(64)旅行帰りのお楽しみ お題:旅行(遠出)

スイーツ同好会の新年会。ヨーロッパに行ったロランと輝之進がお土産を披露。一方自宅で年末年始を過ごした新はまさかの品をお取り寄せしており……?





「よし、これで全部ね」
「僕のもこれで終わりだよ」
「すごい量だね! しかも見たことないのばっかりだ! 美味しそうだなあ……!」
 新は色とりどりのパッケージを前に目を輝かせる。ダイニングテーブルは端から端まで海外土産で埋め尽くされており、ティーカップを置く場所すら確保できない有様だ。
「久しぶりのパリだったからテンション上がっちゃったわね」
「僕もイタリアに行ったのは小学生以来だね。父の仕事に感謝しないと」
「本当に鳴海くんのお父さんはすごいね。でも、こんなにいいのかな。どれも俺には身に余りそうで……だってこれとか! 岩塩だよね? いかにも高級レストランのシェフが使ってますって雰囲気だよ……」
 新は手前にあったビンを手に取る。大ぶりのビンには岩塩がぎっしり詰まっている。シンプルな赤いラベルには古めかしい文字でフランス語が書かれている。言葉の意味は全くわからなくても、雰囲気が訴えている。これは高級品だ。
「さすが新、料理ができる人ってこういうのわかっちゃうのね。新のお土産それにして正解だったわ。日本で買うとすごい値段なのよ。確か前デパートで見たときは……」
 輝之進が値段を口にした瞬間、新は甲高い悲鳴を上げてビンをテーブルに戻した。
「あ、天城くん、気持ちはすっごく嬉しいんだけど、桁が1個おかしいんじゃないかな……」
「大丈夫よ、向こうで買ったときはもっと安かったわ。だから持って帰ってちょうだい」
「その塩、美味しいよ。歴史のあるレストランでも使われてるくらいだからね。僕もおすすめする」
 輝之進から現地価格を聞くと、新は別の意味で目を白黒させた。それから改めて両手でしっかりとビンを持ち、何度もお礼を言いながらリュックに仕舞った。

「で、これがロランに頼まれてた分ね。本当にこんなので良かったの? そこら辺のスーパーで買ったやつなんだけど」
 輝之進はテーブルの隅から缶詰をいくつか取ってロランに手渡す。
「ありがとう。これがいいんだよ。向こうに住んでいた時によく食べてたんだ。日本にはどこにも売ってないから困ってたんだよ。懐かしいな」
 ロランは地味なクリーム色のラベルに目を細める。
「輝、早速開けてもいいかな」
 ロランは缶詰から顔を上げ、輝之進にたずねた。早く食べたくてたまらない、と言いたげな子どものような目つきに輝之進は思わず笑いをこぼす。
「いいけど……今から飲むの、カモミールティーよね? 鴨のコンフィって合うの?」
「それは……どうだろう。ちょっと自信がないな。開けるのは一つだけにしよう」
 ロランは缶詰をまとめて抱え、いそいそとキッチンに向かった。
「食べるのは決まりなのね」
「鳴海くん、そんなに好きなんだね。てことは相当おいしいんだろうなあ。だって鳴海くんのお気に入りだよ? それこそさっきの岩塩みたいに、一流シェフも認めた味なんじゃないかな」
「そこら辺のスーパーに売ってるのに?」
「それは……ほら、天城くんが買ってきてくれたのが嬉しかったんだよ!」
「あら、いいこと言ってくれるじゃない。これも持って帰って。美味しいわよ! パンでもクラッカーでもヨーグルトでも、何でも合うの!」
 輝之進はテーブルの奥からチューブを二つ取った。パッケージの形は日本の歯磨き粉に近い。表には、コロンとした茶色い丸い実と緑色の葉が描かれている。輝之進は一つを新に握らせ、もう一つをロランのいるキッチンに持っていく。
「ありがとう。ああ、これも美味しいよね。ラ・クレーム・ドゥ・マロン」
「マロン……ってことは栗?」
「そうなの! 日本で言うと、栗のペースト」
「すごい! こんなの見たことないよ。ありがとう、天城くん!」
「喜んでもらえて私も嬉しいわ。どんどん開けていきましょ。ロラン、もうお湯沸いたんでしょう?」
 キッチンから聞こえたアラーム音に、輝之進は顔を向ける。
「うん、今沸いたところだよ。もう紅茶をいれてもいいかな」
「ええ」
「あ、ありがとう鳴海くん! 本当なら神にお茶をいれさせるなんて信者の俺からしたら万死に値するのにそんな俺にも鳴海くんはこんなに優しくしてくれてどうしていいかわかんないよ何てお礼をしたらいいんだろう!」
 新は早口でまくし立てながら、背筋を伸ばしてダイニングの天井を仰いでは、体を丸めて小さくなってを繰り返す。
「どうするも何も、持ってきてるんでしょう? お土産」
「も、もちろん! もらいっぱなしじゃいけないからね。俺なりに調べて注文したんだ。二人には遠く及ばないけど……」
「そう卑屈にならないの! 新のお取り寄せスイーツは毎回すごいんだから自信持ちなさいよ」
 輝之進はテーブルのお土産を種類別にまとめ、両脇に寄せてカップの置き場所を作る。

「ありがとう、天城くん。お口に合うかわからないけど……これ、どうかな。前ユピテルがSNSでおいしかったって言ってた都内の……」
「ちょっと嘘でしょ!? あそこのケーキ缶買えたの!? 店舗もオンラインも激戦なのに!?」
「ど、どうにか3個……だけどね? ユピテルが推してたイチ、」
「イチゴ!? 買えたの!? 本当に!?」
「かかか買えたよ!? ほら、俺年末年始はずっと家にいたからオンラインショップに張り付いて……」
 新は保冷バッグの口を開き、中から缶を取り上げる。透明な素材でできた表面には、スポンジと生クリーム、真っ赤なイチゴ。三百六十度、どこを見渡しても美しいショートケーキの断面だ。輝之進の悲鳴が3LDKに響き渡る。
「新、本っ当に天才だわ! 顔面も天才なら中身も天才。まさかこれを新年早々拝めるとは思ってなかったもの。はあ……何よこの断面! どうなってるの……語彙力なくすわ……これをユピテルが……ああ、もう無理ね、言葉にならないわ……最高通り過ぎて至高ね。間違いないわ。ロラン! ちょっと時間もらっていい? 緊急事態なの!」
 輝之進はロランの返事も待たずにリビングのソファに飛んでいった。大急ぎでバッグを漁り、一枚のブロマイドを手に戻る。
「新。早速で申し訳ないけど、一枚撮らせてもらってもいいかしら。本当は五億枚撮りたいところだけど急いで済ませるから」
「う、うん、十億枚撮ればいいんじゃないかな……」
「ありがとう新! やっぱり天才よあなた!」
 輝之進はショートケーキの詰まった缶をうやうやしく受け取り、テーブルの真ん中に置く。そして先ほどのブロマイドを添えた。赤いワンピースに身を包んだユピテルが笑顔でポーズを決めている。輝之進はうっとりとため息をつき、様々な角度から写真を撮り始めた。
「な、鳴海くん。何か手伝うことはあるかな……」
「そうだね、じゃあお皿を出してもらってもいいかな」
 すっかり集中しきっている輝之進を残し、新はそろそろと椅子から立ち上がった。