(78)孤高の星は絶えず輝く お題:落ち込む

筋肉旅団ドラマのあと、こういうエピソードがあるといいな! という願望。




 どうしてうまくいかないのだろう。
 今日も朝から本当にいい天気だ。気持ちのいい秋晴れの空を小鳥たちが横切っていく。小さな翼を懸命に羽ばたかせる姿はけなげで、いつになく胸が痛んだ。あんなに小さな鳥ですら努力を惜しまないというのに、ボクときたら全然努力が足りていない。それどころか、あの小さな命を賛美できず嫉妬してしまうなんて、人の風上にも置けないじゃないか。
 カバンが重さを増す。ノロノロと進むボクを、同じ制服に身を包む学友たちが通り過ぎていく。ローファーの靴音も軽やかに「今日は涼しいね」「学校めんどいな」などと口々に言い合っている。
 彼らはボクの密やかな、けれども重大な悩みを知らない。無論、知る必要はこれっぽっちもない。悩むのはボクだけでいい。一人でも多くの人が笑顔で生きていける世界の何と幸せなことだろう。そんな空間に水をさすなんて、決して許されないことだ。例えこの心が苦しみに支配されようとも、孤高の星は絶えず輝く。ボクはそういう存在でありたい。

 なのにボクとしたことが! 悩みに心を奪われている間に、ボクの足は勝手に2-Aの教室へ向かっていたらしい。気づいた時には目の前に知らない学友の姿があった。
 彼は明らかに怪訝そうな目でこちらを見つめている。それはそうだ。常に輝くオーラをまとうボクであっても、こんなに浮かない顔をしていては人に心配をかけてしまうものだ。
「キミ、すまなかったね。別のクラスの人間がこんな顔で突然やってきたんだ。戸惑うのも無理はない。えーっと……」
 何か適当な言い訳を、と考えながら目を右に左にとさまよわせる。こういう時にパッとちょうどいいセリフが出てこないのが、ボクの数少ない欠点の一つだ。けれど男の中の男ならば常に堂々としていなければならない。思いつかなかったら思いつかなかったで、サラリと謝って立ち去ればいい。今回はそうさせてもらおう。ボクはお辞儀をしようと下を向き、口を開きかけた。すると、まさかの人物が現れた。

「お? リック。どうしたんだよこんな朝っぱらから」
「ソ、ソーヤ!?」
 こんな奇跡が起こるとは、何て素晴らしい日だろう! さっきまでの暗い気持ちが一瞬で宇宙の彼方に吹き飛んだようだった。砂漠のオアシス、渡りに船、願ったり叶ったりだ。しかもソーヤはボクをリックと呼んでくれた! 「安藝月」でなく「リック」と! ああ、何て温かい響きだろう。自分の口で言葉にするより、友達から呼ばれる時のほうが何倍も心に響く。
「ソーヤ! 朝から君に会えて嬉しいよ! こんな幸せなことはない! 今すぐ幸運の女神に感謝の祈りを捧げよう! もちろん、キミにも幸運が訪れるようにね!」
「お、おう……ありがとな?」
 ソーヤは戸惑い混じりに笑った。無理もない。同じ部活のメンバーとはいえ、他のクラスの学友から突然熱い感謝を述べられては、少しばかりぎこちない笑みにもなってしまうだろう。ボクは丁寧に詫びを入れた。心優しいソーヤのことだからきっと許してくれるだろう。けれど親しき仲にも礼儀あり。人の優しさに軽々しく甘えず、小さな場面でも誠意を見せるのが本物の紳士だ。

 人の優しさに軽々しく甘えず。
 ボクは自分の言葉をもう一度心の中で繰り返した。そして気がついた。ソーヤならボクの悩みを解決してくれるのではないか? この苦しみに一筋の光をもたらしてくれるのではないか?
 しかし、それでいいのか孤高のギタリストリックよ。
 ボクは自分に言い聞かせた。人の優しさに甘えるのは実に簡単だ。けれど安直な道を選ばず敢えて茨の道を進むのが真の勇者というもの。ボクはこの悩みを抱えてから、日々研究と訓練を重ねてきた。先人たちの記した本を読み込み、動画をいくつも見て知識を深めた。以前と変わらず食事も残さず食べ、体も鍛え続けている。姿見でチェックする限り、ボクのフォームに全く問題はないはずだ。なのに本番となるとてんでダメだった。何が足りないのか全く分からない。道を選ぶ以前のレベルじゃないか。
「……ック、おーいリック! 大丈夫か? 何かぶつぶつ言ってたけど」
「あっ……ああ、こちらの都合だよ。大丈夫。心配かけたね」
「あんま無理すんなよ? 顔色悪いみたいだし。困ったことがあるならちゃんと言った方がいいぞ?」
「ソーヤ……」
 ボクはうまく目を合わせられず下を向いた。ソーヤはこんなにもボクを気にかけてくれている。なのにボクは……このままでいいのだろうか。困ったことがあるなら、とまで言った彼にだんまりを決め込むのはかえって不誠実じゃないのか。
 ボクは大きく頷いて背筋をピンと伸ばした。プロだって師に教えを請いながら進んできたのだ。胸を借りようじゃないか!
「ソーヤ。そのことなんだけど……ひとつキミに教えを請いたいことがあるんだ」
「教え? そんな大層なもん俺は持ってないと思うけど」
「いいや、キミにしか頼めないんだ! お願いだ! ボクに……バッティングを教えてくれないか?」
「えっ、そんなことで……いいのか?」
 ソーヤは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。ボクは申し訳ないと思いながらも気持ちが抑えきれなくなり、まくしたてた。
「そんなことなんてとんでもない! キミと初めて一緒にバッティングセンターに行ってから、ボクはひとりでずっと練習してきたんだ。ボールを打ち返す感触が忘れられなくてね。だからボクは心に決めたのさ。次にキミとバットを握る時には、あの日のような無様な姿は見せないと! なのにどうしてもうまくいかないんだ。コツを教えてもらっても……」
「何だ、そういうことかよ! 遊びに行きたいなら行きたいって言っていいんだぞ? 友達相手に何遠慮してんだよ!」
 ソーヤは大きな声で笑いながらボクの背中をバシバシと叩いた。何かがおかしい気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。気づけばチャイムが鳴り響いていた。ボクは慌てて自分の教室へ駆け戻った。ソーヤと幸運の女神に何度もお礼をしながら。