(76)今日も命がけ お題:寒い

今日も命がけな煌真ちゃん。





「さっむ!」
 北風が直撃する渡り廊下を抜け、冷えきった廊下を歩き、合同練習の教室へ。煌真は丸めた背中を震わせながら、買ったばかりのペットボトルを両手で包む。ポケットの使い捨てカイロはとっくに冷たくなっている。こんな日に限って予備を忘れてしまった。今はこのミルクティーが唯一の生命線だ。
 爪先までしびれそうになりながら教室へ足を引きずる。もう限界だった。飲まず食わずでオアシスにたどり着いた旅人のように、ふらふらと扉へすがりつく。やっとエアコンの効いた部屋に入れる……という安心感だけでカチコチになった背中がほぐれる気がした。
 けれどその期待は三秒で砕かれた。

「お疲れさまで〜す……え、さむ……」
「お疲れ様。ほんとに今日も寒いわね。さっきエアコン入れたところよ」
「マジすか……! 最悪……」
 輝之進の言葉に血の気が引く。エアコンからは風量最強の温風が出ているはず……なのに、ごうごうと吹いている風は勢いだけで全然温かくない。
 紅茶のペットボトルも完全にぬるくなってしまった。もう一歩も動けなそうにない。でも棒立ちする体力もない。ぎりぎり残っていた力で荷物を持ち直し、教室の端から椅子を引きずってきて腰を落とす。わかってはいたけれど、木の座面は泣きたくなるほど硬くて冷たかった。サックスはもっと冷たいだろう。考えただけで寒気がした。

「煌真ちゃん大丈夫? 顔色悪いわよ?」
 輝之進が心配そうに近寄ってきた。その首元には分厚いストールが何重にも巻かれている。
 自分だけが異様に寒いのかと思っていたが違った。一緒に耐えている人がいる。それは何の解決にもならないけれど、少しだけ励みになる。その少しは、時に大きな少しだ。
 力を振り絞り、ペットボトルのフタをカチカチと開けてミルクティーを飲む。ホットかアイスかよくわからない温度だったけれど、ちょっとだけ気合いのようなものは湧いた。
「すいません、マジで寒くて力入んなくて……でも大丈夫です。多分。今夜の配信までもうちょい生きます。天城先輩、今夜のユピテルの重大発表って何だと思います?」
「ちょっと! 私辛すぎて頑張って忘れようとしてたのに思い出させないでよね!?」
「えー!?」