚からバスタオルを二枚出し、それぞれ頭にかぶる。これで準備完了だ。
あとは黙々としたものだ。
二人して押し黙り、ごうごうと激しい唸りを上げる濁流の中を進む。いっそ水の綺麗な滝に打たれた方がマシかもしれない。渡り廊下をふたつ越えたら、頭に乗せていたバスタオルでビニールの水気をしっかりと拭き取り、袋をはがして一番奥の音楽室に向かう。その場にいた顧問と部長に事情を説明し、準備室へ入らせてもらう。決して広くはないスペースに所狭しと並ぶ備品楽器を慎重によけながら進み、邪魔にならないよう――といっても優貴のウッドベースがどう見ても最大なのでどこにどう置いても邪魔にはなるのだが――置く。
「大変だとは思うけど、早めに引き取りに来るように」
面倒だな、と露骨に顔に書かれた顧問と部長に頭を下げ、湿ったバスタオルと養生テープがべたつく袋を抱え、くしゃくしゃと音を立てながら自分たちの部室へ引き返す。たったそれだけのこと。しかし、どっと疲れることでもある。
「まだ我々への風当たりは当分強そうですね」
「本当にな。そういうのは天気だけで十分」
「おっしゃる通りです」
うまいこと言いますね神条くん、などと付け加えないあたりが大和の優しさなのだろう。心の中で大人しく感謝しておくことにする。沈黙は金なり。人にああだこうだ言っている暇があったら技術とセンスを磨くべきなのだ。今にあの吹奏楽部は痛い目を見る。大会で審査員からの講評を食らって沈めばいい。時間があったら直々に聴きに行きたい気もしたが、それこそそんな暇があったら練習すべきだ。あいつらの実力なんて、練習の音を聴けば一秒で分かる。自分は、自分たちは、逆になるべきだ。一秒聴いただけですごいと圧倒できるチームに。
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