確信を得る。大和から見た翔琉のすごいところ。SCの次期部長・副部長はどうなるか全然想像がつかないんだけど、こういうパターンもあるかな……という考え。
あれはいつのことだったか。決して最近ではない。けれど入部したての頃でもない。そんな時期だったと思う。それほど曖昧にもかかわらず、僕はその出来事をいつでも鮮明に思い出すことができた。
いつもの通り放課後の部室へ向かっている途中、智川くんと神条くんに会った。三人で歩きながら話していると、話題は各々の音の持ち味へと移った。まず智川くんのエネルギーに満ち溢れた演奏について。次は神条くんのブレなさについて。そのとき、僕は以前から気になっていたことを思い切って口にしてみたのだ。
「神条くんの音はいつも整っていて、何と言いますか……人と合わせることを前提に生み出されている感じがするんです。本当に頼りになります」
すると、重いコントラバスケースの肩ベルトの下で神条くんの肩がピクッと動いた。
僕はしまったと思った。どこからどう受け取っても褒め言葉と思ってもらえるよう言葉を選んだつもりだったけれど、この反応はまずい。僕は神条くんがどこに琴線と逆鱗を持っているのか未だによくわからないのだ。
一方の智川くんは、いつも通りの明るい口調で僕に乗ってきた。
「そーそー! やっぱそうなんだよなあ! ユーキってそこがすごいんだよ。クラシックやってたからかな」
「おい、人の経歴を勝手に晒すな」
神条くんが声を低くしてすごむ。
クラシックの話は初耳だった。言われてみれば納得のいく経歴だ。神条くんが練習中に飛ばす指示は大抵「走りすぎ」「周りをよく聴いて合わせろ」が多い。一年生たちが入部して同時に鳴る音が増えても、音のバランスを聴きとる力は衰えるどころかむしろ研ぎ澄まされているようだった。
そんな僕らの気持ちを意にも介さず、智川くんは笑顔のまま口を開いた。
「ごめん! ユーキをど〜しても褒めたくて、つい」
「はあ!?」
神条くんの上ずった叫び声が廊下を飛んでいく。思わず僕も同じような声を上げるところだった。火に油を注ぐようなものじゃないか。なのに智川くんは未だに油を手に笑っている。火を消すという発想がないのだろうか。僕は頭がくらくらしそうだった。
「ユーキにとって大事なのは今だもんな。ごめん!」
目の前で手のひらをパチンと合わせて拝み倒す姿に、神条くんは長い息を吐きながら首を横に振った。
「……もういい」
こちらに向けた背中がコントラバスケースに隠れ、静かな足音とともに部室へ消えていく。智川くんはそれを見届けてから、片手を腰にあてて満足そうに頷いた。
「よかった。ユーキ、満更でもない感じだったな」
「え? あの様子が……ですか」
「そーそ、わかりにくいよなー!」
僕はただただ呆気に取られるばかりだった。
そんな智川くんがベルリンに発つことになり、僕たちは部の方針をどうするか対応に追われることになった。まずはリーダーをどうするか。学校側への変更手続きも必要なので早急に決める必要がある。智川くんは「みんなに任せる」の一言だったので、自分たちだけで決めることになった。
本来、次年度の部長と副部長はそのまま智川くんと堂嶌くんの予定だった。ところが智川くんが不在となったことで部長のポストが空席に。話し合いの結果、まずは繰り上がりで堂嶌くんを部長にすることに。本人は「リーダーは柄じゃない」と言っていたけれど、ここは順当だろう。
問題は副部長だった。推薦を募ったところ、真っ先に名前があがったのが何と僕だったのだ。
「教えるのがうまい」
「アンコンで一年生をまとめた経験がある」
「初心者の気持ちがわかる」
が主な理由だった。客観的に見れば現実的かもしれない。僕自身、人に何かを教えることに抵抗はないし、内容はどうであれアンコンでの経験は役に立つかもしれない。この部において、初心者の気持ちがわかるのは僕の数少ない強みと言える。専門的な知識と経験を持つ堂嶌くんと役割分担ができ、バランスが取れるだろう。
ただ、みんなが期待に満ちた目でこちらを見たとき、僕の頭の中にあのときの智川くんが現れたのだ。きっとSwingCATSに必要なのは「ああいうこと」なのだ。僕らしくもない何の根拠もない直感だけれど、確信に近いとはっきり言える。それは星乃くんが「SwingCATSを守りたい」と語ったときの印象と似ていた。
「僕を指名して頂けるのは本当にありがたいのですが、僕には荷が勝ちすぎます。ぜひここは星乃くんを推薦させてもらえませんか。以前『ワタシがSwingCATSのリーダーになります』と言ったときの星乃くんの顔が、僕は忘れられないんです。星乃くんは智川くんと同じ理想を持っています。それを叶えるための強い心も」
すると星乃くんは丸い目をさらにいっぱいまで丸くした。そしてその目はすぐ、一番星を見つけた少年のように輝いた。
智川くんと同じまなざしだった。ああ、これだ。この目だ。僕は確信をもって頷いた。
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