天城先輩と煌真ちゃん。推し活に全力な二人。
天城先輩がユピテル目当てに映画を見る、(62)真夏のメルティースノウの続きですが単品でも読めます。
「はあ……やっば……ほんとやばい……」
煌真はふらふらと歩きながら、首から下げたマフラータオルに顔を埋める。タオルの端を握りしめる手には力が入っておらず、小さく震えている。ピンクと水色のハートが舞う生地から漏れる声は、三時間のライブで喉を酷使したせいで聞き取るのがやっとだった。
「……煌真ちゃん、さっきからやばいしか言ってないわよ」
ため息まじりに輝之進が指摘する。けれど、その声は煌真と同じようにかさついていた。ふらつく足元を彩るサテンリボンの靴紐も、開場前にはふんわりと花のようなカーブを描いていたが今はすっかりしおれている。
「いやまあ……そうですけど……だって言うことなくないですか!? もう何か…………あっ、やばい泣きそう」
煌真はタオルから顔を上げ、輝之進に訴えた。そして、汗で貼りついた前髪をタオルごとかき上げて押さえながら夜空に目を向ける。けれどそれも長くは続かない。余韻に浸ってぐるりと見渡した視界に先ほどまでいたライブ会場が入った瞬間、再びタオルのお世話になってしまった。
「煌真ちゃん……でも、そうね……気持ちはよくわかるわ……」
落ち着かない様子の煌真に、輝之進は静かに声をかけた。くしゃくしゃになった髪に何とか手櫛を入れ、煌真と色違いのタオルで顔と首の汗を押さえる。時計は見ていない――正確には見たくない気分――ので分からないけれど、もう夜十時を回ったころだろう。少しだけスッキリした頬に冷たい秋の夜風が吹きつける。予報の気温を何度もチェックして厚手のカーディガンとストールをチョイスしてきたものの、一度も出番のないまま、うちわやペンライトと一緒にトートバッグの中だ。
「天城先輩、メルティースノウのとき泣きませんでした?」
「えっ? 嘘、何でわかったのよ」
「いやいや、わかってはないですよ! オレ実はちょっと泣いちゃったから……バレてたらはずいなーって……」
「そういうこと。なら全然気にしなくていいのに」
「よかったー……いやほんと、一緒に来てくれたのが天城先輩でよかった……」
「私もよ。ていうか、メルティースノウは全人類泣くから」
「ですよね!?」
「当然よ! 曲聴いただけで泣くのにあの演出! 何なの……映画のスタッフ入ってるんじゃないでしょうね」
「映画のあれ再現してくるとは思わなかったですね……やられた、マジで」
「やられたわね。完全に」
はあ、と輝之進は大きなため息をついた。ずるい、悔しい、驚いた、嬉しい、感動した、その全てであり、しかしどれとも違う感情を全部吐き出す。けれど少しずつひんやりしていく頬とは反対に、胸の中はずっと熱いまま。からっぽかと思っていたら、ふいにさまざまなものが込み上げてきて消えていく。その繰り返しだった。
まばゆいライト、天まで届きそうな光線、ペンライトの海、流れ星のような銀テープ、真っ白なスモーク、会場をまるごと揺らす音響、歓声、大きなステージに立つ小さなユピテルの二人、その姿は小さかったけれど存在感はあまりにも大きく、いつもスマートフォンで聴いているのとは比べものにならないほど高らかに響き渡る歌声が
「……煌真ちゃんごめんなさい、私泣くわ」
「え!? 今ですか!?」
「色々と思い出しちゃって……」
輝之進はタオルを目元に押し当てた。喉が痛み、熱いものがみるみるうちにまぶたの裏を濡らしていく。もうすぐ駅なのにどうしよう、という不安が、青白い照明に包まれたホームの映像と共に一瞬頭をよぎる。鏡を見るのが怖い。けれど、そう言っていられるほどの余裕もなかった。全人類が泣いているのだから、自分一人ではないと信じてタオルを離す。
「……大丈夫。行きましょ」
輝之進は震える息で深呼吸をし、青白い駅へ踏み込んだ。
ライブが終わっても、ライブは終わらない。
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